終の船
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綺麗に整備された港に足を下ろすと大きく体を上に伸ばす。甲板でも毎朝軽い運動はしているがやはり海の上と陸の上では踏みしめた感覚が違う。久しぶりの大きな港に楽しそうな船員たちの声に笑いながら、ずらりと並んでいる船に視線を向ける。海賊船が普通の島よりも多いように見えるが、港や町に続く道を見ていると治安は悪くなさそうだ。前回の島での学びを活かして服装はパンツスタイルにしてみたが、いらない心配だっただろうか。
不用品を船から下ろす作業をしているクリオネに近づくと、一人で出かけることを伝える。気をつけて、という言葉に返事をしながらまずは情報収集でもと頭の中で考えていると後ろからペンギンとシャチが追いかけて来た。
「フィリィ! ちょっと待った!」
「どうしたの?」
「お前はおれらと買い出しな」
え。と思わず声を漏らしてからちらりとペンギンを見る。怪我の事はローとペンギンしか知らない。痛い目を見た後に学ばない訳もないので、もしもの時の為の護衛ならばいらない心配だ。
「ちなみに船長命令だから」
「へ?」
「ほら、いくぞ」
くるりと体を町の方に向けられて、訳も分からないまま歩き出す。さすがにローに必要ないと進言はできない。それぐらい怪我の件で迷惑をかけたし、辛くない様にと薬まで貰ってしまっている。ならばこれは完全なリスクヘッジだ。
大人しくペンギンとシャチに挟まれながら、何を買うの?と持っているメモを覗き込む。大体が生活用品だが、中には日持ちする食料や酒も含まれている。ログが溜まるまでの時間も調べてくるように言われたらしく、ローは今船でベポと一緒にのんびりと船番中らしい。
町に入ってすぐ、大きな市場が目を引いた。祭りをやっているというわけでもないのに人の多さも中々で油断するとはぐれてしまいそうだ。
「前の島よりでかそうだな」
「政府の加盟国みたいね」
「あァ、どうりで」
日差しを避けるようなフィリィの仕草に二人は島の中心地の方に視線を向ける。城と言う程ではないがかなり大きな目立つ屋敷が並の視力でも捉えられる。その周りの塀にひらひらと動く布のどれかが世界政府の旗なのだろう。つまりここには貴族が居て、気まぐれに天竜人も訪れる場所ということだ。
政府の加盟国は豊かな土地であると同時に、いつでも海軍が出動して来る場所でもある。巡回のルートにもしっかり含まれているだろうし、問題を起こして通報をされたら飛んでくるだろう。その代わりに海軍がいない間は海賊が店を利用することに文句を言う者もかなり少ない。むしろ航路に入っているぐらいなのでそれで稼いでいる店もあるだろう。
順調にメモの買い出しを済ませながら出店でつまみ食いでもするように食べ歩く。誰かとこうして島を巡るのは久しぶりだ。
「お姉ちゃん綺麗だねェ! おまけでこれも持って行きな!」
「ありがとうございます」
にこにこ笑っておまけと称して渡してくれたサイダーの瓶を三本受け取る。ペンギンとシャチはこれで何度目だ? と苦笑いを浮かべながらその光景を眺めていた。買った酒を受け取って、樽で取ったものは船に運んでもらうように伝える。その間も雑談に花を咲かせているフィリィに相変わらず懐に入るのが上手いと感心してしまった。
「そうだ。ここってログはどれぐらいで溜まりますか?」
「おや、あんた達海賊かい? ログは…確か三週間だね」
「えっ?!」
思わぬ長さに三人揃って声が出る。それと同時に酒屋の女将さんはカウンターを軽く叩いて笑った。皆聞いたら同じ反応をするのだろう。
「まァこの島なら飽きることもそうそうないさね。加盟国ではあるけど海軍も頻繁に来るわけじゃないから安心しな」
船を出す前にまた酒でも買いに来て欲しいと商魂たくましい一言を聞いてから三人は店を出る。少し足を休めようと広場のベンチに腰掛けると貰ったサイダーの瓶を開けた。
