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ホープ・ホークトール(鷹ノゾミ)

*    *    *

厳かなメンデルスゾーンのウェディング・マーチが流れる中、神父役のウィリアムと花婿役のエリックは、『花嫁』が入場してくるのを待っていた。

そのロマンティックで表情豊かな曲調ながらも、ロンド形式を踏まえた、音楽劇『夏の夜の夢』に含まれる序曲は、神秘的な序奏に続いて、第一主題の跳ね回る妖精たちや第二主題群に聞こえるクラリネットによるロバのいななきの描写などで有名なものだ。様々な特徴的な音型やあらゆる楽器の音色効果を用いて、妖精たちや獣人の住む幻想的な世界を描写している。

だがそんな事は露も知らないエリックは、ただぼんやりと、その結婚式の定番曲を聞き流していた。正直、アランと『結婚式』が出来るのは目から鱗だったが、相も変わらずの性格で、面倒臭くもあった。とっとと終わらせたい、というのが本音だろう。

ヴァージンロードの中途で、居住まいを正していなければならない筈の『花婿』だったが、アランがなかなか入って来ないので、癖で、ひとつ顎髭を撫でた時だった。

この日の為に借りきった、本物の教会の大きな両開きのドアが開け放たれ、『花嫁』が姿を現す。花嫁の父親役として、おやっさんこと眼鏡課長、ローレンス・アンダーソンと腕を組み、アランが深紅の絨毯をゆっくりと踏んで一歩一歩、近付いてきた。後ろでは、介添え役のロナルドが、ブライズメイドととしては不似合いな、何だかアゲアゲなボディコンシャスのミニを着て、長くシュプールを描く花嫁のヴェールを持っている。

エリックは、顎髭に指を当てたまま、ポカーンと口を開けてそれを見ていた。何故かというと──エリックの贔屓目ではなく──余りにも、アランが美しいからだ。

アルクスとホープの誂えのおかげで、何処からどう見ても、微笑みながら近付いてくるアランは、この世で一番幸せそうな『花嫁』だった。呆けた表情のまま、目の前までやって来た、アランの穏やかな黄緑の視線を見返す。そのまま固まっていると、おやっさんが小声でせっついた。

「ほら、スリングビー。ここで花嫁を受け取るんだろう」

そう言われ、ようやくエリックは開きっ放しだった口を閉じた。

「あ、ああ、はい」

慌てて、おやっさんから腕を組みかえる為、軽く肘を曲げてアランに向ける。アランは、ルージュの引かれた唇で、ふふ、と笑った。

「エリック、しっかりしてよ。俺たちの『結婚式』なんだから」

その囁きに、やはりドギマギと、自分の腕に手をかけるアランの妖しいまでの美貌を見下ろす。花嫁としては、少し色が立ち過ぎているかもしれない。見る者にそう思わせる程の、妖艶さだった。

「ば、馬鹿、ただの出しモンだろ…」

照れ隠しもあって、顔を正面に向け、また一歩、一歩と歩調を合わせて二人はゆっくりとヴァージンロードを、祭壇へと向かう。そこには、何事にも手を抜かないウィリアムが、完璧な神父服で佇んでいた。黒づくめなので印象は普段とそう違わないが、足首まで覆うローブで、胸には正式なロザリオまで掛けている。

(き…気合い入ってんな、みんな…)

エリックは少なからずビビりつつ、ウィリアムの前に、アランと二人で並ぶ。本来なら間逆な立場である筈の聖書の引用もきちんと述べてから、ウィリアムはよく通る声でエリックに問いかけた。

「汝、エリック・スリングビー。貴方は、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、アラン・ハンフリーズを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

そしてまた予想を遥かに上回る大仰な誓いの言葉に、エリックは一瞬、答えそこねる。アランが、組んでいるタキシードの肘をきゅっ、と握って促した。ハッとして、エリックは若干顎を上げた。

「は、はい」

同じ問いが、アランにも尋ねられる。エリックとは違い、アランは待ち切れないといった風に、ややフライング気味に、はい、と明瞭に答えた。今更ながら、そのアランの嬉しそうな声色に、

(…何か…俺たち…堂々と結婚式挙げちまってるよ…)

と気付かされ、アランのウェディングドレス姿を見た時同様に、ドギマギと心臓が不協和音を立て始める。アランの、白いサテンのロンググローブに包まれた華奢な指に、やはりアルクスとホープが用意した、ダイヤモンドのマリッジリングを嵌め、誓いのキスとなった。

仕事の片手間なので、おおよその流れだけ決めてあったシナリオで、細かい所までは打ち合わせていなかった。まさか本当にする訳はないだろうと、エリックは仕草だけそっとアランに向ける。

だがアランは、素早く背伸びして、ちゅ、と小さく音を立てて唇を重ねた。エリックは度肝を抜かれて、思わず声を上げる。

「アラっ…」

「シーッ。良いだろ?『結婚式』なんだから」

上目遣いで囁く様は、蠱惑的ですらあり、エリックの心音は煽られた。

それを余所にやがて、聖歌隊の讃美歌が歌い上げられる。『聖歌隊6』に文句を付けていたグレルだったが、モノクロの中に一人、形だけは聖歌隊を模しているが、真っ赤な出で立ちで、朗々と際立つ低音で突出する。そう言えば歌は、グレルの得意分野だったとエリックは、アランと互いに同じ色の瞳を合わせながら、心の片隅で思った。
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