呪いの池に落ちたら人生変わったんだが


「で?」

口にはロリポップ

「おまえらばかじゃねえのか!?」

白い襟にはレースが編み込まれたシャツを着て、黒い豪奢なジャケットには金色の縁取りがされている。

「だいたいそんなばかげたのろいなんてあるとおもってるのか!?」

同じくサテン生地の半ズボンに白のハイソックスを履かされた松田(少年)は、ロココ調の椅子にふんぞり返りながら俺たちを見下している。

「お前のそれが証拠だよ。伊達はパンダ、ヒロは子豚、俺は女になったんだからな」
「どっかのばかがつくったくすりがはいってたんだろうがよ!のろいなんてあるわけねぇ」

少年になった松田は例によって琴世さんに揉みくちゃに遊ばれ、今は立派な王子さまに変身している。ワンピースを着せられるくらいならこっち(王子さま)の方がましだと妥協するしかなかったのだ。

ちなみにお湯で一時的に元に戻ることは松田には言っていない。何故かって?その方が面白いからだ。僕も伊達もあえて教えなかった。ヒロだけは同情してるのか教えてやれ、という視線を送ってはくるが何せ豚なので喋れない。

「おいふるや、おれのふくかってこいよ」
「お断りだ。琴世さんの好意を無下にする気か」
「はあ!?おれにずっとこれをきてろっていうつもりか!?」
「良く似合ってるじゃないか、じんぺーくん」
「てめぇ…まじでころす」

僕(女)と松田(少年)が取っ組み合いの喧嘩を始めた。いつもの事だがもう夜も深い、あまり派手に暴れると家人に気付かれる、と伊達(パンダ)は僕たちを引き剥がした。

「あらー、どうかしましたー?」

やって来たのは琴世さん。松田の分の布団を用意したからと呼びに来てくれたのだ。

「じんぺーくんは私と一緒に寝ましょうか。くーちゃんと3人で寝ましょう、ね?」
「いや、おれはここでいい」
「琴世さん、こいつは僕のとこで寝かせますよ。こいつ女の人のとこだと緊張して眠れないそうなので」
「はぁ!?」
「あらでも零さんだって女の子でしょう?」
「こいつはむねもしりもぺたんこだから」
「お前もう一遍言ってみろ!!」

そしてまた掴み合いの喧嘩に。

「とにかく!こいつのとこでねるのだけはいやだからな!!」
「我が儘言うなよ!琴世さんだって困るだろ」

『じゃあ俺のとこ来るか?』

僕と松田は立って歩くパンダに連れられた少年の姿を想像して、そのシュールな光景にゾッとした。

「いや…いい。それはいい」
『別に笹のベッドとかじゃねえぞ?まあ多少はあるが』

「「あるのかよ!!」」

困ったわね、と琴世さんが言うので僕は良いことを思い付いた。

「僕のところで大人しく寝ろ。でないと萩原呼ぶぞ」

僕はスマホを天高くかざして(松田には届かない)、そう言ってやった。

「おまっ…、それはひきょうだろ!!」
「子供の癖に我が儘言うからだろ。萩原に迎えにきてもらうか?ああ?」
「やめろ!」
「じゃあ僕のところで寝るんだな?」
「………………………ちっ」

舌打ちした松田の頭をはたいて僕は松田を連れて部屋に向かった。

「くそっ…なんでおれがこんなめに…」
「警視庁には僕から連絡いれとくから心配するな。それに朝になれば分かるさ」
「だいたいおまえのせいだろ!」
「そういう事言うなら僕のTシャツは貸さないぞ、琴世さんに用意してもらうか?」
「………………さいあくだ」

小さくなった松田はメンズサイズのTシャツをそれこそワンピースのように着て寝た。小さくなって精神まで引っ張られているのか、毛布にくるまって寝ていたので僕が背中をとんとんしてやった。


翌朝____

「おい、…起きろよ」

松田は朝方になって深い眠りに入ったのか、7時になっても起きてこなかった。

「松田、起きないと朝飯逃すぞ」
「ん……あぁ…」
「かーわいくなってちゃって♪陣平くん」

バッ!!と目を見開いた松田少年が見たのはここには居ないはずの親友だった。

「おまっ…!なんでここに…まさかふるやのやつ…!!」
「降谷じゃねぇよ、俺が先にここに来たわけ。お前昨日撤収してから本庁に帰らないから何かあったかと思って探したぞ」

まあ、何かはあったみたいだけどな。と萩原は言った。

「どういう訳だか降谷は女だしお前はガキになってるし、何があったんだ?」
「それは後で僕から話すよ」
「おっ、お前は女になっても顔は変わらない零ちゃんじゃないか」
「幾ら僕が可愛くても惚れるなよ」
「悪いが俺は胸派なんだ」
「おれは、しり(尻)」

萩原は残念そうに僕の胸を見下ろして肩をすくめるし、松田は僕を見上げて真顔で言いやがった。こいつら揃いも揃って僕を馬鹿にしてるな!!!?