港に海賊船が多かったのもきっとこれが理由だろう。あまりやんちゃをする海賊団が止まっていない事を祈るしかない。宿の確保も命じられていたが、長期の停泊になるのならローに相談する必要も出てくる。買い物もほとんど終わっているので一度船に戻るのもいいかもしれない。フィリィを連れている事で「おまけ」もかなり貰っていて想定より荷物も増えている。
「三週間も同じ島に居るのは久しぶりかもな」
「中々ないもんね。大体は長くても一週間とかだし」
「フィリィはまたアルバイトでもすんのか?」
「うん。そのつもり」
これだけ大きな島なら細かい働き口も多いだろう。前に稼いだアルバイトのお金はローに返そうと思って貯めながら少しずつ使っているが、三週間もあれば返せるほどの金額は集まるだろう。そこから余ったお金で新しい服や欲しい本を買えばいい。
ペンギンとシャチは視線を一瞬合わせてから、どんなアルバイトをしようかと思考を巡らせるフィリィを見た。
「金はさ、キャプテンにおねだりすれば良くないか?」
「そうそう、言えばお小遣いくれるぞ」
「いいよ、別に。そこまでお世話になる気はないし」
あくまで乗り合いの人間だと言いたげな声のトーンに二人は言葉を詰まらせる。こういうところが酷くもどかしい。人間として一線をきちんと守れるのはいい事だが、頼られていないのではないかという寂しさも感じてしまう。食事さえも船に乗ってから早々に手伝いに入っていたと他のクルーから聞いている。金を持っていないのはフィリィ自身よく分かっていただろうし、船の中では大鍋で食事を作るので一人分のかかった金額は分からない。その分を労働で返すような気持ちなのだろう。イッカクも着ないから。とあげたものだったのに後日服をプレゼントされたと拗ねていたし。
変な所で真面目過ぎるのも考え物だ。こういうところは全く海賊に向いていないと思うが、そこを皆が気に入ってしまったのだからしょうがない。最早海賊団には入らずに船を降りると言われたところで簡単に承諾するクルーはいない。
「あ、でもこれからはおれら三人で買い出しだからな」
「船長命令?」
「そうそう、買い食いできるしいいこと尽くめだろ」
悪い顔をする二人にそういえば出店のお金を払っていたのはペンギンだったことを思い出す。それも買い出しの時の財布と同じところから出していた。
「勝手に共犯にしないでよ」
「でも食べただろ~」
笑うペンギンとシャチに呆れながらたまにはいいか。と瓶の中のサイダーを飲み干した。
***
次の日の朝、フィリィは働ける場所でも探しに行こうと食堂の席を立ち上がった。食器を片付けて船で手伝えることが無いのを確認してから食堂を出ようとした時、ローに声を掛けられた。「手を出せ」という言葉に従えば、目の前で音を立てて自分の手の平の上に着地した袋をぽかんと見つめる。この光景は完全にデジャブだ。数秒見つめた後、何か言わなければとローを見上げるのと同時に後ろからペンギンとシャチに茶々を入れられる。
「お、なんだ。お小遣いもらったのか」
「お前服一式ダメにしてたもんな」
もらう。という言い方に反論しようとしている間にローが踵を返して歩いていく音が聞こえて慌ててしまう。結局どちらにも何も言えないままで、一体どこから訂正すればいいのだろうかと頭が混乱する。とりあえずローを追いかけようとしたフィリィを二人が「まァ、待てよ」と腕を掴んで止める。
「キャプテンが自分から渡してるんだから大人しく受け取っとけって」
「でも……」
「それあればバイトもしなくていいし、服も買えるだろ」
「そう、だけどさ」
まるで悪魔のようにこそこそと話して来る二人に動揺しながら、ローに受け取ったお礼すら言えていない事に気付く。気持ちは焦るがここでお礼を言えば一旦この手の上のお金は受け取るという意思表示になってしまう。前の分を返そうと思っていた矢先の出来事にどうしようと俯いていると、隣にいた二人が大きく声をあげる。
「いってェ!」
「イッカク! 何すんだよ!」
「あんたたちこそ何フィリィの事いじめてんのよ!」
いじめてねェ! と仲の良いハモリをする二人を置いて、イッカクはフィリィの手を引いた。手から零れ落ちそうになった袋を掴みなおしながら顔を上げると、いつもとは違う色のバンダナに綺麗なロングスカートを履いた姿が目に映る。
