終の船
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無人島を出た翌日、船の中は予想外の暑さに全員がぐったりとしていた。ベポに至ってはつなぎも着たくないと部屋に引き籠ってしまい、生存確認の為に数時間おきに誰かが部屋まで見に行っていた。フィリィも食堂で机の冷たさに触れていたが段々と自分の熱で机が温まってきてしまった。
「もうだめだ……暑い……」
「あんたとベポは特に大変そうよね」
持っていた団扇で風を送ってくれるイッカクに感謝しながら、体を持ち上げると髪を束ねようと自分の首元に手を入れる。その様子を見ていたのかシャチが後ろから声を掛けて来た。
「髪いじるのか?」
「うん。暑いから束ねようかなって」
「なら気晴らしにアレンジさせてくれねェか?」
思わぬ提案にクエスチョンマークを浮かべているとイッカクがシャチは美容室で働いていた事があって、船員の髪も切ってくれている事を教えてくれた。大体の船員たちは自分たちのこだわりがあるので髪型を大きく変えたりすることが殆どない。たまに気まぐれで触らせてくれる程度で切るとき以外は呼ばれる事すらないという。
「私の髪も頼めば切ってくれる?」
「いいけど…切っちまうには勿体ねェだろ」
後ろからフィリィの髪を軽く指に通す。引っ掛かりも無くさらさらと指先を抜けて行って、普段から丁寧に扱っているのがよく分かる。海風ばかり浴びる船の上でこの質を保つのは大変だろう。
「あんまりこだわりないんだよね。今暑いから切っちゃいたいなって」
「それなら止めとけ。寒くなったら後悔するぞ」
一時の感情であっさり切ってしまうのもアリだとは思うが、理由が気候のせいなら船の上では切らない方がいい。シャチはポケットを探るとコームを出してフィリィの髪に通す。サイドに編み込みを作ってそのままひとまとめにすると、首元が暑くないように低めの位置で二つお団子を作る。「出来た」と満足そうに呟いてからまたポケットから出てきた手鏡をフィリィに渡す。
「すごーい! 可愛い!」
「あんた、確信犯でしょ」
「実はずっと狙ってた」
ピースするシャチにイッカクは呆れた溜息を零す。アレンジの為に使ったくしといいゴムといい、シャチに必要な物でもいつも使っている物でもないので、フィリィにヘアアレンジを持ちかけられるタイミングをずっと狙っていたのだろう。やってもらった本人が満足そうなのでそれ以上指摘する気はないが。
「ねぇ、またやってくれる?」
「もちろん! いつでも言えよ!」
完全にウィンウィンな関係が出来上がった二人の元気さを見ながらイッカクは自分の顔を団扇で扇いだ。
***
「お前ってさ、天竜人に狙われたことないの?」
「ないよ」
あっさりとした返答に昼食の味噌汁を啜っていたローも思わず隣のフィリィを見る。「そうなの…?」と質問をした本人であるペンギンも半信半疑の様子だった。確かにフィリィの体のどこにも奴隷の焼き印は無い。だがほとんど実験体としての人生だったという境遇から考えて天竜人からすると欲しい存在だろう。おまけに顔の作りもいいのだから尚更目を付けられそうだ。
「周りの協力は必要だけどね」
「海軍に居たのにその辺は上手くできたんだな」
「パパが嫌がるからね。それに、話が通じない人ばっかりじゃないし」
天竜人に目を付けられる大体の理由が姿を見せることだ。海軍ではたとえ気まぐれに軍の中を歩かれたとしても事前に連絡は入るし、取られたくないものを隠す時間ぐらいはある。人でも物でも、元々隠してあるものを掘り返すような性分ではないし、たとえ写真や映像を見られたとしてもその場に無ければ諦めることの方が多い。そこまでの労力を所謂「下々民」に使う気はないのだろう。結局は売っている物や落ちている物を奪い取って自分のモノだと言い張っているのと変わらない。
「でも貴族でも奴隷になることもあるんだろ。よく逃れてたな」
「ん~ そこは海に出たからっていうのも大きいかな」