「おはようございます。じんぺーくん、朝ごはん用意出来てるわよ。あら、そちらは?」

丁度琴世さんと黒豚(ヒロ)が入ってきて、萩原の存在に気が付いたらしい。すると琴世さんを一見した萩原が嘘のようにシャキッとして張り切り始めた。

「初めまして!僕萩原と言います。こいつの、松田の保護者でして。連絡をもらって迎えに来たんです」
「まあそうだったんですか、良かったわねじんぺーくん。でも折角ですから朝ごはんは食べて行ってね?零さんも」
「はい」
「もちろんです!おい松田、行くぞ♪」
「おいっ、くびをもつな!」

萩原は松田の首ねっこを掴んで抱えるように居間まで運んでいった。
食卓にはもう既に皆の分の朝ごはんが用意してあり、僕はいつもの席に、ヒロは琴世さんの膝の上に、松田はちょこんと重ねられた座布団の上に座った。

「さあ頂きましょう!」
「頂きます」
「………」

松田は目の前の料理を見つめたまま手を付けようとしない。萩原はそんな松田を後ろから見つめて笑いを堪えていた。

「じんぺーくんどうしたの?」
「松田、好き嫌いは良くないぞ」

僕は松田に食べるように促した。目の前のお子様料理を。
デコレーションされたフレンチトーストに可愛い動物がデフォルメされたハムエッグ、スープの入っているマグはクマさん柄だった。フォークとスプーンもライオンとキリンだ。物凄くかわいらしい。

「何か食べられない物があるのかしら、ごめんなさいね…食べたくない…?」

車の形に型抜きされた人参のグラッセ。全ては松田少年用にと琴世さんが朝から作ってくれた物だから僕は食べろと言った。

「…ふ!ぅっ…!、松田くん、残さず食べるんだ。人の厚意を無下にしてはいけないぞ」

萩原は笑いを噛み殺しながら松田に追い討ちをかける。松田も今脳内で理性と善意が戦っているんだろう、見ていて面白い。

「………たべる」
「そうかそうか、偉いぞ!」

松田が善意を選んでフォークを持って食べ始めると萩原が隠れて(隠蔽値0)スマホで写真を撮り始めた。そのシャッター音がする度に僕は笑いが抑えられなくなる。

「おい!おれをとるな!!」
「お口にケチャップ着いてるぞ、じんぺーくん♪」
「は、ぎ、わ、ら!!!!」
「食事中だぞ。それにくーちゃんを見てみろ、豚のくせにちゃんとスプーンから食べてるじゃないか」

僕は松田と萩原にあっちを見てみろと言った。そこには琴世さんの膝の上で甲斐甲斐しく世話をされている黒豚(ヒロ)がいた。

「お前も大人しく食べろ。全部残さず食べたら元に戻る方法を教えてやるから」
「おまえそれほんとだな!?」
「本当だとも。現に昨日俺は男だっただろ」
「………!!!!」

何か言った?みたいな顔で黒豚がこっちを見た。誰よりも順応してるのヒロだよな…。それから松田は急いで全部の料理をたいらげ、見事完食して琴世さんを喜ばせた(元々美味しいんだから当たり前だ)。

「お粗末でした。良かったわ、ちゃんと食べてくれて。私はこれから少し出掛けるんですけど、零さんくーちゃんお願い出来ます?」
「良いですよ、僕も午前休みなんで。ここの片付けとやっておきますから気兼ねなく出掛けてきて下さい」
「じゃあお願いしますね」

琴世さんが出掛けるととりあえず僕は片付けと風呂の用意をした。

「に、してもここの琴世さん?だっけ、俺めちゃくちゃタイプだなー」
「たしかにむねはでかい」
「料理も上手いんだろ?彼氏とかいるのか?」
「いないと思うが」
「………!!(おい!)」
「いないならちょっとアプローチしてようかなー」
「ふるやよりはいいおんなだな」
「…グヒッ(ゼロも可愛いぞ!)」

「お前ら好き勝手に言いやがって!!」

大体俺は男なんだよ!!顔は可愛いけどな!!

「そうかそうか、一生子供のままでいたいらしいな、じんぺーくん?」

松田はハッ、そうだった!という顔をして僕から目を逸らした。

「何?どういう仕組みな訳?松田も元に戻っちゃうのか?」
「なんでつまらなさそうにいうんだよ」
「いやーこんなに可愛い松田が見られなくなると寂しいなーと思って」
「は!?おまえひとごとだとおもって!!」
「お前の分の仕事は俺が引き受けてやるからな、じんぺーくん」
「ふるや!!こいつもおとすぞ!」

