このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

クロダ・ブラウン(あいみ様)

*    *    *

 それから毎日、エリックとアランは研究室に忍んできた。不安でよく眠れないというアランの顔色は日に日に悪くなり、目の下の隈は色濃くなった。一週間ほど経ったある日、オセロが唐突に言った。

「カップに残った唾液から、ついでにエリックチャンのホルモンも調べてみたんだけど」

「俺?」

 当然、エリックは不可思議そうな顔をする。知らされていなかったブラウンは、ハラハラと成り行きを見守った。

「エストロゲンが大量に分泌されてるね」

「その、エスなんとかってのは、何なんだ。俺も『死の棘』なのか?」

「いいや。違うよ。アランチャンは、最初からエストロゲンが多かった」

「あの、どういう事なんでしょう」

 二人は手を取り合って縋るようにオセロを見た。天真爛漫とでもいえる笑顔を見せて、オセロは二人と交互に目を合わせながら話す。

「エストロゲンは、恋愛に関わるホルモンだ。二人とも、恋人は居る?」

「いえ」

 アランが仄かに頬を染めながら短く答える。エリックは、明確に声に力を込めた。

「好きな奴なら、居るが」

 同時に腕にも力がこもって、アランは驚いてエリックの横顔を見上げる。好きな奴、と言った時、確かにエリックはアランの手をキツく握ったのだ。

「アランチャンは? 好きな死神は居る?」

「は……はい」

 まさかとは思いつつ、アランも腕に力を込めた。応えてエリックも力を込める。その細やかな告白を知ってか知らずか、オセロはのんびりと言った。

「じゃあ、好きな死神と恋人になる事だ。そうすれば、オキシトシンっていう幸福ホルモンが分泌されて、無敵になれる。ガンが治ったっていう症例もあるくらいだ」

「恋人になりゃ良いのか?」

「そう。キスしたり、セックスすれば効果が顕著に表れる」

「えっ……!」

 アランが途端に、項まで真っ赤になった。ブラウンが頭を抱えて制する。

「オセロ先輩! そこまで言う必要はないんです!」

「そう? でも科学的な見地から、セックスすると……」

「先輩!!」

「大事な事なんだけどなあ……もがっ」

「エリック、アラン、もう帰っても大丈夫だよ」

 ブラウンは、なおも解説を続けそうなオセロの口を革手袋で塞いで、二人を促す。エリックはいつもより幾分か強くアランの肩を抱いて、研究室を出て行った。

「はぁ……」

 パートナーを組んで六十年、オセロのギークっぷりには慣れたつもりでいたブラウンは、疲れたように溜め息をついて彼から手を離す。

「ぷはっ。何だよブラウンチャン、俺は純粋に科学的なアドバイスとして……」

「ハイハイ。貴方が科学的な見地でも、一般人にはデリケートな話題なんです」

「ブラウンチャンなら分かってくれると思ったのにー。……ところでブラウンチャン、俺最近、仕事の他にアランチャンの研究もしてるから、疲れが溜まってんだよねえ」

「あー、ハイハイ。オキシトシンですね」

 オキシトシンは別名、抱擁ホルモンとも呼ばれる。一回抱擁をすると、その日のストレスの三分の一が消えるという研究結果は有名だ。だから疲労が溜ると度々、オセロはブラウンに抱擁を強請っていた。立ち上がって腕を広げると、オセロは迷う事なくブラウンの背に腕を回して抱き付いてきた。ブラウンはあやすように、その跳ねた黒髪をよしよしと撫でる。

「あー……幸せ。俺たちも、キスとかセックスする?」

 ブラウンがむせた。

「オセロ先輩が言うと、冗談になりません! 僕、今日はもう帰らせて頂きます!」

 白衣を脱いで乱暴に鞄に詰め、ブラウンは研究室を出て行った。後に残されたオセロは、やや唇を尖らせて不服そうに呟いた。

「……フラれちゃった」
4/6ページ
スキ