終の船
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「お、フィリィ。ちょうどいいところに」
眠る前に水でも飲もうと立ち寄ったキッチンでにっこりと笑いかけてくるクリオネの笑顔に首を傾げる。すぐに笑顔の前に並んでいるマグカップの山を見て、パシられることを察して顔を背けた。
「半分手伝ってくれ」
「いやだ…」
「なんでだよ〜」
眠る前の時間に温かい飲み物を飲む船員は多い。潜水艦内は暗くて寒いので不安な気持ちにもなりやすいからだ。体を温めれば入眠もスムーズになるのでいい事尽くしだが、今日はどうやら希望者が多いらしい。余ったココアをやるから。と言われて少し揺らぐが、正直あまり食べ物や飲み物に関わりたくない。仕込みをしたり、食材を数えるのは皆が嫌がるからやっているだけで、ローだって出来れば触って欲しくないだろう。
「じゃあおまえの部屋までの分でいいよ」
「え、それって…」
「あーあ、フィリィが手伝ってくれないから途中で零しちゃうかもな」
「いや、あのさ…」
「まあでも手伝ってくれないなら仕方ないな。それは頼んだぞ。じゃあな〜」
「ねぇ! 待ってよ!」
零してしまうかもなんて言いながらもトレンチを片手で持って去っていく後ろ姿は、飛ばした声には全く反応してくれない。残されたのは、ご丁寧にマシュマロの浮いたココアとベポにそっくりな白熊のマグカップに入ったブラックコーヒー。
繰り返し考えなくても分かる。もう船の中は把握済みだし、自分の部屋は少し離れた位置にある関係でここからの道だと他の船員の部屋は一つしかない。飲み物と睨み合っている間に冷めてしまうのも怖いので仕方なくマグカップに指をかけるとため息を吐きながら持ち上げた。足取りは重いが賄賂まで渡されては言うことを聞くしかない。飲み物なんて持って行って、どんな顔をされることか。
薄暗い廊下をとぼとぼ歩いて着いた部屋の前で数秒考える。このまま飲み物ごと無かったことすればいいのではないだろうか。いや、それだと明日の朝さらにややこしい事になるかもしれない。ここは睨まれるならとことん睨まれる方を取ろう。深呼吸をしてから足を使って扉をノックする。返事が無いことに首を傾げてもう一度ノックしてから今度は声をかけてみる。
「ローさん?」
いつもならすぐに反応が返ってくるが、そんな気配すらない静けさにどうするべきかを考える。このまま扉を開けてもいいものかどうか。悩みながらもドアノブを触ると半開きになっていたのか簡単に扉が動く。そっと中を覗けば机に突っ伏すローの姿が見えた。
―― 寝ちゃってたのか
持ってきたコーヒーは必要ないかもしれないが、あの体制ならすぐに起きるかもしれない。それに今日は中々冷え込んでいるのであのままだと風邪を引いてしまう。とりあえず声をかけてから部屋に入るとコーヒーを机の空いた隙間に置こうと手を伸ばした。軽く鳴った机とマグカップのぶつかる音の直後に、伸びてきた手がフィリィの手首を捕らえた。驚きはしたがどっちの液体も零さずに済んでいてほっとする。
「……何の用だ」
「差し入れ。クリオネからの」
警戒する様な低い声にノックもして、声もかけたことを伝えれば、手はゆっくりと離れていった。机の上にきちんとマグカップを着地させてから指を離すと、ローは丸まっていた体を起こして中身をじっと見つめる。
「不安なら先に一口飲もうか」
「別にいい」
すぐに手に取って一口飲み込んだ音を聞きながら、自分のマグカップを両手で持った。じわりと温まる指先の感覚に緊張していた気持ちが少し溶けた気がした。
出て行こうと足を動かすと本棚に視線が移る。思っていた以上にローの部屋には本が多い。医学の本以外にも小説や歴史書、航海術の本に絵物語まである。見た事のある背表紙の本もあるのできっとそれは科学方面の本だろう。
フィリィの視線の先に気づいたのかローは興味深そうに本棚を眺める姿をじっと見つめると、マグカップに口をつけた。
