呪いの池に落ちたら人生変わったんだが

トントン、トントン
僕は日曜大工ならぬ平日大工をしていた。

「おーい、悪いな手伝わせちまって」
「いいえ、居候なんで働いてお返ししないと。こういうのは得意ですから」
「この間のパンダの兄ちゃんがまた来てくれたら良かったんだがなぁ」
「早く作っておかないと僕も心配ですし殊太さん、休んでいて下さい」

僕たちは今、ぎっくり腰になってしまった家主の殊太さんの代わりに呪いの池の蓋を作る作業をしていた。伊達パンダが作った木製の蓋が大きすぎて運ぶ途中で腰を痛めてしまったのだ。その時に蓋も落としてダメになってしまい、また一から作り直しているという訳だ。今日ばかりは男の姿でいいからと言われたので助かった。

「そっちの兄ちゃんも悪いな」
「俺もまあお世話になってるのは間違いないんで」
「琴世は夜まで帰らん。のんびりやってくれ」
「そうさせてもらいます」

くーちゃん改めヒロは久し振りに人間の姿で僕と大工仕事をしていた。今日はくーちゃんを溺愛している飼い主の琴世さんが留守で居ないためだ。ちなみに服は僕の物を貸してやった。
うららかな初夏の陽気、親友と共に汗を流して働くのも悪くない。

「こんなに平和でいいのかと思うよな」
「何言ってるんだ、いつ呼び出されるか分からないだろ」
「だからこそ今この平和な時間を満喫しようぜ。そういえば伊達は?」
「あとで合流する予定。ま、あいつはパンダのままの方が使えそうけどな」
「体力的にか?」
「パンダはクマ科だからな」
「ぶっ、あいつ本当に違和感全くないよな!お前もだけど」
「お前に言われたくないぞ!くーちゃん」
「おい!!」

とヒロと軽口を交えながら僕たちは順調に蓋の制作に没頭した。そうして数時間が経った頃、木屑とペンキにまみれながらやっと池の蓋は完成した。

「やった…!」
「終わったー!」
「立て掛けて少し乾かしておこう」
「そうだな、はー疲れた」

風呂に入ろうぜ、となった所で僕のスマホが鳴った。風見からだった。

「僕だ、どうした」
『降谷さん、爆破予告が出されました。現場は都内の…』
「ここからすぐの所だ。分かった僕はこのまま現場へ向かう」

僕が電話を切るとヒロがどうした?と聞いてきたので今の事情を話した。

「爆破予告!?」
「ああ、しかもここから近い。お前も行くか?」
「そうだな、公安も何か情報を掴んでるかもしれない」

そうして僕たちは池の蓋を立て掛けたまま、蓋をしないままそのままにしてしまった。男の姿で良かった、着替えるのは面倒だと思っていたからだ。
いざ現場へ行ってみると既に爆弾処理班が現場へ来ていて不審物やそれらしきものをチェックしているという。

「風見」
「降谷さん、諸伏も一緒か」
「現場はどうなってる」
「現在不審物の特定をしています。恐らくはデマの可能性が高いと」
「僕は外の様子をみておく。この辺りは民家も多いからな」
「風見さん、自分も降谷と一緒に外で待機してます。怪しい奴がいたらすぐに知らせます」
「それはいいが…お前が着てるそれは降谷さんの服では?」
「あっ、バレました?俺服ないんで降谷の借りたんすよ」
「僕の服は風見が調達することが多いからな。ほら行くぞ」

「…服が無い…?諸伏もか…?」

風見を現場に残して僕とヒロは離れた所で周りを観察していた。奇しくもそこは僕たちが居候してお世話になっている堂遊邸のすぐそばだった。

「頼むからこういう時に水は被りたくないよな」
「言うなよヒロ、フラグが立つぞ」
「冗談だって、………お?あれ松田じゃないか?」
「あ、本当だ。あいつが来てたんだな」

