怪物事変
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春風が心地いい季節になり、事務所に向かう途中だった私はふと顔を上げた。
満開とまではいかないけれど、桜の木が青空に映え絶景を生み出している。
(ミハイさんにも見せたいなぁ……この景色……)
そうは思っても、引きこもりのヴァンパイアを陽光の下に引っ張り出すのは容易なことではない。
(ていうか、そんなのミハイさんに『死ね』って言ってるようなもんだし……誘った時点で私の方が殺されそうだわ……)
どうしたものかと頭を悩ませながら歩いているうちに、隠神さんの探偵事務所の前まで辿り着いていたことに気付いて私は足を止めた。
「………………そうだ!」
あることを思いついた私は、善は急げとばかりに事務所の中へと駆け込む。
そして隠神さんへの挨拶もそこそこに、多くの積み荷のせいで幅が狭くなっている廊下を抜け、私はミハイさんの部屋に入った。
「ミハイさーん。今日の夜って空いてます?んな訳ないですよねー」
「空いているが?」
「え!?ウソでしょ!?」
玉砕覚悟で聞いてみただけの質問に予想外の答えが返ってきて、私は自分の耳を疑った。
「何だその『鳩が豆鉄砲を食らった』ような間抜けな顔は」
「だってミハイさんのことだから、ゲームで忙しいって言われると思ってたし」
「今日は午後から半日かけて超大型アップデートが行われると通知があったのでな。ヒマしていたところにタイミングよく貴様が現れた。それだけだ」
そう言ってミハイさんは椅子に座ったまま足を組んで肘掛けに頬杖をつくと、それで?と私に次の言葉を促すように聞いてきた。
「この私を誘う理由は何だ?」
「あ、えっと……みんなでお花見したいなーと思って。夜桜ならミハイさんも外に出て見られるかなって」
「…………なんだ、そんなことか。つまらんな」
何が気に入らなかったのか、ミハイさんはそう言ってカラリと椅子ごと背中を向けたあと、食べかけだったらしいザクロの缶詰を貪る。
「つまらないって何が……あ。もしかして『みんなで』って言ったこと?私とデートしたかったとか!?」
「何故そうなる。……思っていた以上にアホな女だな」
呆れたように言いながらも、だが……とミハイさんは缶詰を完食して再び椅子ごと体を向けた。
「それでこそ暇潰しに最適と言える。貴様が退屈しない相手なのは認めているからな」
「わぁ、回りくど~い。素直に『そういうところが好きだ』って言えばいいのに~」
「うるさい。それ以上の無駄口を叩くならその口を縫い合わせるぞ」
「それは勘弁して!……じゃあ今から台所借りてお弁当作ってきまーす」
そう言って私はミハイさんの部屋から出ると、廊下を抜け台所でお弁当作りを始める。
任務から帰ってきた織くんや晶くんにも会ったけど、今日は挨拶だけで済ませた。
「この辺でいいかな~」
公園に着いた私はミハイさんと隣り合ってベンチに座り、途中で寄ったコンビニで買ってきたビールを開ける。
「…………ぷはー!あー美味しい~♪」
「飲み過ぎて酔い潰れるなよ」
「分かってますよー。……あ、ミハイさん。あれ見てください」
「なんだ」
見上げた視線の先には、月光に照らされ妖しいくらいに美しく輝く夜桜があった。
「綺麗ですね~……来て良かったでしょ」
「…………そうだな」
相変わらず素っ気ない返事をして、ミハイさんも一本目のビールを飲む。
コンビニにワインなんてある訳ないから仕方なくだけど……ビールを飲むミハイさんは新鮮だ。
「ミハイさんこそ、酔い潰れないでくださいね?」
「無論だ」
なんて言っていたミハイさんだったけど……ビールなんて飲み慣れていないせいか、数時間経った今では私の肩に凭れぐっすり眠っている。
(ど、どうしよう……身動きできない……ていうかミハイさんの寝顔、超レアなんだけど!)
写真を撮りたい衝動に駆られつつも、私はどうにかしてミハイさんを起こそうとする。
でもその結果……ミハイさんの頭が私の肩からずり落ち膝枕みたいな形になった。
(う……ヤバい……月光のせいかな……ミハイさんがいつも以上に妖しく見える……)
そう思いながらミハイさんの寝顔を見つめているうちに、私は眠気に襲われ目を閉じる。
それから数時間後──次に目が覚めた時には、いつの間にか自分の部屋のベッドで寝ていて……ミハイさんも私の隣で一緒に寝ていたことに驚かされる羽目になるのだけど。
さいきょうの恋人
(夜桜よりも、君だけを見ていたい)
2021.04.07
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