呪いの池に落ちたら人生変わったんだが


僕が堂遊邸に居候を初めて初めての休日が訪れた。
普段の僕の1日はこうだ、朝女で起きて池のチェックをして朝食を食べ風呂に入って男に戻る。その後出勤して帰ってきてこれる時は連絡をしてから帰る。そして玄関先で水を被って女になってから家に入る、というルールだった。

寝る前後と寝てる間に女になっているだけなので慣れてしまえばそんなに困る事もなかった。
ところが今日は休日で1日女でいるのか…と思った。男に戻って外で時間を潰してもいいかもしれないな、ヒロと一緒に。

僕は自分の格好を見た。
琴代さんの用意した琴世さんの趣味が大いに反映されたピンクと白のレースがふんだんに使われたネグリジェ。着ないでいると「どうして着てくれないんですか」と無表情で責められる。怖い。

勿論部屋着も外出着も、出掛けないから必要ないと断ったがそれでも渡された数々のワンピースとブラウスとスカートとパンプスたち。どこかの誰かを想像しかねない強引さと身なりに金を惜しみ無く使う所は女なら誰でもそうなのだろうか…。

「零さん、おはようございます」

思わずドキッ!とした。僕(女)は部屋の中から返事をした。

「おはようございます、琴世さん」
「今日はお休みだとお聞きしたのであとで少しお時間よろしいですか?」
「分かりました」

正直嫌な予感しかしない。扉の向こうでカリカリと音がしたので多分ヒロ(豚)だろうな、と思った。仕方ない開けてやるか。

「おはよう、くーちゃん」
「グフン(おう!)」

勿論言葉は通じない。でも目と目で通じ合えるさ、親友だからな。開いたドアの隙間から子豚が部屋に入り込む。

「あ、くーちゃん!」
「あとで着替えて一緒に連れていきますよ。琴世さんは支度で忙しいでしょうから」
「くーちゃんは私より零さんが好きなのかしら?そうだとしたら少し妬けちゃうな」
「まさか。こんなに可愛がってもらっててそれはありませんよ、こいつオスだし」

すると今度は足元で子豚がタックルしてくる。何だよ、本当の事だろ。お前が巨乳好きなのを俺が知らないとでも思ってるのか?我親友ぞ?と視線で子豚に言ってやった。
琴世さんが去った後、僕は部屋のドアを締めて言った。

「ヒロ、琴世さんの話って何か分かるか?」

すると親友(子豚)は首を横に振っているのでどうやら知らないらしい。嫌な予感しかしないが僕はネグリジェを脱いで着替えをした。

「グルン?(お前ブラジャー着けてんの?)」
「何だよ、着けないわけにはいかないだろ?女なんだし」
「ブヒ…(にしては本気すぎないか?)」

琴世から用意された女性用下着は何とインポートブランドのそれだった。明らかにデザイン重視の形と機能性を兼ね備えたもので、高級なレースが使われており決して安価な値段の物ではないだろうと思った。

「これしか無いんだよ。まさか自分で買うわけにもいかないし」
「グゥ…(何だかんだ言ってもお前それなりに順応してるよな)」

何でも懲り性だとは思っていたが、まさか女になるとは思っていなかったしその下着を真剣に悩む日が来るとも思っていなかった。妙に順応する前に早く男に戻っておくべきだと思った。何でも着こなせる自分が怖い。

子豚を抱いて部屋を出ると中庭に面して長い廊下が伸びている。そこから例の池を眺める事が出来るのだ。

「今日も違うか…」

毎朝池のチェックをするが当初の言葉通り池は日替わりで呪いが変わるらしい。池の横にはどういう仕組みだか分からないが呪いの内容が表示されている。

「そもそもこんな危険な池を野晒しにしとくのはどうかと思うよな、そう思わないか?」
「ブンブン!(そう、それな!)」
「また誰が落ちるかも分からないし、殊太さんに言って蓋でもつけてもらおう」

僕(女)は子豚を抱いたままダイニングに向かった。するとそこには食卓に朝食が用意されていて、殊太さんは新聞を読んでいる。

「おはようございます」
「おう、今朝はどうだった」
「今日も違いました。あの池の事なんですけど…」
「まずはご飯にしましょう、くーちゃんはこっちよ」

琴世さんが自分の膝に子豚(ヒロ)を乗せている。どれだけ溺愛されてるんだ、あいつこそ順応してるよな?おいおい豚の癖にスプーンで食べさせてもらうとか本当にどうかしてるぞ!

