スタンリー・ハムニカ(はむ様)
そう言うと、スタンリーは上にずらしていたネイビーのフチの眼鏡をかけ直した。エリックは言われた意味がにわかに理解出来ず、アランを背後から抱き込んだままクエスチョンマークを瞬かせる。
「スリングビーくん。君、自分が何て言ったか、分かってる?」
「へ?」
「無意識か……君は、ハンフリーズくんを『俺のもん』って言ったんだよ。ハンフリーズくんは? スリングビーくんの事、どう思ってるの」
アランのうなじが、桜色から紅梅色にトーンを変えた。
「え、えっ」
「隣は医務室だから、そこでゆっくり話したら? どうせ脱ぐんだから、そのまま移動おしよ。ささ、出ていった出ていった」
グイグイと出口に向かって押され、不意の事に抵抗も出来ないまま、廊下に出る。幾ら外れの廊下とは言え、下着一枚のアランは、俯いて恥じ入っていた。エリックは仕方なく、スタンリーの言葉通りに医務室のドアを開ける。
「アラン、入れ。寒いだろ」
「は、はい」
所在なげに、ベッドに座る。エリックは、毛布を肩からかけてやって、胸の前でかき合わせた。そして隣に座って、頭を抱える。
「……すまなかった。アラン。頭に血が上っちまって……。忘れてくれ。出来るなら、今までみたいに先輩後輩として、仲良くやっていきてぇ」
「え、いや、あの……」
だがアランは、ソワソワと視線を泳がせて落ち着かない。エリックは、居たたまれなくなって、腰を上げた。
「悪りぃ、アラン。やっぱ、気持ち悪りぃよな。ちょっかい出さねぇから、回収課を辞める事だけはしねぇでくれ。もうお前の人生に、関わらねぇから……ん?」
医務室の扉を目指して歩き出そうとしたエリックが、振り返る。アランが泣き出しそうな顔をして、エリックのジャケットの裾をキツく握っていた。
「アラン……?」
「あの、あの……っ。俺、嬉しかったです。スタンリー課長の事は嫌いじゃないけど、あんな風に採寸されるって知らなくて。エリックさんが来てくれて、本当に良かった……」
エリックは大きく溜め息を吐く。
「ああ、そいつは良かった。だけど俺も男だから、セミヌードの好きな奴と二人っきりで、いつまでも理性が働く訳じゃねぇ。離してくれ」
「あの……っ」
桜色から紅梅色、更に薔薇色に素肌を染め、アランは顎を下げてしきりに恥じ入る。
「だからその、嬉しかったんです。俺も、エリックさんの事が……す、き、だから……」
「え?」
エリックは一瞬、ポカンと我が耳を疑う。死神になってから初めて魂まで好きになった相手は男で、しかも鳴り物入りの優等生で、そんな『初恋』は叶わないと決め付けていた。だけど今、アランはジャケットの裾を離そうとはしない。ゆっくりと振り返って、エリックは再びベッドの隣に腰かけた。毛布に包まれたアランの肩に、両手をかける。
「キス」
「ん?」
「キス、していいか」
「そんなの……訊かないでください……」
「了解。じゃ、顔を上げてくれ。恥ずかしかったら、目を瞑っててもいい」
おずおずと、アランの顎が上がった。暖かい黄緑は、火照った瞼に隠されている。
「んっ」
唇が触れ合った。キスなんか、数え切れないほどの数を数え切れないほどの相手としてきたが、エリックはこれまでにない心地を感じていた。前戯としてのキスではなく、ただ純粋に愛おしんで、啄むようにして触れ合う。
「エリ、ックさ……好き。大好き」
「馬鹿。自分の格好、考えろ。キスだけで、勘弁してやれなくなる」
「いい。それでも。俺、エリックさんになら……」
「シッ」
エリックは、アランのふっくらと色付く唇の前に、革手袋に包まれた人差し指を一本立てた。悪戯っぽく笑む。
「それ以上は、今は秘密だ。取り敢えず、裁縫課で、服を着てこい。次は、眼鏡課で視力検査だろ? それから、庶務課でデスサイズのカスタマイズ申請」
「あ……うん」
見境をなくしてはしたなく強請った事に、アランは毛布で半顔を隠してしまう。エリックは、笑んだままの唇でアランの前髪に口付けた。
「無事に入社準備が整ったら、好きにさせて貰う。それまでに、心の準備をしておけ」
「う、うん」
素肌を上気させたまま、アランは裁縫課に戻っていった。アランが着替えている間、エリックは人事課に行っていた。その後、アランに付き合って眼鏡課、庶務課と回る。エリックにも一応仕事があったが、サボリはいつもの事だ。諸経費の精算は、月末に滑り込みが常だった。
「アラン・ハンフリーズは居ますか」
回収課で各書類の書式を教えていた二人の元に、ウィリアムがやってくる。
「ウィリアムさん。こっちです」
「エリック・スリングビーも一緒ですか。話が早くて助かります」
「何でしょう」
すでにエリックから管理課のお偉方として話を聞いていたウィリアムが、一枚の書類を手に近付いてくるのを目にして、アランは不安にエリックを見る。だがエリックは笑って頷いて見せたから、アランは少し安心してウィリアムに視線を戻した。
「アラン・ハンフリーズ。エリック・スリングビーとのパートナー・シップを命じます」
「えっ」
その反応に、ウィリアムが不思議そうな顔をする。
「午前中にエリック・スリングビーから申請がありましたが、二人とも了承済みではなかったのですか?」
「あ……あ、はい。すみません、まさか当日に任命されると思ってなくて……」