加盟国の貴族たちは確かに海軍に手厚く守られているが、海軍が一番に命令を聞くのは世界政府だ。息子や娘、島民を差し出せと言われたら従うしかないのは非加盟国の島の人間たちと同じだろう。そうなった時、手の届かないところに逃げてしまうのに海は一番都合がいい。ほとんどの場合身分も名前も足がつかないし、海賊になればさらに強行突破で逃げることもできる。
その代わり捕まった時に最も人権が作用しないのも海賊だ。奴隷から解放された人たちは元々生活していた島に返されるが、海賊には定住している場所がない。大体が適当な島に放り出されたり、懸賞金額の高い海賊であればそのまま海軍に捕縛される。奴隷と牢屋の中ならばどちらがいいかはすぐに分かるが。
「それに見た目が良いのが好きなのは大体の人がそうだしね」
「確かに……」
ペンギンもシャチも、ローでさえゆっくりと口を噤む。実際フィリィの見た目がボロボロで助けを求めて、船に乗せてくれと頼んで来ていたら同じような対応をしただろうか。コラさんの名前が出ていたので助けはしただろうが、船に長々と乗せることはしなかったかもしれない。
「私も武器として使わせて貰ってる方だから偉そうなことは言えないけどね。損もするけど、得の方が多いから」
「お前の場合は損の割合の方が多いと思うけどなァ」
「そんなことないって。ねぇ、ローも似たようなもんでしょう?」
思わぬタイミングで飛んできた言葉に飲んでいた水が気管に入りそうになる。なんとか飲み込んでから前にシャチがフィリィと見間違えていた女の話が頭を過った。あれは向こうが勝手に条件として提示してきただけであって、自分から見た目を使ったわけではない。だがその前にも酒場で女に言い寄られていたのを見られている。どれもこれも自覚があってやったわけではないが、一般な男の視点から見れば得にはなっているのかもしれない。自分からしてみれば余計な下心を持って近寄られるのは面倒なだけだが。
「……そうかもな」
「ほらね」
「えぇ……」
シャチと二人でそれでいいんですか。言葉を飛ばしていませんか。と念を送ってみるがキャプテンには特に伝わる気配はない。ペンギンは余計な質問をしたかもしれないと反省をしながら食べ終わった食器を運びやすいように重ねていった。
「もうだめだ……暑い……」
「あんたとベポは特に大変そうよね」
持っていた団扇で風を送ってくれるイッカクに感謝しながら、体を持ち上げると髪を束ねようと自分の首元に手を入れる。その様子を見ていたのかシャチが後ろから声を掛けて来た。
「髪いじるのか?」
「うん。暑いから束ねようかなって」
「なら気晴らしにアレンジさせてくれねェか?」
思わぬ提案にクエスチョンマークを浮かべているとイッカクがシャチは美容室で働いていた事があって、船員の髪も切ってくれている事を教えてくれた。大体の船員たちは自分たちのこだわりがあるので髪型を大きく変えたりすることが殆どない。たまに気まぐれで触らせてくれる程度で切るとき以外は呼ばれる事すらないという。
「私の髪も頼めば切ってくれる?」
「いいけど…切っちまうには勿体ねェだろ」
後ろからフィリィの髪を軽く指に通す。引っ掛かりも無くさらさらと指先を抜けて行って、普段から丁寧に扱っているのがよく分かる。海風ばかり浴びる船の上でこの質を保つのは大変だろう。
「あんまりこだわりないんだよね。今暑いから切っちゃいたいなって」
「それなら止めとけ。寒くなったら後悔するぞ」
一時の感情であっさり切ってしまうのもアリだとは思うが、理由が気候のせいなら船の上では切らない方がいい。シャチはポケットを探るとコームを出してフィリィの髪に通す。サイドに編み込みを作ってそのままひとまとめにすると、首元が暑くないように低めの位置で二つお団子を作る。「出来た」と満足そうに呟いてからまたポケットから出てきた手鏡をフィリィに渡す。
「すごーい! 可愛い!」
「あんた、確信犯でしょ」
「実はずっと狙ってた」
ピースするシャチにイッカクは呆れた溜息を零す。アレンジの為に使ったくしといいゴムといい、シャチに必要な物でもいつも使っている物でもないので、フィリィにヘアアレンジを持ちかけられるタイミングをずっと狙っていたのだろう。やってもらった本人が満足そうなのでそれ以上指摘する気はないが。