萩原にからかわれた松田は赤い顔して怒っているが、その全てが幼児のそれだった。

「は?落とすって?」

あ、これ松田を落とした時のゼロの顔と同じだとヒロは後に語った。

「ん…!?」
「どうした?」

俺たちは萩原(生贄)を連れて池の縁に立っていた。

「んん!?!?」
「ふるや、どうしたんだ?」
「この池がどうかしたのかー?」

「まさか…!!!!」

『男溺泉』

「嘘だろ!!ヒロ!!伊達!!」

池の横の表示はなんと男溺泉。

「見間違いじゃないよな!?ちょっと見てくれ!!」
「…グヒ!!(男溺泉!!)」
『おおーー!!ついに来たか!!』

パンダ歴半年の伊達がガッツポーズで喜びの雄叫びをあげた。そのまま池に飛び込もうとしたので僕はちょっと待て!と止めた。

『降谷!?止めてくれるな!』
「そうじゃない、万が一という事もある。表示が間違ってる可能性だってあるだろ?ここは念の為誰かで試した方がいい」
「…グルゥ(試す?)」
「そうだ」

僕とヒロと伊達は池の縁に立っている萩原をじっと見た。

「何…?嫌な予感しかしないんだけど…」

萩原の隣に立つ松田(少年)は僕たちの視線に何かを察したのか無言で頷いた。

「俺やっぱ帰るわ……松…おわっっ!!」

松田が逃げ腰の萩原を呆気なく池に向かって押した。僕たちはそれを見届けるべく慌てて駆け寄った。

ぶくぶく…

水面に泡が浮かんでくる。

「で?はぎわらはなにになるんだ?」

そうだった、松田は元に戻る方法知らないままだった。そこで僕が松田に男溺泉についての説明をすると咥えていたロリポップをポロっと落とした。

「そんなもんがあるならはやくいえよ!おれもはいる!」
「だからまだ分からないだろ?もし表示が違ってたらどうする?アヒルとか阿修羅とか化け物になるパターンもあるんだぞ?」
「それではぎわらをじっけんだいにしたのか…おまえてんさいだな」
「これ以上変な物になりたくないからな」
「…(誰も萩原に同情しないところがすげえ。ま、俺もだけど)」
『出てくるぞ!!』

僕とヒロと伊達と松田が見守る中、池から出てきたのは…

「…ゴホッ!!………………ってぇ」

「はぎわら!!」
「萩原!!」
「グヒ!!(萩原!!)」
『萩原!!』

「お前らいい加減にしろよな!!!!突然俺を落としやがって!!!!」

池から出てきたのは若い男のままの萩原だった。

「おとこだ!!」
「男だ!!」
「グヒ!!(男だ!!)」
『男だな!!』

「はぁ!?」

よし飛び込め!!!!と僕たちは萩原めがけて一斉に男溺泉に飛び込んだ。

「わあ!!おいっ!!」

バッシャーン!!!!
女と子豚とパンダと子供が全力で池に飛び込んだ。萩原も巻き込んで。

「戻った!!」
「戻ったか!?」
「おおー!!」
「戻ってる!!」
「だから何の話だよ!何で俺池に落とされた!?」

僕たちは全員男の姿で池の中で歓喜を上げていた。女の服をさっそく全部脱いでポイっと投げる。ヒロと伊達は元々全裸だし松田の着てた服も大きくなったことでビリビリに破けていたのでそれを脱いだら僕たちは萩原以外全員裸になって喜んだ。

「あれ?お前ら元に戻ったのか?」
「萩原!!お前の手柄だぞ!」
「え何で?」
「何ででもいい!偉いぞ萩原!」
「本当に何で?」
「お前ならやってくれると思ったぜ!」
「そうか?」
「持つべきものは親友だな!」
「いや~照れるな~」

僕たちは萩原を囲んで全員でハイタッチを交わした。偉大な犠牲者萩原に万歳!!と。

「…さて、池がまた変わる前に出よう!」
「そうだな。ゼロ、服貸してくれ」
「松田は自分の服あるだろから伊達とヒロはとりあえず僕の服を貸すから」

僕たちが歓喜に浮かれて池から上がると母屋の前には…

「………」

!!!!僕たちは思わず固まった。
そこには琴世さんが立ちすくしていたからだ。信じられない物を見たという表情で微動だにしないまま。
そこで僕たちは4人が全裸だったのを思い出した。

「琴世さん!これは…!」
「待て、様子がおかしいぞ」

伊達が目の前に立って手を振るが無反応だった。
琴世さんは立ったまま気絶していた。

そうして僕たちの非日常とも呼べる日々は幕を下ろした。
その後ヒロが裸のまま琴世さんを運び、目覚めた琴世さんがまた悲鳴をあげ、今度はくーちゃんがいないと大騒ぎになり……。

僕もヒロも伊達も松田もあの池に落ちた。
それぞれ呪いは違ったが、何にしても男に戻れて良かったと肩を叩きあった。

「諸伏はあの人の事が好きなのか?」
「ヒロのあれは飼い主とペットの関係だな。随分手懐けられてたから」
「それにしても助かったぜ…一晩で元に戻って」
「可愛かったぜ、じんぺーくん」
「ああ!?」
「俺は半年だった」
「随分板についてたけどな、パンダ」
「裸に慣れてると服がうっとおしく感じるぜ」
「それ完全にヤバいやつだな!!」

ははははは!!と僕たちは笑った。



「なあ…俺、何で池に落とされたの??」



そしてあの池はまだそこにある。



終わり
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