「……そっちの本は読み終わったやつだ。一冊ぐらいなら持って行っていいぞ」
「本当?」
嬉しそうな声に少し驚きながらも持ってきてくれた礼だと言えばすぐに本を選び始める。何かを学ぶことに前向きな姿勢を見ていると、勝手なイメージながらフィリィの親と結びつくような気がした。勉強は教えて貰っていたようだが、それに加えて知識欲があるのは良いことだ。この世の中、知っていることが多いだけで選択肢が広がる。
一冊手に取って素直にお礼を言うとフィリィは部屋を出ていった。扉が閉まる音を聞いてから、じっとカップの中で揺れたコーヒーを見る。もし、ここまで無味無臭の毒を用意できたのだとしたらどう頑張っても防ぎようは無い。船に乗せた時の診察で身体検査も済ませてあるので異物を持ち込んではいないはずだ。そもそもこんな密閉された船で毒殺なんてマネをするほど浅はかでも無いだろう。
ーー さすがに疑いすぎか
またコーヒーを一口飲む。いつも通りの味と匂いを堪能してから読みかけの本のページを捲った。
—————————
「なあ、手合わせしてくんねぇ?」
目を丸くするフィリィの顔を見ながら少し唐突すぎただろうかとシャチは心の中で妙な緊張を感じていた。今日も今日とてありがたいことに空は快晴。甲板で筋トレをしたり、手合わせをしたり、自分の武器を手入れしていたり。やっていることは様々だが今日は船全体がそんな雰囲気だ。いつ誰と戦うことになるのか分からない海の上だが、先日海軍との接触もあった所なので、皆いつもより少しだけ気合いが入っている。
シャチ自身その空気に飲まれているわけではないが、軍艦内の海兵をほとんど一人で制圧してしまったフィリィの強さには素直に感動していた。なので、そこまでの強さを持つ相手と一体どれほど力量の差があるのか、気になっていたのだ。
「えーっと……私はいいけど」
「なら決まりだな」
「まってまって、ローさんに一応聞かないと」
「こんだけ証人いたら大丈夫だろ」
シャチの指差す方に顔を向ければ、話を盗み聞きしていたのか他のクルー達がワクワクとした顔で二人を見つめていた。フィリィの心配も立場を考えると理解できるが、もしもの時はここにいるクルー達に見たことを話してもらえば済む話だ。
それもそうか…とすぐに納得したフィリィと一緒に甲板の一番広いところまで移動する。手に持っていた刀を抜いて鞘を投げると準備運動のように体を動かすフィリィに向かって構えた。その姿をじっと見た後でフィリィは考える。正確に判断は出来なくても、それだけで何となく分かることはある。
「……私、素手でもいい?」
「は?! それは流石に…」
「大丈夫。ちゃんとポケットには入ってるからさ」
言いながら着ているジャケットのポケットを探ると羽を一枚ひらひらと振ってみせる。武器を握らないのは過度な敵意は無いと証明する為でもあるだろう。だが、目の前で相対しているシャチには分かる。これは明確な挑発だ。武器を使わせたら勝ち。今、遠回しにそんな風に言われたのだ。軽く腰を落として刀を構えるシャチにフィリィの顔から笑顔が消える。緊張感のある空気に周りから飛んでくる野次も止まった。挑発されたのなら、乗った上で勝てばいい話だ。
地面を蹴ったシャチは横に一線、刀を振るう。フィリィはそれをしゃがんで避けると刀を握っている手に向かって体を起こした。刀を奪いに来るような行動に距離を取ったほうがいいという直感に任せて後ろに下がろうとするが、安易な動きすぎたのかフィリィは余裕で体を寄せてきた。腕に手が触れた感触に刀を持っている手を引く。すっかりいつもの感覚で動いてしまった事に脳の端で警告が鳴る。目の前にいるのは手合わせの相手であって敵では無い。体を傷つける為の道具を使っているのでクルー同士の手合わせでも怪我は当たり前だが、流石に切り傷は…
