一花の幸福論




天都が夜影の当主となってから、気付けば一年が過ぎようとしておった。



(しかし、これと言って活躍する場面が全く無いとは……もはやわらわ、何の為に此処に居るのか分からんのぅ……)



今更ながらそんなことを疑問に思った妾は散策がてら、他の妖怪が街中に潜んでいないか探そうと外に出る。

無論、そのままの姿では『ぱにっく』になることは承知しておるでな、人間の姿に化けてからじゃ。






「天都は妾しか妖怪は居らぬと言うておったが……ん?」

「…………此処どこだ」



とある大型商業施設(確か『でぱあと』と言ったかの)のド真ん中で、周囲を見渡しながら途方に暮れている様子の若者を見つけ、妾は足を止める。

金色の髪に隠された右眼から、微かではあるが懐かしい妖気を感じた為じゃ。



(あの若者……『雪狐せっこ』じゃな。しかし、また上手いこと妖気を隠しておるものじゃ)



『雪狐』というのは読んで字のごとく『雪』を操る狐の姿をした妖怪のことで、主な生息地は極北で滅多に人前に姿を現さぬ大変珍しい種族でもある。

人の姿でいる時は、雪のように真っ白な髪が特徴的なのじゃが……恐らく目立ってしまわぬように変色させておるのじゃろうな。



(ん、何じゃ?あの若者と同じ妖気が近付いて来ておるような……、な、何じゃあやつは!?)



ふと慌ただしい声と足音が聞こえた気がして振り向くと、若者と同じ金色の髪を二つに結んだ小娘が全速力で駆けてくるではないか!



「ゆーーきーーとーー!やっと見つけたーー!」



ガバッと抱きついたその女子からは『ゆきと』と呼んだ若者と同じ魂が半分宿っているのを感じたことから、彼らのどちらかが分身体なのだと妾はすぐに理解する。



「……姉さん、うるさい。てか、いい歳して店の中で騒ぐのやめろ、恥ずかしい」

「こっちのセリフだわこの方向音痴が!毎回出かける度に探す羽目になるお姉ちゃんの身にもなれバカ!」

「っ……」



ふむ、なるほど……俗世では『姉弟』ということにしておるのか、などと傍観しておると『雪兎』という名の若者とバチッと目が合ってしまった。



「…………姉さん。あのヒトもしかして……」

「え?…………あ」



雪兎の言葉で姉も妾を見た途端、あーーー!と大声を上げながら指を差してきおる。

格上の相手に対して失敬ぞ小娘!というか……



「お主、妾を知っておるのか?初対面じゃと思うが……」

「知ってるも何も!あなた、鬼神の紅花サマでしょう!?何度も話を聞かされてましたから!耳タコになるまで!」

「う、うむ。そういうことなら知っていて当然か……」



姉の方の勢いの良さに困惑気味に返事をしたあと妾は、しかし……と気を取り直して言葉を紡ぐ。



「見事に『人間』の中に紛れておるのぅ。上手く妖気を隠しておったが、コツでもあるのか?」

「隠すも何も、こいつ半妖なんで」



そう言って雪兎に視線を向けた姉に倣い、妾も彼に目を向けた。



「ほぅ、半妖とな……なるほど、それで天都は感知できておらなんだ訳か」

「あ、そうだ自己紹介まだだった!私、五十嵐千雪といいます。こっちは雪兎。私の『本体』です」

「その『本体』に向かって『こいつ』はないだろ。……なんでこんな正反対の性格になったんだ……?俺の分身体のはずなのに」



ブツブツ言いながら自身の額を片手で押さえる雪兎を、千雪は「知らん」と、一言でバッサリ斬り捨てよった。

じゃが二人の会話を聞いていて一つだけ気になった妾は、はて?と首をかしげる。



「……のぅ雪兎。確か雪狐の種族は女子しか産まれぬはずではなかったか?お主はどう見ても男児じゃが……」

「あぁ、それは……千年に一度くらいの確率で男の雪狐が産まれるらしいんす。……自分で言うのも何だけど、雪狐の中でも超ド級の希少種ってことっすね」



その説明を聞いて「なるほどのぅ」と妾が納得したところで、日暮れを告げる音楽が聞こえてきた。



「もうそんな時間かえ。そろそろ帰るかのぅ」

「あ、じゃあ私たちも帰りますね。行くよ雪兎」

「…………ん」



そうしてお互い帰路につき、妾は思わぬ収穫を得た満足感で足取りも軽く夜影の家へと戻るのであった。










─其の陸・終─










2021.11.27
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