「ご馳走さまでした。僕が片付けやっておきますね」
「いつもありがとうございます、零さん」
「居候ですから。家賃代わりに働きますよ」
「じゃあお願いします。終わったら奥の部屋でお待ちしてますね」
「分かりました」

僕は片付けをしながら琴世さんの話が気になって仕方なかった。聞いたら最後のような予感しかしない。が、それより先に殊太さんに池の管理体制について話しておくことにした。

「殊太さん、あの池の管理についてなんですが」
「おう、なんだ」
「僕みたいに意図せず誰かが落ちたら危険だと思うので蓋をするように塞ぐ方法を取った方がいいと思うんです」
「ああ…蓋な、」
「万が一にでも琴世さんが落ちたら大変ですし」
「琴世はともかく蓋はあったんだが…」
「あるにはあるんですか?」
「前にあの池に落ちた奴に壊されたままになってるんだ」
「前に、落ちた、奴!?」

ヒロの事か!?
いやでもヒロは何も知らなそうだったぞ。

「そいつはガタイが良くてな、蓋ごと池に落ちた。それから壊れたままだったんだがそうそう落ちるもんでもないと思って放置していたが…そうだな、蓋をつけるか」
「むしろその蓋ごと池に落ちた人はどうなったんですか!?」

まだ他にも被害者がいたとは…!その被害者の行方が気になるじゃないか!

「ああそいつはうちの道場に時々顔を出すんだ。今日も確か来てたはずだぞ」
「ありがとうございます!見に行ってみます!」
「そうか?いやでもさっき琴世が……っておい、行っちまったな…」

僕は母屋から離れた場所にある道場へと駆け込んだ。

「たのもー!」

僕(女しかもラブリー)が道場の中へ入るとそこにはなんと…


「…ヒヒン!!」


ガシャン!!
瓦割りしてるパンダだ………。
えっ、パンダ!?

「………」
「………」

えっ、でかいパンダが近付いてくる。しかも二足歩行で。えっ、二足歩行出来るのか!?どすん、どすん、とかなり大きいし重量級だな…このパンダ。

「あの、僕はここに居候してる者なんですけど…あなたも呪いの池に落ちた人ですか?」

絶対通じないだろう気はするが、元が人間なら人間の言葉を理解してくれるだろうと思って話しかけてみた。
するとパンダは僕を見てニカッと笑い(?)、手招きしてきた。どうやら呼んでいるらしい。何かと思って近付くと急に体を持ち上げられて、小脇に抱えられてしまった。

「わっ!何をするんだ、離せ!」

パンダに抱えられて向かったのは道場の横にある給湯室。なんだここにもお湯が出るとこあるんじゃないか。パンダは僕を降ろすとポットからお湯を急須に注いで何故かお茶を差し出してきた。これはお茶を勧めてくれているのか?パンダに急須に湯呑み…何だこれ。
僕が中々口をつけないのを見てパンダは急須を置くと後ろを振り返り…

「いや、笹は食べません!!」

普通に笹を差し出してきた!食えるか!!
するとパンダの方が腹を抱えて笑い始めた。しかも笹を食べ始めた。おい!お前は食うのかよ!!