「いくわよ」
「ど、どこに?」
「町に! 遊びにいくの」
にっこり笑ったイッカクに目を丸くしたまま手を引かれてフィリィは船を降りた。
「あんたさァ、深く考えすぎなのよ」
「そんなことないよ。大事な事だし」
結局町に出たのに一向にお金に手を付けないフィリィに一度休憩しようとクレープを奢った。それさえも受け取るのに少し躊躇って見せたのだから自分たちの中にはない「良い子」な部分に呆れてしまう。真面目なことは良い事だが、そういうのは普通の船に乗せてもらった時だけで充分だ。
「何するにもお金は必要じゃん」
「それは乗ってるあんたも一緒でしょ」
「だから、アルバイトしようと思って…」
「懸賞金かかってるのに?」
言葉を詰まらせたフィリィにはそう言われても反論が出来ない心当たりがある。五千万ベリーと言えば普通の町民なら死ぬまで生活に困らないレベルだ。そんな女が働きますと自分の店に勝手に転がり込んでくる。そうなった時の末路は簡単に想像がつく。新聞で常に行動が周知されているわけではないが、手配書をしっかり保管してもしもの時に備えている店も多い。最近では通報するだけで金銭が発生するお尋ね者もいる。
ハートの海賊団の船に乗ってから一度だけ店で働くフィリィを捕まえようとした店主が居た。結果的には船まで逃げ切って、残りの滞在は宿に行く事も出来ずに引き籠ることになってしまった。下手に病気や怪我の言い訳を使えばローに何を言われるか分かったものではなかったので、月のものがしんどいと嘘を吐いてイッカクにだけ事情を話していた。そんな前科のある状態で働くというのだからイッカクから止められるのも無理はない。
「そもそも、ウチに入れば船の金もあんたの金になるでしょ」
「まぁ、そうだね」
ハートの海賊団は海賊団のわりに管理が行き届いている方だと思う。仲の良い海賊団でも手癖が悪かったり、異常に仲の悪い船員が居たりするものだがそういう者も一切いない。フィリィも最初の頃は夜眠るときに警戒していたが、今はぐっすりと眠れてしまう程艦内の治安は良いのだ。金もそれと同じで船員達がお小遣いの制度に全く反対せず適切に金を使っているので特に問題が起こることは無い。代わりに他の海賊船や海軍を襲った時に取った金品は見つけた人の懐にそのまま入れてもいい事になっている。フィリィもそれで少しだけ貰った金もある。
「それにね、こういうのは信頼だと思えばいいの。あんたのこと好意的に思ってるからキャプテンは金を出しても何も思わないの」
「うーん…?」
「なによ」
「いや、ローに好かれてるビジョンが全然見えてないっていうか……」
はあ? と声を上げてからイッカクはクレープをまた一口食べる。フィリィも何も言えずにチョコバナナのクレープに齧りついた。
目を見れば、それなりに人の感情は察せるものだと思っていた。実際に最初の頃からペンギンは自分に好意的だと分かっていたし、警戒していたシャチからの感情の緩みも分かった。イッカクとも距離があったがすぐに笑ってくれるようになったし、ハクガンやクリオネ、他の船員たちともそうやって緊張を解いて仲良くなってきた。ベポは最初から分かりやすすぎてあまり参考にならないが。ローは最初は目も合わずに苦労した。口数があまり多くないと分かってからは指をさしたり声を掛けてくる時の喜怒哀楽も、ずっと気を使って理解できるように心がけてきたから大体は分かる。それなのに目が合うようになってから急に分からない事が増えた気がする。
面と向かって雑談をすることが増えたのは喜ぶべきことだが、どうにもそこに乗っている感情が分からない事がある。今日だってお金を渡す時の視線がイラついているように見えて「返さないと」と思う気持ちに拍車がかかった。
「船を降ろすほど不快に思ってないっていうのは、分かるんだけど。まだ、色々怪しまれてるなぁって」
「それは……いや、あたしから言うのは違うわね」