笑顔で見守るエリックに調子を合わせて、アランもしどろもどろにだが返すと、ウィリアムは眼鏡をきっちりと押し上げた。
「スリングビーくん。君、自分が何て言ったか、分かってる?」
「へ?」
「無意識か……君は、ハンフリーズくんを『俺のもん』って言ったんだよ。ハンフリーズくんは? スリングビーくんの事、どう思ってるの」
アランのうなじが、桜色から紅梅色にトーンを変えた。
「え、えっ」
「隣は医務室だから、そこでゆっくり話したら? どうせ脱ぐんだから、そのまま移動おしよ。ささ、出ていった出ていった」
グイグイと出口に向かって押され、不意の事に抵抗も出来ないまま、廊下に出る。幾ら外れの廊下とは言え、下着一枚のアランは、俯いて恥じ入っていた。エリックは仕方なく、スタンリーの言葉通りに医務室のドアを開ける。
「アラン、入れ。寒いだろ」
「は、はい」
所在なげに、ベッドに座る。エリックは、毛布を肩からかけてやって、胸の前でかき合わせた。そして隣に座って、頭を抱える。
「……すまなかった。アラン。頭に血が上っちまって……。忘れてくれ。出来るなら、今までみたいに先輩後輩として、仲良くやっていきてぇ」
「え、いや、あの……」
だがアランは、ソワソワと視線を泳がせて落ち着かない。エリックは、居たたまれなくなって、腰を上げた。
「悪りぃ、アラン。やっぱ、気持ち悪りぃよな。ちょっかい出さねぇから、回収課を辞める事だけはしねぇでくれ。もうお前の人生に、関わらねぇから……ん?」
医務室の扉を目指して歩き出そうとしたエリックが、振り返る。アランが泣き出しそうな顔をして、エリックのジャケットの裾をキツく握っていた。
「アラン……?」
「あの、あの……っ。俺、嬉しかったです。スタンリー課長の事は嫌いじゃないけど、あんな風に採寸されるって知らなくて。エリックさんが来てくれて、本当に良かった……」
エリックは大きく溜め息を吐く。
「ああ、そいつは良かった。だけど俺も男だから、セミヌードの好きな奴と二人っきりで、いつまでも理性が働く訳じゃねぇ。離してくれ」
「あの……っ」
桜色から紅梅色、更に薔薇色に素肌を染め、アランは顎を下げてしきりに恥じ入る。
「だからその、嬉しかったんです。俺も、エリックさんの事が……す、き、だから……」
「え?」
エリックは一瞬、ポカンと我が耳を疑う。死神になってから初めて魂まで好きになった相手は男で、しかも鳴り物入りの優等生で、そんな『初恋』は叶わないと決め付けていた。だけど今、アランはジャケットの裾を離そうとはしない。ゆっくりと振り返って、エリックは再びベッドの隣に腰かけた。毛布に包まれたアランの肩に、両手をかける。
「キス」
「ん?」
「キス、していいか」
「そんなの……訊かないでください……」
「了解。じゃ、顔を上げてくれ。恥ずかしかったら、目を瞑っててもいい」
おずおずと、アランの顎が上がった。暖かい黄緑は、火照った瞼に隠されている。
「んっ」
唇が触れ合った。キスなんか、数え切れないほどの数を数え切れないほどの相手としてきたが、エリックはこれまでにない心地を感じていた。前戯としてのキスではなく、ただ純粋に愛おしんで、啄むようにして触れ合う。
「エリ、ックさ……好き。大好き」
「馬鹿。自分の格好、考えろ。キスだけで、勘弁してやれなくなる」
「いい。それでも。俺、エリックさんになら……」
「シッ」
エリックは、アランのふっくらと色付く唇の前に、革手袋に包まれた人差し指を一本立てた。悪戯っぽく笑む。
「それ以上は、今は秘密だ。取り敢えず、裁縫課で、服を着てこい。次は、眼鏡課で視力検査だろ? それから、庶務課でデスサイズのカスタマイズ申請」
「あ……うん」
見境をなくしてはしたなく強請った事に、アランは毛布で半顔を隠してしまう。エリックは、笑んだままの唇でアランの前髪に口付けた。
「無事に入社準備が整ったら、好きにさせて貰う。それまでに、心の準備をしておけ」
「う、うん」
素肌を上気させたまま、アランは裁縫課に戻っていった。アランが着替えている間、エリックは人事課に行っていた。その後、アランに付き合って眼鏡課、庶務課と回る。エリックにも一応仕事があったが、サボリはいつもの事だ。諸経費の精算は、月末に滑り込みが常だった。
「アラン・ハンフリーズは居ますか」
回収課で各書類の書式を教えていた二人の元に、ウィリアムがやってくる。
「ウィリアムさん。こっちです」
「エリック・スリングビーも一緒ですか。話が早くて助かります」
「何でしょう」
すでにエリックから管理課のお偉方として話を聞いていたウィリアムが、一枚の書類を手に近付いてくるのを目にして、アランは不安にエリックを見る。だがエリックは笑って頷いて見せたから、アランは少し安心してウィリアムに視線を戻した。
「アラン・ハンフリーズ。エリック・スリングビーとのパートナー・シップを命じます」
「えっ」
その反応に、ウィリアムが不思議そうな顔をする。
「午前中にエリック・スリングビーから申請がありましたが、二人とも了承済みではなかったのですか?」
「あ……あ、はい。すみません、まさか当日に任命されると思ってなくて……」
笑顔で見守るエリックに調子を合わせて、アランもしどろもどろにだが返すと、ウィリアムは眼鏡をきっちりと押し上げた。