僕たちの視線の先には見慣れたあいつがいた。

「おーい松田!」

そいつは振り返ると僕とヒロを見た。

「お前らも来てたのか」
「お前が外にいるって事はデマだったのか?」
「中には何も無かった。少数は残すかもしれないがほぼ撤収だな」
「そうか、それなら良かったぜ」
「お前たちが一緒にいるなんて何かあったのか?」
「いや俺たちは…」

「…くーちゃん!」

ドキぃー!!っと僕の隣のヒロが飛び上がるほど反応した。

「くーちゃん!?どこなのー?」

琴世さんの声だ。しかもどんどん近くになって来ている。ヒロが尋常じゃないほど汗をかいている、これはまずいぞ…。

「ゼロ!悪いが俺は先に帰るわ!風見さんに伝えといてくれないか」
「そうだな、くれぐれも気を付けろよ」
「松田、またな!」
「おう」

ヒロは明らかに琴世さんの気配を気にしながらこそこそと屋敷の方へ逃げていった。
気の毒に…とうとう飼い主に呼ばれると反応するようになってしまったんだな。

「諸伏の奴、大丈夫なのか?」
「大丈夫かと言われれば大丈夫ではないな…」

頑張れヒロ。松田は恐らく仕事絡みの問題だと思ってるが、実際はペット的問題なのだ。
その時丁度風見から連絡が入り、やはり爆弾は無かったと報告された。

「まあ俺の出番が無くてやれやれだったぜ。降谷お前は残るのか?」
「いや出先から来たからな、戻ってまだ作業の続きだ」

松田はミネラルウォーターのボトルを開けて飲みだした。そうだ、僕も喉が乾いたな。

「松田、それ一口くれ」
「おういいぜ」

ほらよ、と松田の手から投げられたボトルはキレイな弧を描いて僕の顔に向かってきた。なんてことない、水が入ったボトルを受け取るだけだ。そう思っていたのに計算が狂ったのはそのボトルのキャップが外れて中身の水が僕の顔にビシャッ!とかかった事だった。

「…っ!!」
「あ、悪りぃ!!」

ああ…やっぱりフラグだったじゃないか。




「……は?お前…」

松田が心配そうに僕を覗き込むが明らかに変わった身長と体型に目を見開いている。

「はあ!?」

僕の横髪を伝って水が滴り落ちる。女特有の丸みを帯びた頬と唇の上にも。

「お前…それ、」

松田が指差すのは僕の膨らんだ胸。
そして僕の顔と胸を指差しながら交互に見て、サングラスを着けたり外したりしている。

「降谷、お前、それ本物か!?」

そして伊達と同じく僕の胸を掴もうとしたから渾身の右ストレートをきめてやった。

「いてっ…痛てて!」
「我慢しろよな、これくらい」

松田は左頬に僕のストレートをうけて今は手当てをされている。ちなみに僕にやり返そうとした松田だったが、胸倉を掴んだ段階で本物の女だと気付いたのか僕に手をあげる事はしなかった。何だこいつ、調子が狂うな。
僕は女になってしまったので仕方なく屋敷に戻り、そこへ松田も連れてきた。ヒロは今頃くーちゃんになって琴世さんの所にいるだろう。

「で?お前が女になっちまった理由は?何かあるんだろ」
「実は…」

と、思ったが話した所で理解されるだろうか。呪いの池に落ちましたなんて。僕がうーん、と悩んでいると中庭を大きな影が横切った。のっしのっし、とパンダが二足歩行で歩いている。

