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黒の組織犬

そこは米花町。
その中の高層マンションのとある一室にとある一家が住んでいた。

まずはその家の主である男、名前は赤井秀一。職業はFBIに所属しているが今は在日アメリカ大使館の警備を担当している狙撃手。
背は高くブルネットの髪、その長い手足で常に女性を虜にしてきた。泣かせた女は国内外でも数知れず。そんな男がただ一人生涯をかけて愛すと決めた女は彼の妻のナナ。

見た目はごく普通の女だが特殊な体質を持ち、そのせいで不遇な人生を送ってきた。
しかし秀一と出会いそれは一変する。過去の記憶と向き合いそれを乗り越えた事で愛を知り強くなった。そしてそんな夫婦の間には娘が一人。

3才になる娘は両親の惜しみ無い愛情によってたくましく成長をしている。そしてその家族にはもう一匹の家族がいた。

名前はブラガス。
アフガンハウンドの雄。シルバーグレーの長い毛並みに大きな体、そして小さな頭。
子犬の時にナナによって保護され赤井家にやってきた。娘と共に成長し、ナナの深い愛情によって幸せに暮らしている。

のだが、問題が一つ。

「秀一さん、ちょっとお買い物に行ってきてもいい?この子を見ててほしいの」

「君が一人で外に出るのか?それなら俺が買ってくる」

「大丈夫よブラガスが一緒だから。それにすぐに戻るわ」

ナナの足元にはブラガスがいた。ナナの腰に頭を擦りつけて甘えている。そして不敵で不遜な視線を秀一に投げつけているのだ。
秀一のこめかみがピクリと反応する。昼寝中の娘がいなかったらまた喧嘩になっていたかもしれない。リードは玄関にある。

「丁度お散歩もまだだったし、雨も止んだから」

ナナはこの犬を溺愛している、秀一はそう思っていた。まるで我が子と同じように、時には夫である自分よりも世話をされ優しく抱きしめられているのだ。今だってやっと帰ってきた自分よりも犬と一緒にいる時間を優先させている、秀一はそう思った。

そして何より犬の態度だ。
この犬、目つきが悪い。どこかの誰かを彷彿とさせる目つきの悪さだ。性格も救い様のないほどへし曲がっていて、家主である秀一の言うことは一切従わなかった。

「ナナ」

なあに?と聞き返す妻に秀一はハグとキスを送った。君はいつまでも俺に夢中になってくれないな、と秀一は言った。

「何言ってるのよ、ふふふ」

かつて冷酷非道の悪人だった男が監禁までして閉じ込めた女、その男に心中までさせた女だ。日本警察の間ではまことしやかに噂になったこともあったが、そこは公安の口止めが厳しく働いたのだと降谷が言っていたのを秀一は噛み締めていた。

「こうしないか?angelが起きたら皆で一緒に行こう。俺がリードを引くから」

「秀一さんが?…えっと、大丈夫かしら?」

ナナは足下のブラガスを見た。ものすごく嫌そうな顔をして秀一を睨み付けている。きっとリードは自分が引いた方がいい、その方が大人しいのにと思う。それにそこまで買いに行くのに10分もかからない。娘を連れて行く方が余程疲れるし仕度も遅くなるのだ。

正直な所、ナナは一人で行きたい。が、秀一はFBIの優秀な捜査官でナナの思考や行動をいつだって探り当ててしまう。今もナナの本心を見越して一緒に行こうと言っているのだ。

するとブラガスがナナの服の裾を引いた。

『おい、そいつに構うな。行くぞ』

と、目で訴えている気がした。多分間違ってはいないことをナナは知っている。さあどうしようかとナナは悩んだ。

「おいお前の散歩は後だ。向こうへ行け」

『ああ!?てめえは口を出すんじゃねえ』

「お前は所詮犬だ、犬に何が出来る。ナナもangelも俺が守るからいいんだよ」

『てめえ調子に乗ってんじゃねえぞ。いつでもてめえの首を噛みちぎってやれるんだからな、この牙で』

「こいつ…余程頭をぶち抜かれたいようだな」

「もう!やめて秀一さん、それ以上言ったら私も怒るわ!」

ナナはブラガスを庇うように秀一に立ちはだかる。うっすら涙を溜めて。

「悪かった…!泣かないでくれ!」

『ふんざまあみろ、FBI』

秀一はナナを抱きしめながら眼下の犬を睨んだ。それはまるで凶悪犯と対峙した時のように。



続く


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