まずい。と思った頃にはすでにフィリィの手元に刃が届く頃で、止めることも出来なかった。寄ってきた体のせいで視界が少し狭まっているが、刀からの感触で何を切ったのかぐらいは分かる。きっと柔らかいものを少し切った感触がする。だが、その予想に反して明らかに硬いものに当たりながら戻ってくる刀の刀身に火花が散ったのが見えて息を呑んだ。刀と共に後方に飛べばフィリィも追いかけてくることはない。すぐに冷静さを取り戻してフィリィを見れば手元でくるりとナイフを回すのが見えた。
「大丈夫だったでしょ」
いつも通りの笑顔を見せるフィリィにムッとして刀を握り直した瞬間、船内の入口の方から声が飛んでくる。
「おーい! 昼飯の時間だぞー!」
その言葉を聞いて完全にお開きムードになった場の空気にシャチは無意識に入っていた肩の力を抜いた。刀を握っている手を見れば悔しさが込み上げて眉を寄せる。怪我をさせないかと考えた心配の気持ちをフィリィは的確に読んでいた。だからナイフを出してきた。なのに自分はそのナイフがいつからフィリィの手元にあったのか理解が出来ていない。羽が入っていた場所まで最初に見せられていたのに。確かに武器は抜いたかもしれないが、それとこれとは話が別だろう。正直、数秒の出来事で手合わせというにはあまりにも短い時間だったが、その間だけでしっかりと実力差を見せられてしまった。
「シャチ? 行かないの?」
顔を覗き込んでくるフィリィにハッとして「あァ…」となんとも言えない返事をしてしまう。刀に目を向けたフィリィは躊躇いもなく刀身に触る。
「さっき手入れしてたよね。変な刃こぼれしてないといいけど」
「急に触ると危ないぞ」
「シャチは私のこと切らないから大丈夫」
にこにこ笑って言うとフィリィは鞘の方に小走りで近づいていった。その後ろ姿を見ながら深々とため息を吐く。なんだか心の内を全て見透かされたような気分になってしまった。鞘を持って戻ってきたフィリィにお礼を言って、刀をしまうと視線を少し逸らした。
「……敵になるなら切るぞ」
「うん。知ってる」
あっさりとした返事にガシガシと頭を掻くと「早く行かないと」と急かすフィリィの後を追った。
眠る前に水でも飲もうと立ち寄ったキッチンでにっこりと笑いかけてくるクリオネの笑顔に首を傾げる。すぐに笑顔の前に並んでいるマグカップの山を見て、パシられることを察して顔を背けた。
「半分手伝ってくれ」
「いやだ…」
「なんでだよ〜」
眠る前の時間に温かい飲み物を飲む船員は多い。潜水艦内は暗くて寒いので不安な気持ちにもなりやすいからだ。体を温めれば入眠もスムーズになるのでいい事尽くしだが、今日はどうやら希望者が多いらしい。余ったココアをやるから。と言われて少し揺らぐが、正直あまり食べ物や飲み物に関わりたくない。仕込みをしたり、食材を数えるのは皆が嫌がるからやっているだけで、ローだって出来れば触って欲しくないだろう。
「じゃあおまえの部屋までの分でいいよ」
「え、それって…」
「あーあ、フィリィが手伝ってくれないから途中で零しちゃうかもな」
「いや、あのさ…」
「まあでも手伝ってくれないなら仕方ないな。それは頼んだぞ。じゃあな〜」
「ねぇ! 待ってよ!」
零してしまうかもなんて言いながらもトレンチを片手で持って去っていく後ろ姿は、飛ばした声には全く反応してくれない。残されたのは、ご丁寧にマシュマロの浮いたココアとベポにそっくりな白熊のマグカップに入ったブラックコーヒー。
繰り返し考えなくても分かる。もう船の中は把握済みだし、自分の部屋は少し離れた位置にある関係でここからの道だと他の船員の部屋は一つしかない。飲み物と睨み合っている間に冷めてしまうのも怖いので仕方なくマグカップに指をかけるとため息を吐きながら持ち上げた。足取りは重いが賄賂まで渡されては言うことを聞くしかない。飲み物なんて持って行って、どんな顔をされることか。