小声で言葉を零したイッカクにフィリィは首を傾げる。鈍感だな。と思ってはいるがこれに関してはキャプテンも悪い。最近になってフィリィに入れている探りは「疑い」ではなく「興味」だろう。ただその「興味」がキャプテンにしては面白い方向に走っているとは思うし、最近ペンギンやシャチとはよくその話で盛り上がっている。無意識な分、普段通りの探りを入れる話し方になっているのも容易に想像がつくが、キャプテンは気に入らない人間に自分からわざわざ話しかけに行かないし、酒も注がないし、自分のお気に入りの物を簡単に渡したりしない。それだけで、フィリィの疑問を解消するのは充分だ。
納得いく様に理由を並べるイッカクは気休めは言っても嘘は吐かない。だが相談事の時に相談者の肩を持って話してくれるのもイッカクだ。
「本当に?」
「本当よ。ベポ達ほどじゃないけど、あたしだって長い方だからね。信じなさい」
「……そっか」
安心した。と言いたげな声と微笑みにイッカクは思わずどきりとしてしまう。綺麗な顔が目の前で嬉しそうに笑えば同性でもキュンと来るものなんだな。と学びを得ながらクレープの最後の一口を放り込む。
「あんたってキャプテンの事好きよねェ。シャチには結構熱烈に入りたがってたって聞いたから最初はキャプテン目当ての女だと思ってたのよね」
「好きじゃなきゃ乗りたいなんて言わないよ」
「ふーん。じゃあどれぐらい好き?」
どれぐらい…とイッカクの言葉を反芻しながらフィリィは考えるように空を見上げる。今日は少し雲が多いが良い晴れの日だ。これぐらいの空が一番思い出に浸れるので好ましい。
「命かけれるぐらい、かな」
すんなりと出た言葉には裏もなく、照れも無い。確かにこれは熱烈かもしれない。と思いながらも、フィリィが何故ここまでキャプテンの事を好きなのかを誰も知らない事に少しだけ寒気がした。
+++
「はァ?」
「だから、バイトするから。お金は返すね」
睨んでみても引かないフィリィの後ろでは呆れたように頭を抱えるイッカクとぽかんとしているペンギンとシャチがいる。ローの後ろにいたベポも「バイトするの?」と困ったような声を出す。
ペンギンとシャチにバイトをしようとしている。と聞いて前回の島でダメにした服の分と本を買っても充分なぐらいの金を渡した。働くことに反対するわけではないがクルーの中にはフィリィの手伝いを希望している者が多い。三週間という長期間宿や酒場に頻繁に世話になる訳にもいかないので基本は船内での生活だ。停泊するにも海賊船の多さから警戒は自然と必要になるし、細かい船のメンテナンスも船内の備品の整理や掃除もある。ローからしてみればそれに対しての給金の様な意味も含まれている。これでも自分なりにアルバイトをしなくていい理由を作ったつもりだったのだが。
「……働きたいなら好きにしろ。金は使うなり何なり好きにすればいい」
「でも」
「二度は言わねェ」
わかった。と返すとフィリィはそのまま部屋に帰っていく。特に止めることをしなかったローを尻目にペンギンたちはコソコソと話し始める。
「何があったんだよ?!」
「それがね……」
町の店を一通り見て帰ろうとした時、昨日買い物をした先だった酒屋の女将に会った。それが求人広告を見て足を止めていた時だったので自分の店で働かないか。という提案をされてしまったのだ。さすがにイッカクは怪しいのではないかと疑っていたが、表に出るのではなく裏方で働けるという魅力にフィリィが釣られてしまった。結局船に戻って来るまでに止めきれずにキャプテンとの会話に繋がる。
「イッカクなら説得できると思ったのによォ」
「あんな風でも頑固だからね。キャプテンにそっくり」
肩をすくめるイッカクはお手上げだと言いたげにそのまま自分の部屋に戻っていった。ペンギンとシャチはまた本を捲り始めたキャプテンを見る。食堂で本を読んでいること自体珍しいのに、ベポが残念そうにするものだから更に機嫌が悪く見えてしまう。
フィリィ一人が抜けたところで船内の作業が滞ることは無いし、いなかった頃に戻るだけで支障はない。だが、最近キャプテンはフィリィを手元に置きたがっている事が多い。それならサッサと乗せると言ってくれと思ってしまうがキャプテンからするとまだまだ深堀したいのだろう。人間関係や自分の感情には一見素直に見えて慎重な人なのだ。特にフィリィが異性だから、というのも大きいかもしれないが。
