Classical!
ラプソディー新聞社を出た私はテオに連れられ、イヴくんが昨夜から参加しているという『集会』の場所にやって来た……のだけど。
「……!?」
そこで見た光景に言葉を失う──何故ならその場所というのが、私やイヴくん、そしてシオンが育った
イヴくんを中心に、彼よりもガタイのいい大人の男たちが倒れていたのだ。
「テオ、あれは……?」
「ふむ……彼らの服装を見るに、政府のお偉いさんですね。こんな所にまで税金の徴収に来ていたのか……」
やはり早い内に何とかしなければ……と、テオは何か思案するように呟く。
「そ、それよりイヴくんです……!あれ、イヴくんですよね!?」
女装をしていない素のイヴくんを見たのは初めてだから確信は持てなかったけど、テオに確認すると「ええ、そうです」と肯定し説明してくれた。
「イヴには時々スラムに戻って、僕に街の近況を報告するという簡単な偵察の仕事もしてもらっているんです。今回ばかりは堪忍袋の緒が切れてしまったようですね……」
「え、じゃあやっぱりあの男たちボコったのって……」
「ボクですよ?」
「!!」
いつ私たちに気付いたのか、倒れ込んでいる男たちの中心に無傷で立っていたイヴくんが今は私の目の前にいたことに驚いて息を飲む。
「あと、ボコった訳じゃないですよ。ボクは子守唄を歌ってあげただけですから」
「子守唄……?」
イヴくんの言葉に首をかしげると、テオがまた説明してくれた。
「イヴの子守唄を聴いた者は安らかな眠りに就くことができるんです。が、あの人たちは彼の逆鱗に触れたので……最悪、一年中悪夢に
「あいつらは今までずっとスラムの人たちを苦しめ続けてきたんだ。当然の報いだよ」
ふんっ、と鼻を鳴らしそっぽを向いたイヴくんの珍しく反抗的な態度を見て、私はテオを見上げる。
彼は「やれやれ」と、どこか諦めたように首を横に振った。
「ところでイヴ。集会には参加できたのか?」
「はい。おかげ様で衣装も完成させることが出来ました」
そう言ってイヴくんがリュックを背負い直した瞬間、カシャン、と何かが落ちて拾い上げると──
「ソーイングセット……?もしかしてイヴくんが参加してた『集会』って……」
「あ……はい。
「そうなの!?」
驚きのあまり反射的にまたテオを見上げると、彼は言葉の代わりに笑顔で答えた──けど、そこでふと一つの疑問が頭に浮かぶ。
「あれ……ちょっと待って。ここスラムだよ?」
「あぁ、ここには帰りに寄っただけで……会場は別の場所ですから」
「そこで運の悪いことに、あのお偉いさん方に絡まれたって訳か」
「……はい」
テオが自分から引き継いだ言葉に、イヴくんは疲れ気味に返事をしていた。
「イヴくんの子守唄、か……」
スラムから三人で帰路についた私は、ずっと気になっていることを無意識に口にしていたようで、隣を歩いていたテオが「聴きたいんですか?」と聞いてきた。
「えっ!?あ……えっと、ちょっとだけ……」
「……イヴ」
「畏まりました。ちょうどプレセア様に渡したい物もあるので……夜にお部屋へお邪魔させていただきますね」
ボクの子守唄はその時に、と言ってイヴくんは本物の女の子顔負けの柔和な笑顔を浮かべる。
そしてテオの屋敷に帰宅したあと、イヴくんは約束通り夜になってから私の部屋を訪ねてきた。
「それで、私に渡したい物って?」
「はい。実はコルテオ様に頼まれていた衣装がありまして」
それがこれです、とイヴくんが持ってきた白い箱を開けると、いかにも高級品のシルク素材で作られた深紅に輝くドレスが──
「こ、これ……ホントにテオが、私に……って?」
「ええ、そうです。いきなり屋敷に連れてきた上に『妻』を演じさせてしまったお詫び、だそうですよ」
「お詫び……」
呟くように繰り返しドレスを眺めていると、イヴくんは軽く咳払いをして喉の調子を整える。
「ではプレセア様。歌わせて頂いてよろしいでしょうか」
「あ、うん。お願いします」
私がそう言うとイヴくんは静かに口を開き、得意の『子守唄』を披露してくれた。
そのどこか懐かしいメロディーとイヴくんの美声に誘われるように、私は眠りに就いたのだった。
2020.05.04
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