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ルーア・Я・クールブリーズ(Я様)

*    *    *

四人が現場のロンドンに降り立つと、中心部から二つ先の駅で、すでに鉄道が脱線転覆した所だった。死亡予定者は増え続ける。四人はサッと腕を振り、デスサイズを出現させた。早速シネマティックレコードの審査に取り掛かる。

エリックとノインは元パートナーの為、相性が合って手際も良い。だがアリスは、肝心の鉄扇型のデスサイズを出現させられず、もたついていた。

「あら?」

「何やってんのよ、アリス」

チェーンソー型のデスサイズを派手に振るいながら、グレルはチラリとだけ視線を投げた。何回も腕を振るった末、アリスは泣きそうな声音を出した。

「あっ!庶務課に持ち出し申請してくるの忘れた!」

アリスはたまに、ビックリするようなドジをやらかす。今回も、グレルはやれやれといった風に吐息した。

「一緒に来た意味ないじゃない。アリスは下がってて」

辺りには怨嗟にも似た未審査のシネマティックレコードが渦巻いている。煙たがりながらも、アリスの身を心配してのグレルの言だった。しかしアリスは、

「せっかくグレルとパートナーなのにー!」

現場に立ち尽くすばかりだ。渦巻くシネマティックレコードが、アリスに襲い掛かろうとした時だった。

「アリス!」

──パンッ。

グレルの声に、火器の音が重なった。先端を撃たれたシネマティックレコードは、ひずんだ悲鳴を上げながら、後退する。顔を巡らせると、唇にフルーツナイフ型のデスサイズを銜え、右手にはまだ硝煙の煙る銃を構えたノインが、いつもの穏やかさとは打って変わって、凛とした声でその銃をアリスに放った。

「自分の身くらい、自分で守んな!」

ノインは、いつもその甘いフリルスカートの下に、趣味の銃を携帯していた。それを持つと、人が変わったように戦闘モードに入るのだ。礼を言う暇もなく、再びアリスにシネマティックレコードが向かう。

三人は回収を行い、アリスは銃を手に命からがら現場から離れたのだった。帰り道、グレルはアリスをからかって遊ぶ。

「やっぱりアンタって、何処か抜けてるのヨネ」

「たまたま!たまたまよグレル!」

「おまけにノインに助けて貰っちゃって」

「あれだけは屈辱だったわ…。グレル、あんな乳臭いチンクシャの何処が、アタシと違うって言うの?!」

「ほぉ~ら、そういう所よ、ンフッ。男を追い詰める女は、モテないワヨォ~。ま、アタシは男じゃないけどネ」

上機嫌に言って、グレルはまたウインクでアリスを悩殺した。

*    *    *

その頃、死神図書館では革張りの本の表紙を磨いていたルーアの元に、珍しい人物が訪れていた。

「おや」

すぐに気付いて、ルーアは手を止める。

「珍しい。今日は何の御用で?」

「やあ、Я(ヤー)。ブフェッ…」

ルーアは分厚いレンズ越しに笑った。彼とは、現役の頃からの長い付き合いだった。この挨拶も恒例だ。

「ご機嫌が良いようですね」

「いつ会っても、司書くんには笑わせて貰ってるよ、ヒッヒ…」

「楽しそうで何よりだこと」

「これを返しに来たんだ」

アンダーテイカーは、一冊の本を懐から出した。タイトルは、『恋愛学』。それを受け取って、ルーアは面白そうに彼に聞いた。

「貴方が、恋愛に興味がおありとは知りませんでした」

「好奇心だよ、好奇心。愛なんて所詮、うたかたの夢、傷の舐めあいさぁ」

ルーアの長い髪を、長い爪にひっかけて遊びながら、気のおけない友人は肩を揺すった。

「人間も死神も、好奇心を失ったら終わりだよ。小生は、『恋愛』じゃなく『恋愛学』に興味があるのさ」

その時、人影もまばらな図書館内に、午後の光を紅い髪に艶やかに反射させてグレルが入ってきた。その途端、図書館なのも忘れて、

「アンダーテイカー!」

と嬉しい悲鳴が上がる。

「グレル、静かにおしよ」

ルーアの言葉も耳に入らず、グレルは文字通りアンダーテイカーに飛びつく。興奮しているグレルを余所に、ルーアがそっと囁いた。

「愛は、傷の舐め合いじゃなかったのでは?」

「刹那に生きてみるのも大いに興味深くってねぇ、ヒッヒ…」

「なあに?何二人でコソコソ話してんのヨ!アタシも混ぜて頂戴」

「知らない方が良かったって事も、世の中にはあるのさぁ、ヒッヒッヒ…さあお嬢さん、お暇ならウチへおいで。”お客さん”の相手が終わったら、小生も暇になるよ」

グレルが身をくねらせて頬を染めた。

「まっ、テイカーったら。そんな露骨に誘わないでぇ~」

「小生には、喜んでいるように見えるけどねぇ」

「Я、じゃあネ。あ、アリスには居場所教えないでネ!」

グレルは、スキップしそうな足取りで、アンダーテイカーにしなだれかかるようにして死神図書館を出て行った。

「了解だよぉ」

後には、本来の静謐と革表紙の磨かれる音だけが鎮座した。彼女にとって、アンダーテイカーと言葉遊びをするのと同じくらい、至福の時だった。

End?
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