「あれ、すぐに直ると思うか」
「明日からの情報収集が上手くいけばワンチャン…」
どうにかなりますように。と祈りながら少しだけ原因になっているフィリィを恨んだ。
不用品を船から下ろす作業をしているクリオネに近づくと、一人で出かけることを伝える。気をつけて、という言葉に返事をしながらまずは情報収集でもと頭の中で考えていると後ろからペンギンとシャチが追いかけて来た。
「フィリィ! ちょっと待った!」
「どうしたの?」
「お前はおれらと買い出しな」
え。と思わず声を漏らしてからちらりとペンギンを見る。怪我の事はローとペンギンしか知らない。痛い目を見た後に学ばない訳もないので、もしもの時の為の護衛ならばいらない心配だ。
「ちなみに船長命令だから」
「へ?」
「ほら、いくぞ」
くるりと体を町の方に向けられて、訳も分からないまま歩き出す。さすがにローに必要ないと進言はできない。それぐらい怪我の件で迷惑をかけたし、辛くない様にと薬まで貰ってしまっている。ならばこれは完全なリスクヘッジだ。
大人しくペンギンとシャチに挟まれながら、何を買うの?と持っているメモを覗き込む。大体が生活用品だが、中には日持ちする食料や酒も含まれている。ログが溜まるまでの時間も調べてくるように言われたらしく、ローは今船でベポと一緒にのんびりと船番中らしい。
町に入ってすぐ、大きな市場が目を引いた。祭りをやっているというわけでもないのに人の多さも中々で油断するとはぐれてしまいそうだ。
「前の島よりでかそうだな」
「政府の加盟国みたいね」
「あァ、どうりで」
日差しを避けるようなフィリィの仕草に二人は島の中心地の方に視線を向ける。城と言う程ではないがかなり大きな目立つ屋敷が並の視力でも捉えられる。その周りの塀にひらひらと動く布のどれかが世界政府の旗なのだろう。つまりここには貴族が居て、気まぐれに天竜人も訪れる場所ということだ。
政府の加盟国は豊かな土地であると同時に、いつでも海軍が出動して来る場所でもある。巡回のルートにもしっかり含まれているだろうし、問題を起こして通報をされたら飛んでくるだろう。その代わりに海軍がいない間は海賊が店を利用することに文句を言う者もかなり少ない。むしろ航路に入っているぐらいなのでそれで稼いでいる店もあるだろう。
順調にメモの買い出しを済ませながら出店でつまみ食いでもするように食べ歩く。誰かとこうして島を巡るのは久しぶりだ。
「お姉ちゃん綺麗だねェ! おまけでこれも持って行きな!」
「ありがとうございます」
にこにこ笑っておまけと称して渡してくれたサイダーの瓶を三本受け取る。ペンギンとシャチはこれで何度目だ? と苦笑いを浮かべながらその光景を眺めていた。買った酒を受け取って、樽で取ったものは船に運んでもらうように伝える。その間も雑談に花を咲かせているフィリィに相変わらず懐に入るのが上手いと感心してしまった。
「そうだ。ここってログはどれぐらいで溜まりますか?」
「おや、あんた達海賊かい? ログは…確か三週間だね」
「えっ?!」
思わぬ長さに三人揃って声が出る。それと同時に酒屋の女将さんはカウンターを軽く叩いて笑った。皆聞いたら同じ反応をするのだろう。
「まァこの島なら飽きることもそうそうないさね。加盟国ではあるけど海軍も頻繁に来るわけじゃないから安心しな」
船を出す前にまた酒でも買いに来て欲しいと商魂たくましい一言を聞いてから三人は店を出る。少し足を休めようと広場のベンチに腰掛けると貰ったサイダーの瓶を開けた。
港に海賊船が多かったのもきっとこれが理由だろう。あまりやんちゃをする海賊団が止まっていない事を祈るしかない。宿の確保も命じられていたが、長期の停泊になるのならローに相談する必要も出てくる。買い物もほとんど終わっているので一度船に戻るのもいいかもしれない。フィリィを連れている事で「おまけ」もかなり貰っていて想定より荷物も増えている。
「三週間も同じ島に居るのは久しぶりかもな」
