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【2012・ロナウィルVer.】

死神派遣協会、回収課。いつもは回収に出ている派遣員と報告書を仕上げる派遣員とが半々で、整然としたオフィス内だが、今夜は様子が違っていた。

ざわざわと大勢の死神たちがあふれ、あちらこちらで人垣が出来、思い思いに談笑している。その手には、缶ビールやシャンパンのボトルがあった。

時刻は、通常ならほとんど誰もいない筈の深夜11時55分。日付は12月31日。そう、誰が言い出したともなく、一番オフィスの広い回収課に各課の死神たちも集まり、忘新年会をやろうという事になったのだった。

そんな中、ウィリアムはひとりデスクに座り、ただ淡々と、坦々と残業に明け暮れていた。

その時、わっとオフィス中に歓声が湧いて、一瞬ウィリアムは眉をひそめた。チラリと書類から黄緑の瞳を上げると、男も女も老いも若きも、皆一斉に10からカウントダウンを陽気に叫び始めた所だった。

『──3、2、1!』

『ハッピーニューイヤー!!』

ただでさえ定時帰宅がモットーなウィリアムであったが、サービス残業をさせられて、おまけに騒々しい馬鹿騒ぎに囲まれて、思わず独りごちた。

「全く…」

眼鏡をきっちりと押し上げる。と、いきなり、

「ウィィルゥゥ~」

と、グレルが身体ごと思い切り抱きついてきた。

衝撃でせっかく正した眼鏡がずれ、ウィリアムは不快そうに抗議する。

「グレル・サトクリフ!何ですか一体!」

ウィリアムの身体にねちっこく抱き付いたグレルが唇を突き出し顔を寄せ、迫ってきた。

「あら、ウィル知らないの?新年には誰とでもキスして良いのヨ!アタシとしましょ、んー」

しかし瞬間、反対側からウィリアムの頭を抱え込んだロナルドが、負けじと自分の胸に引き寄せ、結果左右からの引っ張り合いになる。

「サトクリフ先輩、スピアーズ先輩嫌がってるじゃないっスか!」

その押し問答に、更に眼鏡がずり上がり、ウィリアムの視界が揺らいだ。

「ちょっ…やめなさい!貴方がた!」

「ウィル、照れなくって良いのヨ。新年ですもの!」

「するなら俺とっスよね、スピアーズ先輩!」

二人はウィリアムを中心に、激しく攻防する。その弾みでウィリアムの眼鏡が外れ、床を滑った。

いつも冷静なウィリアムだったが、協会の品位と風紀にも気を配っている立場上、我慢ならなかったようで、やや声を荒げた。

「私はたまたま始末書の整理で残っていただけです!そんなクダラナイ習慣に興味はありません。離しなさい!」

と、革手袋の両掌を左右の二人の頬に当て、身体から引き剥がす。

「ちぇっ」

「ウィルのケチ!」

二人の不満そうな呻きをウィリアムの声音がかき消した。

「貴方がた回収課の始末書ですよ!特にグレル・サトクリフ!貴方は一体月に何枚始末書を出したら気が済むのか…」

ぼんやりと紅く映るグレルに向かって言ってから、ウィリアムはデスクを立って腰を折り、床に落ちた眼鏡を手探りで探す。

それを見たロナルドは、何かピンときたように密かに口角を上げた。ちょうど自分の足元に転がっていたウィリアムの眼鏡を拾い上げ、

「こっちですよ、スピアーズ先輩」

と導いた。

「ロナルド・ノッ…!!」

その声に頭を上げかけたウィリアムは、思い切りデスクの角に額をぶつけてしまう。

「痛っ…」

額を掌で押さえるウィリアムを、その眼鏡を手にしたまま、すかさずロナルドが両肩を抱き助け起こした。

「大丈夫っスか?!先輩、医務室行きましょう!」

「あぁんウィル、アタシも…」

「結構です!貴方が全ての元凶です!!」

残業プラスこの災難に、ウィリアムはいつになく激怒した。その剣幕に、グレルも珍しくしょげて二人を見送る。ウィル、と小さく呟いて。

「ささ、先輩。頭の怪我は念のため診て貰った方が良いっスから」

額を押さえたままロナルドに肩を抱かれ、おぼつかなく歩く。

「診ると言っても…派遣医も皆出払って…というかロナルド・ノックス、眼鏡を返しなさい」

「大丈夫っスよ、俺が連れて行ってあげますから」

問題ないっしょ?と耳元で笑みを含んで囁かれ、ウィリアムは嫌な予感がした。

「返しなさい、ロナっ…」

闇雲にロナルドの身体へ手を伸ばすと、

「おっと」

素早く身をかわされ、ウィリアムはぐらついた。

「ヘヘッ。眼鏡はこっちっスよー、先輩!」

楽しげに言って、医務室のドアを開け、人差し指と親指でウィリアムの透明な眼鏡のツルを摘み、ブラブラさせる。しかしその何処か挑発的な行為も、ウィリアムにはぼんやりとしか見えず、

「ロナルド・ノックス…!」

やや怒ったような困ったような声を上げ、壁に掌を付いてそれを頼りに歩く。

そのまま開いたドアの角にまた額をぶつけそうになるウィリアムを、

「おっとと…ホント目悪いんスね、先輩」

ロナルドが腕の中に抱きとめ、誰もいない医務室の中へ招き入れると、ドアを閉めた。ついでにそっと、鍵もかける。

「はい、どうぞ」

ようやく眼鏡をウィリアムに自ずからかけてやり、おまけのように軽くちゅ、とキスもした。

「なっ…!」

やっと鮮明に戻った視界いっぱいをロナルドの明るく笑んだ顔が埋め、ウィリアムは身を引いて抗議の呻きを上げる。

「怒らない怒らない、新年の挨拶っスよ」

しかしロナルドは、悪びれもせずに上機嫌に言った。

「でも医務室に来る口実が出来て良かったっスよ」

派遣医の為のデスクの下に屈み込み、何かを取り出しながら、ロナルドは不意に話題を変えた。

「先輩。『姫始め』って知ってます?」

「…!!」

途端、ウィリアムがぐっと詰まった。何も返事が返らない事に振り返ると、僅かに上気した頬を隠すように、

「し、知りません」

と眼鏡を押し上げる。ロナルドはしたり顔で笑みを深くした。

「あれ?知ってるんスか先輩。ちょおー意外!耳年増なんスね」

「し、知りません、私はっ」

明らかに動揺しているが、ウィリアムはまた不必要に眼鏡を押し上げながら、顔色を気取られまいとするように背を向けてしまう。

ロナルドの笑い声が弾けた。

「先輩ヤラシー。『姫始め』って、その年初めてする事全般もさすんスよ。本来は2日の行事らしいスけど」

デスクの下から取り出したのは、ラッピングされた何かの瓶。

「先輩とサシで呑みたかったんで、用意しておいたんスよ。ガチな銘柄のシャンパン!…まあ、アッチの方をお望みでしたら、俺は大歓迎ですけど」

「で、ですから、私は知りませんっ!」

ウィリアムの上ずった否定に、ロナルドの楽しそうな笑い声が重なった。

End.
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