「ねぇ、またやってくれる?」
「もちろん! いつでも言えよ!」
完全にウィンウィンな関係が出来上がった二人の元気さを見ながらイッカクは自分の顔を団扇で扇いだ。
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「お前ってさ、天竜人に狙われたことないの?」
「ないよ」
あっさりとした返答に昼食の味噌汁を啜っていたローも思わず隣のフィリィを見る。「そうなの…?」と質問をした本人であるペンギンも半信半疑の様子だった。確かにフィリィの体のどこにも奴隷の焼き印は無い。だがほとんど実験体としての人生だったという境遇から考えて天竜人からすると欲しい存在だろう。おまけに顔の作りもいいのだから尚更目を付けられそうだ。
「周りの協力は必要だけどね」
「海軍に居たのにその辺は上手くできたんだな」
「パパが嫌がるからね。それに、話が通じない人ばっかりじゃないし」
天竜人に目を付けられる大体の理由が姿を見せることだ。海軍ではたとえ気まぐれに軍の中を歩かれたとしても事前に連絡は入るし、取られたくないものを隠す時間ぐらいはある。人でも物でも、元々隠してあるものを掘り返すような性分ではないし、たとえ写真や映像を見られたとしてもその場に無ければ諦めることの方が多い。そこまでの労力を所謂「下々民」に使う気はないのだろう。結局は売っている物や落ちている物を奪い取って自分のモノだと言い張っているのと変わらない。
「でも貴族でも奴隷になることもあるんだろ。よく逃れてたな」
「ん~ そこは海に出たからっていうのも大きいかな」
加盟国の貴族たちは確かに海軍に手厚く守られているが、海軍が一番に命令を聞くのは世界政府だ。息子や娘、島民を差し出せと言われたら従うしかないのは非加盟国の島の人間たちと同じだろう。そうなった時、手の届かないところに逃げてしまうのに海は一番都合がいい。ほとんどの場合身分も名前も足がつかないし、海賊になればさらに強行突破で逃げることもできる。
その代わり捕まった時に最も人権が作用しないのも海賊だ。奴隷から解放された人たちは元々生活していた島に返されるが、海賊には定住している場所がない。大体が適当な島に放り出されたり、懸賞金額の高い海賊であればそのまま海軍に捕縛される。奴隷と牢屋の中ならばどちらがいいかはすぐに分かるが。
「それに見た目が良いのが好きなのは大体の人がそうだしね」
「確かに……」
ペンギンもシャチも、ローでさえゆっくりと口を噤む。実際フィリィの見た目がボロボロで助けを求めて、船に乗せてくれと頼んで来ていたら同じような対応をしただろうか。コラさんの名前が出ていたので助けはしただろうが、船に長々と乗せることはしなかったかもしれない。
「私も武器として使わせて貰ってる方だから偉そうなことは言えないけどね。損もするけど、得の方が多いから」
「お前の場合は損の割合の方が多いと思うけどなァ」
「そんなことないって。ねぇ、ローも似たようなもんでしょう?」
思わぬタイミングで飛んできた言葉に飲んでいた水が気管に入りそうになる。なんとか飲み込んでから前にシャチがフィリィと見間違えていた女の話が頭を過った。あれは向こうが勝手に条件として提示してきただけであって、自分から見た目を使ったわけではない。だがその前にも酒場で女に言い寄られていたのを見られている。どれもこれも自覚があってやったわけではないが、一般な男の視点から見れば得にはなっているのかもしれない。自分からしてみれば余計な下心を持って近寄られるのは面倒なだけだが。
「……そうかもな」
「ほらね」
「えぇ……」
シャチと二人でそれでいいんですか。言葉を飛ばしていませんか。と念を送ってみるがキャプテンには特に伝わる気配はない。ペンギンは余計な質問をしたかもしれないと反省をしながら食べ終わった食器を運びやすいように重ねていった。