怪物事変
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ある日の昼下がり。
「ねー、誰か買い物ついてきてくんない?画材切らしちゃってさー」
いつもは一緒に行ってくれる晶が今日に限って仕事でいないから、私はダメ元で他の子たちにそう聞いてみた……けど。
「すみません。俺は今から紺と鍛練の約束があるので。……織はどう?」
「あー、俺もパス。隠神さんに頼まれたことやんねーと」
「そっかぁ……じゃあミハイさん……は、無理だよねー。ヴァンパイアだし……」
夏羽くんと織に断られミハイさんを誘うのも諦めたその時、ガチャリと事務所のドアが開いた。
「失礼する……ん?なんだ、晶はいないのか……」
そう言ってタイミング良く入ってきた結さんに、私は事務員モードになって声をかける。
「結さん、いらっしゃい。晶なら隠神さんと一緒にお仕事中だけど、何か用事でした?」
「いや、大した用事ではないんだ。ただ晶がちゃんとやれているのか心配でな」
「そうですか……そうだ!結さん、もし良かったら買い物ついてきてもらえません?」
これも人助けと思って!とそう言ってお願いしてみると結さんは、自分でいいならと承諾してくれた。
それから私は結さんと一緒に、いつも行く画材屋のあるデパートに向かう。
「おお……立派な建物だな」
「ここ、いつもは晶と一緒に来るんです。お洋服とか甘味とか色んな物が買えるんですよ」
私の簡潔な説明を聞いた結さんは、そうなのか……と感嘆の息を吐いていた。
「画材屋は4階だから、エレベーターで……わっ」
「紗雨殿!」
よそ見をしていたせいか、向かいから走ってきた子どもとぶつかって転びそうになったけど、咄嗟に結さんが支えてくれて事なきを得る。
「だ、大丈夫ですか!?すみません、うちの子が……」
と、すぐに子どもの母親らしき女性が駆け寄ってきて、そう謝罪してくれた。
「あ、はい。大丈夫です。よそ見してた私も悪いので……お互い様ですよ」
「本当にすみませんでした。失礼します」
そう言って去っていく親子を見送ったあと、結さんが口を開く。
「母親とは……本来ああいうものなのだな……」
「あ……」
結さんが呟いた言葉を聞いて、私は何て声をかければ良いか分からなくなり思わずうつ向いた。
晶と結さんの母親は、二人を産んですぐに亡くなったと聞いていたから。
「……すまない。しんみりさせてしまったな。先を急ごう、紗雨殿」
「う、うん」
結さんに促され気を取り直した私は、目的の画材屋に着くまで結さんに楽しんでもらおうと思い、エレベーターを諦めて色々なお店に連れていくことに決めた。
「……?画材屋に行くのではないのか?」
アイスクリーム屋の前で足を止めた私を不思議に思ったらしい結さんが、そう聞いてきたのでガシッとその腕を掴む。
「紗雨殿……?」
「結さん、アイスって食べたことあります?」
「あいす……?いや、ないが……」
「じゃあ食べましょう!あそこのアイス甘くて美味しいんですよ~♪特にチョコバニラ!」
言いながら少しばかり強引に腕を引っ張ると、結さんは戸惑いながらもついてきてくれた。
そして私のオススメで買ったチョコバニラ味のアイスを口に含むと……。
「……!冷たくて甘い……こんなに美味しいものがあるとは……」
「気に入りました?」
「ああ。……気遣い感謝する、紗雨殿」
「え……さ、さあ?なんのことでしょう?」
「ふっ、目が泳いでいるぞ」
そう言って笑う結さんを見て、私はちょっと恥ずかしくなり顔を逸らす。
(うぅ~……さすがは晶のお兄ちゃん。すぐにバレちゃった……ん?)
ふと視線を感じて再び顔を上げると、何故か結さんがじっと私を見ていた。
「ゆ、結さん?」
「紗雨殿。少しの間じっとしていてもらえるか」
言うやいなや結さんは、私の口元を指で拭うように撫でる。
「!?ゆ、ゆゆゆ結さん!?」
「ああ、驚かせてすまない。チョコがついていたのが気になったのでな」
「あ……はい……アリガトゴザイマス……」
「アイスも食べたことだし、そろそろ画材屋に向かうとしよう」
と、またしても結さんに促され私がついていく構図になってしまった。
そうして画材屋に着いてからは、結さんが興味を示した物の説明をしたり私が目当てにしていた絵の具や筆をカゴに入れたりして、充実した買い物ができた。
「はぁ~……楽しかった~♪結さんもありがとうございました。荷物多くなるの分かってたから助かったー」
「いや、紗雨殿が満足したのなら良かった」
「晶もそろそろ仕事終わったはずだから、連絡してみましょうか」
「ああ、頼む」
スマホを出して晶の番号を呼び出し、電話をかける──と。
「わ、わー!マナーモードにするの忘れてたー!」
「バカ!だから言っただろ!」
「「!?」」
後ろから晶のスマホの着信音と織の焦った声が聞こえ、結さんと二人同時に振り返った。
「晶!織も!何やってんの!?」
「あっ……見つかっちゃった……」
数メートルほど離れた喫茶店の看板に隠れていたらしい二人を見つけ、私は結さんと一緒に駆け寄る。
「晶。隠神殿と仕事ではなかったのか?」
「あ、う、うん。ちょっと前に終わって帰ろうとしたら、デートしてる兄さんたちを見かけて、つい……」
「デ……!?」
「……?」
晶の言葉に過剰反応して固まる私とは反対に、結さんは意味が分かってないのか首をかしげた。
「晶。その『でーと』とは何だ?紗雨殿はなぜ赤くなっている?」
「もー、兄さんは……あのね、デートっていうのは……」
「いい!教えなくていいから!ほ、ほら、帰るよ!」
「えー……」
ちょっと不服そうな晶と織の背中を押して、私は結さんと事務所へ戻ったのだった。
君の一番はまだ遠い
(でもいつか、そうなれる日が来るといいな)
(そういえば、織。隠神さんに頼まれたことがあるって言ってたよね?何だったの?)
(えっ!あ~……な、何でもいいだろ!)
(病院に行ってたみたいだよ。綾ちゃんとお母さんの様子見に。隠神さんは口実でしょ~)
(晶お前ぇええ!!)
2021.03.18
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