薄暗い廊下をとぼとぼ歩いて着いた部屋の前で数秒考える。このまま飲み物ごと無かったことすればいいのではないだろうか。いや、それだと明日の朝さらにややこしい事になるかもしれない。ここは睨まれるならとことん睨まれる方を取ろう。深呼吸をしてから足を使って扉をノックする。返事が無いことに首を傾げてもう一度ノックしてから今度は声をかけてみる。
「ローさん?」
いつもならすぐに反応が返ってくるが、そんな気配すらない静けさにどうするべきかを考える。このまま扉を開けてもいいものかどうか。悩みながらもドアノブを触ると半開きになっていたのか簡単に扉が動く。そっと中を覗けば机に突っ伏すローの姿が見えた。
―― 寝ちゃってたのか
持ってきたコーヒーは必要ないかもしれないが、あの体制ならすぐに起きるかもしれない。それに今日は中々冷え込んでいるのであのままだと風邪を引いてしまう。とりあえず声をかけてから部屋に入るとコーヒーを机の空いた隙間に置こうと手を伸ばした。軽く鳴った机とマグカップのぶつかる音の直後に、伸びてきた手がフィリィの手首を捕らえた。驚きはしたがどっちの液体も零さずに済んでいてほっとする。
「……何の用だ」
「差し入れ。クリオネからの」
警戒する様な低い声にノックもして、声もかけたことを伝えれば、手はゆっくりと離れていった。机の上にきちんとマグカップを着地させてから指を離すと、ローは丸まっていた体を起こして中身をじっと見つめる。
「不安なら先に一口飲もうか」
「別にいい」
すぐに手に取って一口飲み込んだ音を聞きながら、自分のマグカップを両手で持った。じわりと温まる指先の感覚に緊張していた気持ちが少し溶けた気がした。
出て行こうと足を動かすと本棚に視線が移る。思っていた以上にローの部屋には本が多い。医学の本以外にも小説や歴史書、航海術の本に絵物語まである。見た事のある背表紙の本もあるのできっとそれは科学方面の本だろう。
フィリィの視線の先に気づいたのかローは興味深そうに本棚を眺める姿をじっと見つめると、マグカップに口をつけた。
「……そっちの本は読み終わったやつだ。一冊ぐらいなら持って行っていいぞ」
「本当?」
嬉しそうな声に少し驚きながらも持ってきてくれた礼だと言えばすぐに本を選び始める。何かを学ぶことに前向きな姿勢を見ていると、勝手なイメージながらフィリィの親と結びつくような気がした。勉強は教えて貰っていたようだが、それに加えて知識欲があるのは良いことだ。この世の中、知っていることが多いだけで選択肢が広がる。
一冊手に取って素直にお礼を言うとフィリィは部屋を出ていった。扉が閉まる音を聞いてから、じっとカップの中で揺れたコーヒーを見る。もし、ここまで無味無臭の毒を用意できたのだとしたらどう頑張っても防ぎようは無い。船に乗せた時の診察で身体検査も済ませてあるので異物を持ち込んではいないはずだ。そもそもこんな密閉された船で毒殺なんてマネをするほど浅はかでも無いだろう。
ーー さすがに疑いすぎか
またコーヒーを一口飲む。いつも通りの味と匂いを堪能してから読みかけの本のページを捲った。
—————————
「なあ、手合わせしてくんねぇ?」
目を丸くするフィリィの顔を見ながら少し唐突すぎただろうかとシャチは心の中で妙な緊張を感じていた。今日も今日とてありがたいことに空は快晴。甲板で筋トレをしたり、手合わせをしたり、自分の武器を手入れしていたり。やっていることは様々だが今日は船全体がそんな雰囲気だ。いつ誰と戦うことになるのか分からない海の上だが、先日海軍との接触もあった所なので、皆いつもより少しだけ気合いが入っている。
シャチ自身その空気に飲まれているわけではないが、軍艦内の海兵をほとんど一人で制圧してしまったフィリィの強さには素直に感動していた。なので、そこまでの強さを持つ相手と一体どれほど力量の差があるのか、気になっていたのだ。
「えーっと……私はいいけど」
「なら決まりだな」
「まってまって、ローさんに一応聞かないと」
「こんだけ証人いたら大丈夫だろ」