「中々ないもんね。大体は長くても一週間とかだし」
「フィリィはまたアルバイトでもすんのか?」
「うん。そのつもり」
これだけ大きな島なら細かい働き口も多いだろう。前に稼いだアルバイトのお金はローに返そうと思って貯めながら少しずつ使っているが、三週間もあれば返せるほどの金額は集まるだろう。そこから余ったお金で新しい服や欲しい本を買えばいい。
ペンギンとシャチは視線を一瞬合わせてから、どんなアルバイトをしようかと思考を巡らせるフィリィを見た。
「金はさ、キャプテンにおねだりすれば良くないか?」
「そうそう、言えばお小遣いくれるぞ」
「いいよ、別に。そこまでお世話になる気はないし」
あくまで乗り合いの人間だと言いたげな声のトーンに二人は言葉を詰まらせる。こういうところが酷くもどかしい。人間として一線をきちんと守れるのはいい事だが、頼られていないのではないかという寂しさも感じてしまう。食事さえも船に乗ってから早々に手伝いに入っていたと他のクルーから聞いている。金を持っていないのはフィリィ自身よく分かっていただろうし、船の中では大鍋で食事を作るので一人分のかかった金額は分からない。その分を労働で返すような気持ちなのだろう。イッカクも着ないから。とあげたものだったのに後日服をプレゼントされたと拗ねていたし。
変な所で真面目過ぎるのも考え物だ。こういうところは全く海賊に向いていないと思うが、そこを皆が気に入ってしまったのだからしょうがない。最早海賊団には入らずに船を降りると言われたところで簡単に承諾するクルーはいない。
「あ、でもこれからはおれら三人で買い出しだからな」
「船長命令?」
「そうそう、買い食いできるしいいこと尽くめだろ」
悪い顔をする二人にそういえば出店のお金を払っていたのはペンギンだったことを思い出す。それも買い出しの時の財布と同じところから出していた。
「勝手に共犯にしないでよ」
「でも食べただろ~」
笑うペンギンとシャチに呆れながらたまにはいいか。と瓶の中のサイダーを飲み干した。
***
次の日の朝、フィリィは働ける場所でも探しに行こうと食堂の席を立ち上がった。食器を片付けて船で手伝えることが無いのを確認してから食堂を出ようとした時、ローに声を掛けられた。「手を出せ」という言葉に従えば、目の前で音を立てて自分の手の平の上に着地した袋をぽかんと見つめる。この光景は完全にデジャブだ。数秒見つめた後、何か言わなければとローを見上げるのと同時に後ろからペンギンとシャチに茶々を入れられる。
「お、なんだ。お小遣いもらったのか」
「お前服一式ダメにしてたもんな」
もらう。という言い方に反論しようとしている間にローが踵を返して歩いていく音が聞こえて慌ててしまう。結局どちらにも何も言えないままで、一体どこから訂正すればいいのだろうかと頭が混乱する。とりあえずローを追いかけようとしたフィリィを二人が「まァ、待てよ」と腕を掴んで止める。
「キャプテンが自分から渡してるんだから大人しく受け取っとけって」
「でも……」
「それあればバイトもしなくていいし、服も買えるだろ」
「そう、だけどさ」
まるで悪魔のようにこそこそと話して来る二人に動揺しながら、ローに受け取ったお礼すら言えていない事に気付く。気持ちは焦るがここでお礼を言えば一旦この手の上のお金は受け取るという意思表示になってしまう。前の分を返そうと思っていた矢先の出来事にどうしようと俯いていると、隣にいた二人が大きく声をあげる。
「いってェ!」
「イッカク! 何すんだよ!」
「あんたたちこそ何フィリィの事いじめてんのよ!」
いじめてねェ! と仲の良いハモリをする二人を置いて、イッカクはフィリィの手を引いた。手から零れ落ちそうになった袋を掴みなおしながら顔を上げると、いつもとは違う色のバンダナに綺麗なロングスカートを履いた姿が目に映る。
「いくわよ」
「ど、どこに?」
「町に! 遊びにいくの」
にっこり笑ったイッカクに目を丸くしたまま手を引かれてフィリィは船を降りた。
「あんたさァ、深く考えすぎなのよ」
「そんなことないよ。大事な事だし」