「……………!?!?」
「おっ、いいところに!おーい!」

ビックリして腰を抜かしている松田を無視して僕はそのパンダを呼んだ。

『呼んだか?』
「呼んだ呼んだ。遅かったな」
『松田じゃねえか、どうしたよ』
「さっきまで向こうで爆弾騒ぎがあってな、その帰りだ」

「……………(°Д°)??????」

『おい、松田が固まってるぞ』
「誰だってパンダが二足歩行で札持って会話してたら固まるわ」
『笹食うか?』

パンダが松田に笹を差し出すが当然受け取るはずもなく笹はパンダの口に呑み込まれていった。

「おい…あれ…」

松田が完全に怯えている、まあそうだろうな。爆弾という死の箱をも恐れない男が二足歩行の喋るパンダを目にして明らかに混乱して怯えている。

「俺は夢を見てるのか…?」
「そうだと言いたい所だがこれは現実だ。よし、今度は右の頬を出せ殴ってやる」
「ふざけんなあれが女の力か。ゴリラめ」
「あぁ!?」
「いや女だからメスゴリラだな」
「おいお前ちょっと表に出ろ」

僕と松田が喧嘩を始めても伊達パンダは縁側で笹を食っている。

「お前は元々顔が女みたいなもんだったからよくお似合いだぜ、零ちゃん」
「ああ!?」
「の、割に何だかな~はは」

松田は僕の胸元を見て鼻で笑った。こいつ…

「お前が女になったってどうせ僕よりお粗末だと思うけどな」
「そんな訳ないだろ俺はアレだ。ボンキュッボン!だろうな」
「それなら確かめてみようじゃないか」
「ああ?」

僕は松田をあの池に連れていった。後ろでパンダが『やめた方がいいんじゃないか?』と札を掲げている。

「止めてくれるな伊達。死なば諸共って言うだろ」
「おい何の話だ、伊達って何だよ」
「こっちの話だ。チッ、今日は娘溺泉じゃないのか」

今日の表示は童子溺泉。
女じゃないがそれよりも面白い事になりそうじゃないか。恨むなら僕の胸をバカにした自分を恨むんだな。

「松田、この池の底をよく見てみろ」
「は?池?」
「ほらあの辺りだ、近付いて見てみろよ」
「この池がどうしたっつーんだよ」

僕はしゃがみこんだ松田の背中をトン、と押した。
スローモーションのように松田が池に落ちていくのを見守る。後ろの伊達は『あちゃー』と顔を手で覆っている。
そして見事な水しぶきをあげて松田は池にダイブしたのだ。

バシャン!!

『おい降谷…』
「蛸じゃないだけマシだろ」
『お前らは相変わらずだなー、俺は知らんぞ』

ぶくぶく…と泡が立ったと思ったらプハッと松田が顔を水面から出した。そもそもこの池はそんなに深くはないのだ。

「おい!!ふるや!!なにするんだ!」

顔を出したのは明らかに幼児な松田だった。当然ながら声が高い。

「ぶっ!」
『ぐっふ!』
「おいおまえら!!よくもおとして………」

そこまで喋ってやっと自分の姿を把握したのか松田は己の手のひらや足を見て、顔を触って確かめていた。

「気分はどうだ?陣平ちゃん♪」
「なん…なんだこれ……」
「お前が落ちたのは童子溺泉て言って落ちたら子供になってしまうっていう呪いの池だ」
「はあーーーー!?」

着ていた服も全部ダボダボでビショビショになってしまった松田は池の中で立ちすくしていた。

「ふーーるーーやーー!!」

そこで漸く自分が嵌められたと気付いた松田が池から這い出して僕へ殴りかかってきた。

「かーわいいじゃないか!陣平ちゃん!」
「おまえぜったいゆるさん!!」

ゲラゲラ笑いながら子供のパンチを受けていると、そこへお決まりのあの人がやって来た。

「あら、どうかしたんですか?」
「琴世さん、丁度良いところに」

琴世さんの腕には子豚がいて、子豚は縮んだ松田を見て状況を察したのか顔色を変えて慌てている。

「この子供が池で落ちてしまったんです。何か拭くものと着替えはありますか?」
「まあ大変!とりあえず母屋で待ってて下さいね!すぐにタオルを用意しますから!」
「くーちゃんは僕が見てますのでお願いします」
「グヒッ!(松田!?)」

