クロダ・ブラウン(あいみ様)
* * *
結局オセロとブラウンは、遅めのランチを共に社員食堂で摂っていた。ブラウンが不安そうな声を出す。
「オセロ先輩、アランも……また、なんでしょうか」
「盗み聞きしてたけど、中央病院で原因の分からない発作なんて、『死の棘』以外に考えられないよ。俺たちの仕事は人間の死因の特定だけど、秘密裏に『上』から依頼された、死神殺人事件と加害者の『死の棘』による死亡の謎を解き明かさなくちゃならない。その点、アランは貴重なモルモットだよ」
「モルモット……」
ブラウンは、研究の為なら何だってするモンスターギークのオセロの言動に、時折着いていけない事がある。今がまさに、その時だった。話の内容に苦く感じるカレーを飲み込むようにして食べながら、不安げに揺れていたアランの黄緑の瞳を思うのだった。
* * *
終業後、再びエリックとアランは科学捜査課の研究室の片隅に居た。向かい合って座るオセロとエリック・アランに、ブラウンはばらばらのマグカップでコーヒーを出す。科学捜査科の更に奥の研究室に来客など想定していなく、揃いのティーセットなど用意していなかった。だがこの訪問を公にする事は出来なかったから、研究室内の個人用マグカップを便宜的に使用する。ありがとうございます、と呟いて緊張に乾く喉を潤すように、アランが一口コーヒーを飲み下した。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい? アランチャン」
オセロは飄々と笑顔で話す。『悪いニュース』なんてないかのように。
「え……えっと」
アランが緊張しているのが伝播して、ブラウンもコーヒーに口を付けた。迷いに彷徨う大きな黄緑の瞳が、労るようにエリックの掌が肩にかかると、決心してオセロを真っ直ぐに見る。
「悪いニュース、から」
「そう。じゃあ、ブラウンチャン、頼むよ」
「ぼ、僕ですか!?」
「ああ。俺はサンプルを解析するまでが、仕事だからね。君みたいに優しく言えない。頼むよ」
言われてみれば確かに、オセロにこの告知が務まるとは思わなかった。途端に騒ぎ出す心臓を意識しながら、二人分の真剣な視線を受けて、ブラウンは咳払いを一つする。
「わ、悪いニュースは……」
声が震えているのが、皆に分かった。つっかえながら、ブラウンは言う。
「悪いニュースだけど、不幸中のしゃいわ……幸いだから、気を落とさないで聞いて欲しい」
二人が、コクリと頷く。
「アランは……『死の棘』だ」
「やっぱり、そうなんですね」
暗い声に、ブラウンが慌てる。
「い、良いニュースもある! 聞いてくれ!」
俯くアランの膝の上で強く握られた拳を、エリックが二回りは逞しい掌で優しく包み込んで握った。
「この所、死神界で殺人事件が起きてるだろう? その加害者は、皆『死の棘』で亡くなってるんだ。遺体からサンプルを取って調べると、一様にテストステロン……攻撃ホルモンがあり得ないくらい高くなっている。幸い、アランはテストステロンは通常値だ」
「つまり、病気が進行するほどテストステロンが高まるとも推測される。君の経過を研究する事で、『死の棘』のメカニズムが解明されるかもしれない。エリックチャンがアランチャンを心配してウチに来てくれた事で、多くの命が救われるかもしれないんだ」
「そう……ですか」
まだ暗い声のアランに対し、オセロはあくまでも明るく言う。
「ちなみに、『死の棘』がおとぎ話ではなく存在する以上、俺はこの病いとタイマンするつもりだよ。だからアランチャンも、そんな顔してないで、治す事を考えて?」
「そ、そうだよ! オセロ先輩が『闘う』って決めて、負けた病いなんてないんだから」
ブラウンがどもりながらも懸命に励ますと、やっとアランの頬に薄い笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます。じゃあ俺、定期的にここに来れば良いですか?」
「うん。エリックチャンと二人で、毎日終業後に来て。その時、サンプルを貰うよ」
「分かりました」
「恩に着る。オセロさん、ブラウンさん」
エリックがアランの肩を支えるようにして、二人は研究室を出て行った。ブラウンは、緊張を解いてほうっと一息ついてから、隣に座るオセロを見る。
「オセロ先輩。本当に、アランをモルモットにするんですか」
「ああ。本人だって、犬死にするより、役に立った方が救われるだろう?」
「先輩! それ、本人の前で言わないでくださいよ」
「だから、ブラウンチャンに言って貰ったんだよ」
オセロは罪悪感などこれっぽっちも持っていないようで、白衣を脱ぐと畳んで鞄にそれをしまい、笑顔で研究室を後にした。