結局町に出たのに一向にお金に手を付けないフィリィに一度休憩しようとクレープを奢った。それさえも受け取るのに少し躊躇って見せたのだから自分たちの中にはない「良い子」な部分に呆れてしまう。真面目なことは良い事だが、そういうのは普通の船に乗せてもらった時だけで充分だ。
「何するにもお金は必要じゃん」
「それは乗ってるあんたも一緒でしょ」
「だから、アルバイトしようと思って…」
「懸賞金かかってるのに?」
言葉を詰まらせたフィリィにはそう言われても反論が出来ない心当たりがある。五千万ベリーと言えば普通の町民なら死ぬまで生活に困らないレベルだ。そんな女が働きますと自分の店に勝手に転がり込んでくる。そうなった時の末路は簡単に想像がつく。新聞で常に行動が周知されているわけではないが、手配書をしっかり保管してもしもの時に備えている店も多い。最近では通報するだけで金銭が発生するお尋ね者もいる。
ハートの海賊団の船に乗ってから一度だけ店で働くフィリィを捕まえようとした店主が居た。結果的には船まで逃げ切って、残りの滞在は宿に行く事も出来ずに引き籠ることになってしまった。下手に病気や怪我の言い訳を使えばローに何を言われるか分かったものではなかったので、月のものがしんどいと嘘を吐いてイッカクにだけ事情を話していた。そんな前科のある状態で働くというのだからイッカクから止められるのも無理はない。
「そもそも、ウチに入れば船の金もあんたの金になるでしょ」
「まぁ、そうだね」
ハートの海賊団は海賊団のわりに管理が行き届いている方だと思う。仲の良い海賊団でも手癖が悪かったり、異常に仲の悪い船員が居たりするものだがそういう者も一切いない。フィリィも最初の頃は夜眠るときに警戒していたが、今はぐっすりと眠れてしまう程艦内の治安は良いのだ。金もそれと同じで船員達がお小遣いの制度に全く反対せず適切に金を使っているので特に問題が起こることは無い。代わりに他の海賊船や海軍を襲った時に取った金品は見つけた人の懐にそのまま入れてもいい事になっている。フィリィもそれで少しだけ貰った金もある。
「それにね、こういうのは信頼だと思えばいいの。あんたのこと好意的に思ってるからキャプテンは金を出しても何も思わないの」
「うーん…?」
「なによ」
「いや、ローに好かれてるビジョンが全然見えてないっていうか……」
はあ? と声を上げてからイッカクはクレープをまた一口食べる。フィリィも何も言えずにチョコバナナのクレープに齧りついた。
目を見れば、それなりに人の感情は察せるものだと思っていた。実際に最初の頃からペンギンは自分に好意的だと分かっていたし、警戒していたシャチからの感情の緩みも分かった。イッカクとも距離があったがすぐに笑ってくれるようになったし、ハクガンやクリオネ、他の船員たちともそうやって緊張を解いて仲良くなってきた。ベポは最初から分かりやすすぎてあまり参考にならないが。ローは最初は目も合わずに苦労した。口数があまり多くないと分かってからは指をさしたり声を掛けてくる時の喜怒哀楽も、ずっと気を使って理解できるように心がけてきたから大体は分かる。それなのに目が合うようになってから急に分からない事が増えた気がする。
面と向かって雑談をすることが増えたのは喜ぶべきことだが、どうにもそこに乗っている感情が分からない事がある。今日だってお金を渡す時の視線がイラついているように見えて「返さないと」と思う気持ちに拍車がかかった。
「船を降ろすほど不快に思ってないっていうのは、分かるんだけど。まだ、色々怪しまれてるなぁって」
「それは……いや、あたしから言うのは違うわね」
小声で言葉を零したイッカクにフィリィは首を傾げる。鈍感だな。と思ってはいるがこれに関してはキャプテンも悪い。最近になってフィリィに入れている探りは「疑い」ではなく「興味」だろう。ただその「興味」がキャプテンにしては面白い方向に走っているとは思うし、最近ペンギンやシャチとはよくその話で盛り上がっている。無意識な分、普段通りの探りを入れる話し方になっているのも容易に想像がつくが、キャプテンは気に入らない人間に自分からわざわざ話しかけに行かないし、酒も注がないし、自分のお気に入りの物を簡単に渡したりしない。それだけで、フィリィの疑問を解消するのは充分だ。
