クロダ・ブラウン(あいみ様)
* * *
それから毎日、エリックとアランは研究室に忍んできた。不安でよく眠れないというアランの顔色は日に日に悪くなり、目の下の隈は色濃くなった。一週間ほど経ったある日、オセロが唐突に言った。
「カップに残った唾液から、ついでにエリックチャンのホルモンも調べてみたんだけど」
「俺?」
当然、エリックは不可思議そうな顔をする。知らされていなかったブラウンは、ハラハラと成り行きを見守った。
「エストロゲンが大量に分泌されてるね」
「その、エスなんとかってのは、何なんだ。俺も『死の棘』なのか?」
「いいや。違うよ。アランチャンは、最初からエストロゲンが多かった」
「あの、どういう事なんでしょう」
二人は手を取り合って縋るようにオセロを見た。天真爛漫とでもいえる笑顔を見せて、オセロは二人と交互に目を合わせながら話す。
「エストロゲンは、恋愛に関わるホルモンだ。二人とも、恋人は居る?」
「いえ」
アランが仄かに頬を染めながら短く答える。エリックは、明確に声に力を込めた。
「好きな奴なら、居るが」
同時に腕にも力がこもって、アランは驚いてエリックの横顔を見上げる。好きな奴、と言った時、確かにエリックはアランの手をキツく握ったのだ。
「アランチャンは? 好きな死神は居る?」
「は……はい」
まさかとは思いつつ、アランも腕に力を込めた。応えてエリックも力を込める。その細やかな告白を知ってか知らずか、オセロはのんびりと言った。
「じゃあ、好きな死神と恋人になる事だ。そうすれば、オキシトシンっていう幸福ホルモンが分泌されて、無敵になれる。ガンが治ったっていう症例もあるくらいだ」
「恋人になりゃ良いのか?」
「そう。キスしたり、セックスすれば効果が顕著に表れる」
「えっ……!」
アランが途端に、項まで真っ赤になった。ブラウンが頭を抱えて制する。
「オセロ先輩! そこまで言う必要はないんです!」
「そう? でも科学的な見地から、セックスすると……」
「先輩!!」
「大事な事なんだけどなあ……もがっ」
「エリック、アラン、もう帰っても大丈夫だよ」
ブラウンは、なおも解説を続けそうなオセロの口を革手袋で塞いで、二人を促す。エリックはいつもより幾分か強くアランの肩を抱いて、研究室を出て行った。
「はぁ……」
パートナーを組んで六十年、オセロのギークっぷりには慣れたつもりでいたブラウンは、疲れたように溜め息をついて彼から手を離す。
「ぷはっ。何だよブラウンチャン、俺は純粋に科学的なアドバイスとして……」
「ハイハイ。貴方が科学的な見地でも、一般人にはデリケートな話題なんです」
「ブラウンチャンなら分かってくれると思ったのにー。……ところでブラウンチャン、俺最近、仕事の他にアランチャンの研究もしてるから、疲れが溜まってんだよねえ」
「あー、ハイハイ。オキシトシンですね」
オキシトシンは別名、抱擁ホルモンとも呼ばれる。一回抱擁をすると、その日のストレスの三分の一が消えるという研究結果は有名だ。だから疲労が溜ると度々、オセロはブラウンに抱擁を強請っていた。立ち上がって腕を広げると、オセロは迷う事なくブラウンの背に腕を回して抱き付いてきた。ブラウンはあやすように、その跳ねた黒髪をよしよしと撫でる。
「あー……幸せ。俺たちも、キスとかセックスする?」
ブラウンがむせた。
「オセロ先輩が言うと、冗談になりません! 僕、今日はもう帰らせて頂きます!」
白衣を脱いで乱暴に鞄に詰め、ブラウンは研究室を出て行った。後に残されたオセロは、やや唇を尖らせて不服そうに呟いた。
「……フラれちゃった」
それから毎日、エリックとアランは研究室に忍んできた。不安でよく眠れないというアランの顔色は日に日に悪くなり、目の下の隈は色濃くなった。一週間ほど経ったある日、オセロが唐突に言った。
「カップに残った唾液から、ついでにエリックチャンのホルモンも調べてみたんだけど」
「俺?」
当然、エリックは不可思議そうな顔をする。知らされていなかったブラウンは、ハラハラと成り行きを見守った。
「エストロゲンが大量に分泌されてるね」
「その、エスなんとかってのは、何なんだ。俺も『死の棘』なのか?」
「いいや。違うよ。アランチャンは、最初からエストロゲンが多かった」
「あの、どういう事なんでしょう」
二人は手を取り合って縋るようにオセロを見た。天真爛漫とでもいえる笑顔を見せて、オセロは二人と交互に目を合わせながら話す。
「エストロゲンは、恋愛に関わるホルモンだ。二人とも、恋人は居る?」
「いえ」
アランが仄かに頬を染めながら短く答える。エリックは、明確に声に力を込めた。
「好きな奴なら、居るが」
同時に腕にも力がこもって、アランは驚いてエリックの横顔を見上げる。好きな奴、と言った時、確かにエリックはアランの手をキツく握ったのだ。
「アランチャンは? 好きな死神は居る?」
「は……はい」
まさかとは思いつつ、アランも腕に力を込めた。応えてエリックも力を込める。その細やかな告白を知ってか知らずか、オセロはのんびりと言った。
「じゃあ、好きな死神と恋人になる事だ。そうすれば、オキシトシンっていう幸福ホルモンが分泌されて、無敵になれる。ガンが治ったっていう症例もあるくらいだ」
「恋人になりゃ良いのか?」
「そう。キスしたり、セックスすれば効果が顕著に表れる」
「えっ……!」
アランが途端に、項まで真っ赤になった。ブラウンが頭を抱えて制する。
「オセロ先輩! そこまで言う必要はないんです!」
「そう? でも科学的な見地から、セックスすると……」
「先輩!!」
「大事な事なんだけどなあ……もがっ」
「エリック、アラン、もう帰っても大丈夫だよ」
ブラウンは、なおも解説を続けそうなオセロの口を革手袋で塞いで、二人を促す。エリックはいつもより幾分か強くアランの肩を抱いて、研究室を出て行った。
「はぁ……」
パートナーを組んで六十年、オセロのギークっぷりには慣れたつもりでいたブラウンは、疲れたように溜め息をついて彼から手を離す。
「ぷはっ。何だよブラウンチャン、俺は純粋に科学的なアドバイスとして……」
「ハイハイ。貴方が科学的な見地でも、一般人にはデリケートな話題なんです」
「ブラウンチャンなら分かってくれると思ったのにー。……ところでブラウンチャン、俺最近、仕事の他にアランチャンの研究もしてるから、疲れが溜まってんだよねえ」
「あー、ハイハイ。オキシトシンですね」
オキシトシンは別名、抱擁ホルモンとも呼ばれる。一回抱擁をすると、その日のストレスの三分の一が消えるという研究結果は有名だ。だから疲労が溜ると度々、オセロはブラウンに抱擁を強請っていた。立ち上がって腕を広げると、オセロは迷う事なくブラウンの背に腕を回して抱き付いてきた。ブラウンはあやすように、その跳ねた黒髪をよしよしと撫でる。
「あー……幸せ。俺たちも、キスとかセックスする?」
ブラウンがむせた。
「オセロ先輩が言うと、冗談になりません! 僕、今日はもう帰らせて頂きます!」
白衣を脱いで乱暴に鞄に詰め、ブラウンは研究室を出て行った。後に残されたオセロは、やや唇を尖らせて不服そうに呟いた。
「……フラれちゃった」