「じゃあ、ブラウンチャン。残業は程々にね」
結局オセロとブラウンは、遅めのランチを共に社員食堂で摂っていた。ブラウンが不安そうな声を出す。
「オセロ先輩、アランも……また、なんでしょうか」
「盗み聞きしてたけど、中央病院で原因の分からない発作なんて、『死の棘』以外に考えられないよ。俺たちの仕事は人間の死因の特定だけど、秘密裏に『上』から依頼された、死神殺人事件と加害者の『死の棘』による死亡の謎を解き明かさなくちゃならない。その点、アランは貴重なモルモットだよ」
「モルモット……」
ブラウンは、研究の為なら何だってするモンスターギークのオセロの言動に、時折着いていけない事がある。今がまさに、その時だった。話の内容に苦く感じるカレーを飲み込むようにして食べながら、不安げに揺れていたアランの黄緑の瞳を思うのだった。
* * *
終業後、再びエリックとアランは科学捜査課の研究室の片隅に居た。向かい合って座るオセロとエリック・アランに、ブラウンはばらばらのマグカップでコーヒーを出す。科学捜査科の更に奥の研究室に来客など想定していなく、揃いのティーセットなど用意していなかった。だがこの訪問を公にする事は出来なかったから、研究室内の個人用マグカップを便宜的に使用する。ありがとうございます、と呟いて緊張に乾く喉を潤すように、アランが一口コーヒーを飲み下した。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい? アランチャン」
オセロは飄々と笑顔で話す。『悪いニュース』なんてないかのように。
「え……えっと」
アランが緊張しているのが伝播して、ブラウンもコーヒーに口を付けた。迷いに彷徨う大きな黄緑の瞳が、労るようにエリックの掌が肩にかかると、決心してオセロを真っ直ぐに見る。
「悪いニュース、から」
「そう。じゃあ、ブラウンチャン、頼むよ」
「ぼ、僕ですか!?」
「ああ。俺はサンプルを解析するまでが、仕事だからね。君みたいに優しく言えない。頼むよ」
言われてみれば確かに、オセロにこの告知が務まるとは思わなかった。途端に騒ぎ出す心臓を意識しながら、二人分の真剣な視線を受けて、ブラウンは咳払いを一つする。
「わ、悪いニュースは……」
声が震えているのが、皆に分かった。つっかえながら、ブラウンは言う。
「悪いニュースだけど、不幸中のしゃいわ……幸いだから、気を落とさないで聞いて欲しい」
二人が、コクリと頷く。
「アランは……『死の棘』だ」
「やっぱり、そうなんですね」
暗い声に、ブラウンが慌てる。
「い、良いニュースもある! 聞いてくれ!」
俯くアランの膝の上で強く握られた拳を、エリックが二回りは逞しい掌で優しく包み込んで握った。
「この所、死神界で殺人事件が起きてるだろう? その加害者は、皆『死の棘』で亡くなってるんだ。遺体からサンプルを取って調べると、一様にテストステロン……攻撃ホルモンがあり得ないくらい高くなっている。幸い、アランはテストステロンは通常値だ」
「つまり、病気が進行するほどテストステロンが高まるとも推測される。君の経過を研究する事で、『死の棘』のメカニズムが解明されるかもしれない。エリックチャンがアランチャンを心配してウチに来てくれた事で、多くの命が救われるかもしれないんだ」
「そう……ですか」
まだ暗い声のアランに対し、オセロはあくまでも明るく言う。
「ちなみに、『死の棘』がおとぎ話ではなく存在する以上、俺はこの病いとタイマンするつもりだよ。だからアランチャンも、そんな顔してないで、治す事を考えて?」
「そ、そうだよ! オセロ先輩が『闘う』って決めて、負けた病いなんてないんだから」
ブラウンがどもりながらも懸命に励ますと、やっとアランの頬に薄い笑みが浮かんだ。
「ありがとうございます。じゃあ俺、定期的にここに来れば良いですか?」
「うん。エリックチャンと二人で、毎日終業後に来て。その時、サンプルを貰うよ」
「分かりました」
「恩に着る。オセロさん、ブラウンさん」
エリックがアランの肩を支えるようにして、二人は研究室を出て行った。ブラウンは、緊張を解いてほうっと一息ついてから、隣に座るオセロを見る。
「オセロ先輩。本当に、アランをモルモットにするんですか」
「ああ。本人だって、犬死にするより、役に立った方が救われるだろう?」
「先輩! それ、本人の前で言わないでくださいよ」
「だから、ブラウンチャンに言って貰ったんだよ」
オセロは罪悪感などこれっぽっちも持っていないようで、白衣を脱ぐと畳んで鞄にそれをしまい、笑顔で研究室を後にした。
「じゃあ、ブラウンチャン。残業は程々にね」