納得いく様に理由を並べるイッカクは気休めは言っても嘘は吐かない。だが相談事の時に相談者の肩を持って話してくれるのもイッカクだ。
「本当に?」
「本当よ。ベポ達ほどじゃないけど、あたしだって長い方だからね。信じなさい」
「……そっか」
安心した。と言いたげな声と微笑みにイッカクは思わずどきりとしてしまう。綺麗な顔が目の前で嬉しそうに笑えば同性でもキュンと来るものなんだな。と学びを得ながらクレープの最後の一口を放り込む。
「あんたってキャプテンの事好きよねェ。シャチには結構熱烈に入りたがってたって聞いたから最初はキャプテン目当ての女だと思ってたのよね」
「好きじゃなきゃ乗りたいなんて言わないよ」
「ふーん。じゃあどれぐらい好き?」
どれぐらい…とイッカクの言葉を反芻しながらフィリィは考えるように空を見上げる。今日は少し雲が多いが良い晴れの日だ。これぐらいの空が一番思い出に浸れるので好ましい。
「命かけれるぐらい、かな」
すんなりと出た言葉には裏もなく、照れも無い。確かにこれは熱烈かもしれない。と思いながらも、フィリィが何故ここまでキャプテンの事を好きなのかを誰も知らない事に少しだけ寒気がした。
+++
「はァ?」
「だから、バイトするから。お金は返すね」
睨んでみても引かないフィリィの後ろでは呆れたように頭を抱えるイッカクとぽかんとしているペンギンとシャチがいる。ローの後ろにいたベポも「バイトするの?」と困ったような声を出す。
ペンギンとシャチにバイトをしようとしている。と聞いて前回の島でダメにした服の分と本を買っても充分なぐらいの金を渡した。働くことに反対するわけではないがクルーの中にはフィリィの手伝いを希望している者が多い。三週間という長期間宿や酒場に頻繁に世話になる訳にもいかないので基本は船内での生活だ。停泊するにも海賊船の多さから警戒は自然と必要になるし、細かい船のメンテナンスも船内の備品の整理や掃除もある。ローからしてみればそれに対しての給金の様な意味も含まれている。これでも自分なりにアルバイトをしなくていい理由を作ったつもりだったのだが。
「……働きたいなら好きにしろ。金は使うなり何なり好きにすればいい」
「でも」
「二度は言わねェ」
わかった。と返すとフィリィはそのまま部屋に帰っていく。特に止めることをしなかったローを尻目にペンギンたちはコソコソと話し始める。
「何があったんだよ?!」
「それがね……」
町の店を一通り見て帰ろうとした時、昨日買い物をした先だった酒屋の女将に会った。それが求人広告を見て足を止めていた時だったので自分の店で働かないか。という提案をされてしまったのだ。さすがにイッカクは怪しいのではないかと疑っていたが、表に出るのではなく裏方で働けるという魅力にフィリィが釣られてしまった。結局船に戻って来るまでに止めきれずにキャプテンとの会話に繋がる。
「イッカクなら説得できると思ったのによォ」
「あんな風でも頑固だからね。キャプテンにそっくり」
肩をすくめるイッカクはお手上げだと言いたげにそのまま自分の部屋に戻っていった。ペンギンとシャチはまた本を捲り始めたキャプテンを見る。食堂で本を読んでいること自体珍しいのに、ベポが残念そうにするものだから更に機嫌が悪く見えてしまう。
フィリィ一人が抜けたところで船内の作業が滞ることは無いし、いなかった頃に戻るだけで支障はない。だが、最近キャプテンはフィリィを手元に置きたがっている事が多い。それならサッサと乗せると言ってくれと思ってしまうがキャプテンからするとまだまだ深堀したいのだろう。人間関係や自分の感情には一見素直に見えて慎重な人なのだ。特にフィリィが異性だから、というのも大きいかもしれないが。
「あれ、すぐに直ると思うか」
「明日からの情報収集が上手くいけばワンチャン…」
どうにかなりますように。と祈りながら少しだけ原因になっているフィリィを恨んだ。