何だこのパンダ…絶対僕をからかってるよな?僕がそう思って睨んでいると、パンダは爪楊枝を咥えてドヤ顔をした。そして立ち上がって辺りを見回したかと思うと湯呑みの中身を自分の頭にぶちまけた。

「おい…!!火傷す………!?!?」

「よっ、降谷だよな!」


「……………伊達ぇぇぇーー!?!?」




パンダではなくそこにいたのは同期の伊達航だった(しかも全裸)。

「何でお前がここに!?お前が落ちたのって…熊猫溺泉てやつか!?」
「お前も落ちたんだな!!はっはっは」
「はっはっはじゃない!!とにかく何か着ろよ!琴世さんに見つかるぞ!」

全裸の友人をいつまでも見たくない。僕はとりあえずたまたまあったタオルを渡してやった。

「いやーお前の驚く顔は面白かったぜ!」
「笹食ってるお前の方が何百倍面白いよ」
「お前は…女だよな?」
「あっ、おい!勝手に揉むな!!」

胸を揉んできた伊達をとりあえず殴っておく。いくら友人だからってそれは許さん。
僕の胸はそんなに安くないぞ!

「女になっても顔は変わらんなーお前は」
「うるさい。元が可愛いから仕方ないんだ」
「そんなピラピラしたの着て……いや、あの人に着せられたのか…」
「琴世さんを知ってるのか?」

どうやら伊達は僕やヒロより前にあの池に落ちたらしい。当然ここの住人とも付き合いは長く、一時は毎日通っていたらしい。
池の蓋を壊したのもこいつだと分かった。

「ただ俺はナタリーもいるしそう頻繁には来れなくてな、常時湯の入ったボトルを携帯するようにしながら何とか凌いでいるわけだ」
「ちょっと待て、それはどれくらい前だ」
「半年は前だな」
「半年!?半年もパンダやってるのか!?」
「おう、最近じゃもう慣れたもんだがな」

パンダに慣れるってどういう事だ!
しかも半年も戻れてないじゃないか!

「まあそのうち戻るだろ」
「お前パンダのままでいいのか!?パンダだぞ!?」
「これが慣れたら別に大して困らないんだな。ナタリーにも気に入られてるし」
「ええ……」
「可愛いだろ?パンダ」
「いや、まあ…」
「癒し系なんだと。女にはウケがいいな」

そういう問題か?そういう次元の話なのか?僕がおかしいのか?男に戻りたいと思う僕がおかしいのか???

「まあなんだな、お前も男溺泉を待ってるなら気長に待った方がいいぞ。あの池は本当にランダムで規則性がない。そういや少し前に黒い豚がウロウロしてたからまた誰か落ちたんだろうな」
「あの豚はヒロだ」
「ヒロ?……まさか諸伏か?」
「琴世さんが飼ってる黒豚のくーちゃんだよ」
「くーちゃん!?諸伏が?」

その時だった。

「零さーん」

琴世さんの声が聴こえてきた。そうだ、琴世さんと約束してたんだった。これはまずい、見つかったら大騒ぎだぞ(ほぼ全裸)!

「伊達、とにかくパンダに戻れ!」

僕は給湯室の水道から水を出すと湯呑みに汲んで伊達にぶちまけた。




「あら、こちらだったんですか。探したんですよ?ね、くーちゃん」
「すみません殊太さんからこの人の話を聞いたものですから…」
「パンダさん!パンダさんじゃないですか、最近全然お見かけしなかったから心配してたんですよ?」
「メェ~」

メェ~?ヤギか!いや僕だってパンダの鳴き声を知ってる訳じゃない、パンダはこんな鳴き声なのかもしれないな。琴世さんがパンダの伊達に構っている間に僕はヒロ(子豚)にそっと教えてやった。

「いいか…あのパンダは伊達なんだ」
「グヒ!?(本当か!伊達!?)」
「それからここには給湯室がある。風呂まで待たなくても男に戻れるぞ」
「グルゥ!(やったじゃないか、ゼロ!)」

パンダの伊達は琴世さんから笹を受け取って食べている。何なんだ…あいつ。

「可愛いわ~。またいつでもいらして下さいね?パンダさん」
「ワン!」

ワンて何だ、犬か、パンダだろ。伊達はパンダのまま笹を持って(持ってくのかよ)また爪楊枝を咥えて帰っていく。どれだけ笹は歯の隙間に詰まり易いんだ。しかも頭にピンクの花のヘアピン挿されてるじゃないか。

「待て、お前そのまま帰るつもりか!?」

パンダだぞ!!せめて四足歩行くらいしろ!!