シャチの指差す方に顔を向ければ、話を盗み聞きしていたのか他のクルー達がワクワクとした顔で二人を見つめていた。フィリィの心配も立場を考えると理解できるが、もしもの時はここにいるクルー達に見たことを話してもらえば済む話だ。
それもそうか…とすぐに納得したフィリィと一緒に甲板の一番広いところまで移動する。手に持っていた刀を抜いて鞘を投げると準備運動のように体を動かすフィリィに向かって構えた。その姿をじっと見た後でフィリィは考える。正確に判断は出来なくても、それだけで何となく分かることはある。
「……私、素手でもいい?」
「は?! それは流石に…」
「大丈夫。ちゃんとポケットには入ってるからさ」
言いながら着ているジャケットのポケットを探ると羽を一枚ひらひらと振ってみせる。武器を握らないのは過度な敵意は無いと証明する為でもあるだろう。だが、目の前で相対しているシャチには分かる。これは明確な挑発だ。武器を使わせたら勝ち。今、遠回しにそんな風に言われたのだ。軽く腰を落として刀を構えるシャチにフィリィの顔から笑顔が消える。緊張感のある空気に周りから飛んでくる野次も止まった。挑発されたのなら、乗った上で勝てばいい話だ。
地面を蹴ったシャチは横に一線、刀を振るう。フィリィはそれをしゃがんで避けると刀を握っている手に向かって体を起こした。刀を奪いに来るような行動に距離を取ったほうがいいという直感に任せて後ろに下がろうとするが、安易な動きすぎたのかフィリィは余裕で体を寄せてきた。腕に手が触れた感触に刀を持っている手を引く。すっかりいつもの感覚で動いてしまった事に脳の端で警告が鳴る。目の前にいるのは手合わせの相手であって敵では無い。体を傷つける為の道具を使っているのでクルー同士の手合わせでも怪我は当たり前だが、流石に切り傷は…
まずい。と思った頃にはすでにフィリィの手元に刃が届く頃で、止めることも出来なかった。寄ってきた体のせいで視界が少し狭まっているが、刀からの感触で何を切ったのかぐらいは分かる。きっと柔らかいものを少し切った感触がする。だが、その予想に反して明らかに硬いものに当たりながら戻ってくる刀の刀身に火花が散ったのが見えて息を呑んだ。刀と共に後方に飛べばフィリィも追いかけてくることはない。すぐに冷静さを取り戻してフィリィを見れば手元でくるりとナイフを回すのが見えた。
「大丈夫だったでしょ」
いつも通りの笑顔を見せるフィリィにムッとして刀を握り直した瞬間、船内の入口の方から声が飛んでくる。
「おーい! 昼飯の時間だぞー!」
その言葉を聞いて完全にお開きムードになった場の空気にシャチは無意識に入っていた肩の力を抜いた。刀を握っている手を見れば悔しさが込み上げて眉を寄せる。怪我をさせないかと考えた心配の気持ちをフィリィは的確に読んでいた。だからナイフを出してきた。なのに自分はそのナイフがいつからフィリィの手元にあったのか理解が出来ていない。羽が入っていた場所まで最初に見せられていたのに。確かに武器は抜いたかもしれないが、それとこれとは話が別だろう。正直、数秒の出来事で手合わせというにはあまりにも短い時間だったが、その間だけでしっかりと実力差を見せられてしまった。
「シャチ? 行かないの?」
顔を覗き込んでくるフィリィにハッとして「あァ…」となんとも言えない返事をしてしまう。刀に目を向けたフィリィは躊躇いもなく刀身に触る。
「さっき手入れしてたよね。変な刃こぼれしてないといいけど」
「急に触ると危ないぞ」
「シャチは私のこと切らないから大丈夫」
にこにこ笑って言うとフィリィは鞘の方に小走りで近づいていった。その後ろ姿を見ながら深々とため息を吐く。なんだか心の内を全て見透かされたような気分になってしまった。鞘を持って戻ってきたフィリィにお礼を言って、刀をしまうと視線を少し逸らした。
「……敵になるなら切るぞ」
「うん。知ってる」
あっさりとした返事にガシガシと頭を掻くと「早く行かないと」と急かすフィリィの後を追った。