今この場にいるのは女になった僕、子豚になったヒロ、パンダになった伊達、そして新たに子供になった松田だった。なんて異常な光景だろうか…。

『この際だから萩原も呼ぶか』
「それいいな、あいつは何にしてやろう」
「おいおまえら!!これどーゆうことだよ!」
「ここは呪いの池だ、俺たち皆呪われたって事だよ」
「おれをのろったのはおまえだろ!!」
「可愛いぞー?陣平くん♪」
「おまえ…!!」
「グヒッ!(喧嘩してる場合じゃないだろ!)」
『全くお前らはいつまで経っても喧嘩ばっかりだなー、ほら風呂行くぞ』

ぎゃんぎゃん騒ぐ松田(子供)を伊達(パンダ)が小脇に抱えて母屋へ連れていく。ヒロ(子豚)だけがオロオロと心配そうに見上げていた。

「お、何だまた誰か落ちたのか?」
「大丈夫です殊太さん、こいつも同業者なんで。あとで蓋被せておきますね」
『じゃあ俺そっちやっとくわ。松田の面倒はお前に任せたぞ』
「悪いな伊達、頼む」
「最近やけに落ちる奴が増えたなー」

いてて、と腰を擦りながら殊太さんは縮んだ松田を見て呟いた。

「琴世がなぁ…まあ兄ちゃん、頑張れ」
「え?」

松田は幼い顔できょとんとしている。
多分その場にいた松田以外は何となくこの先の展開が読めてしまっていた。

「お待たせしましたー!着替えを探すのに手間取ってしまって。…あら、随分大きな服を着てたのね?」

琴世さんは松田の体格に合わない濡れた服を手早く脱がせると大きなバスタオルで包む。

「わっ…!」

初対面の女性の前で下着姿にされてしまった松田(子供)は、訳がわからず顔を赤くして縮こまっていた。

「ふふ、大丈夫よ。ぼく、お名前は?」
「えっ、まつだ…」
「陣平くんですよ、琴世さん」
「ふるや!!」
「そっかじゃあじんぺーくん、お着替えしないとね。お姉さんが着せてあげる」

((来た!!))

僕とヒロは咄嗟にごくりと唾を呑んだ。
ついにこの時が来た!!

「君可愛いから何を着せようか悩んじゃって。さあ着替えましょう!」

琴世さんが出してきた衣装というのは…

「え…でも…おれ、おとこなんだけど」
「そうね」
「これ、おんなの?」
「そうね」
「わんぴーすにみえる」
「そうね」
「…おれ、おとこ」
「そうね」

((来た!!琴世さんの高圧攻撃!!))

「…きたくない。おれ、このままでいい」
「松田、せっかくの厚意を断るなんて男として情けないと思わないのか?」

僕はすごく悪い顔をしていただろう。僕の胸をバカにした報いだ。女児用ワンピースを着せられたら絶対写真に残してやる!

「ふるやはおんなだからいいんだ!!おれはおとこだぞ!こんなのきれるか!」
「松田お前琴世さんに申し訳ないと思わないのか?」
「………いいの、そうよね…ごめんなさい。男の子だものね、嫌よね…」
「琴世さん、琴世さんは悪くないです。こいつが素直に受け入れないから」
「うけいれられるわけないだろー!!」

そう言って松田はバスタオル姿のまま逃げ出した。

「あっ、こら待てーー!!」
「グヒッ!(松田!)」

「おれはこんなとこいやだーーー!!」

僕とヒロが松田の後を追いかけた。屋敷内を逃げ回った松田はパンダの伊達と殊太さんの手もすり抜けてその後一時間逃げ続けた。





「そうよね、男の子なんだもの。今度は可愛い男の子のお洋服を用意しなくちゃ♪」

松田の本当の試練はこの後訪れる事になるのだった。

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