『気にするな、後輩を呼んである。またな!』という言葉が書かれた吹き出し板を持って伊達パンダは今度こそ本当に出ていった。

「何だよあいつ…あの板で会話出来るんじゃないか」

もう何がなんだか分からん世界だ…。
すると子豚も会話がしたいのか板を探しているが、そもそもお前は豚なんだから手で持てないだろ。

「やめとけ、お前は無理だ」
「プヒ…(何で俺だけ蹄なんだ…)」

人間の男に戻ればいいだけの話だろ!と俺は子豚に向かって当たり前の事を思いださせてやるつもりで言った。

「零さん」
「はい?」

僕(女)はしょぼくれた子豚を撫でながら琴世さんに向き直った。

「零さんはそんなに男に戻りたいんですか?」
「勿論ですよ、僕は男なんですし」

ふぅ、と何故か琴世さんはため息をついた。

「言っておきますが、誰でもが女性になったからと言って美人になるわけではありません」
「そうですね」
「女性であったとしても、誰しもがスタイルが良く大きな瞳で可愛らしい顔というわけではありません」
「…コメントしにくいですね」
「その点!!」

ビシッ!と琴世さんが僕を指差した。

「零さんは完璧なんです!!」
「えっ…?」
「バランスのとれたスタイル、健康的な肌色、サラサラのブロンド、何よりその大きな瞳の可愛らしいお顔!!」

ズン、と目の前まで琴世さんが来て僕に言う。

「はっきり言って女性として完璧なんです!!美人なんです!!生まれながらに女として生まれた私より美人!それなのにそれを満喫することもなくあっさり捨てて男に戻りたいですって!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい、僕は…」
「何て贅沢な!何て勿体無い!全世界の女性を敵に回す事になりますよ!」

話が飛躍してきたぞ、困ったな。

「くーちゃんだってそう思うわよね?」
「ク…!?(俺に振るなよ!)」
「ほら、くーちゃんだって可愛い方がいいって言ってますよ?」
「グゥ…(いやゼロは確かに可愛い顔はしてるけどさ)」

親友の子豚は琴世さんの胸に抱かれて完全にマウントを取られている。くそっ、胸の大きさだけは僕が負けている…!何で僕はDカップなんだ!

「それに女性であることは時に有利になったりもするんです。何も悪い事ばかりじゃありませんよ?楽しんだらいいんですよ」
「楽しむ?」
「そう、例えば別人になったつもりで楽しんでみたらどうです?こんなに可愛いんだもの、お洒落だって楽しめるわ!」

別人…か、確かに潜入捜査では使えるかもしれないな。伊達のように上手くコントロール出来れば手段の一つになるかもしれない、そんなことを僕が考えていると琴世さんは嬉しそうにこう言った。

「そういう訳ですから、もっと女の子を楽しみましょう!零さんに似合うと思って色々用意してあるんです。さあ行きましょう!」

今朝からずっと待ってたんですよ、と言って満面の笑みで言われた。
僕は咄嗟に親友(子豚)に助けを求めたが親友は琴世さんの僕より豊満で柔らかい双丘に包まれて満足そうにしている。

「グヒン!(大丈夫!ゼロは可愛い!)」

「あ~!!もう~どうにでもなれーーーー!!」

「じゃあ行きましょうね、ふふ」



こうして僕の中の男と女の二重生活は更に深みにはまっていくのであった。


****


「おい…池の蓋直すの誰も手伝ってくれんのか…、おっ!パンダの兄ちゃんじゃないか!いいところに…」
『力仕事なら任せな!』
「頼りになるのはいいがもう壊してくれるなよー…」




続く…?


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