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クロダ・ブラウン(あいみ様)

【オキシトシン】⚠夢恋愛注意⚠

 自分が嫌いだった。名前も、顔つきも、髪や肌の色も。僕の周りは皆一様に、黒髪に黄色い肌、彫りの浅い顔立ちに中肉中背。だから、巻いた赤毛に浅黒い肌、『黒田ブラウン』の名を持つ僕は、子供の頃格好の差別対象になっていた。猛勉強して狭き門を突破し死神派遣協会に入ったけれど、日本人というのは何処までも横並びが好きなようで、やっぱり皆微妙によそよそしかった。

 嗚呼、こんなエリート集団でも……いや、エリート集団だからこそ、差別は頑として存在するのかな。何もかもに失望した僕は、人事課に辞表を出した。まだ仕事について三ヶ月だったけど、それなりに科学捜査課で評価を受けていた僕の突然の辞表に、人事課は焦ったようだった。やがて、辞職ではなく異動を命じられた。でもどうせ何処に行ったって、僕の孤独は埋められやしない。そんな風に思っていた。

「君がブラウンチャン? ギーク集団、英国支部科学捜査課にようこそ! リコリス飴食べる?」

 絶望を引きずってドアを開けた僕に、真っ先にそんな言葉と共にニコニコと飴の入った小箱を差し出してきたのは、後にパートナーとなるオセロ先輩だった。初めて向けられる損得感情抜きの好意に、僕は面食らって鳩が豆鉄砲を食らったような顔で目を見張ったのだった。

*    *    *

「まただ」

「また、ですか」

 オセロとブラウンは、科学捜査課の雑多な研究室の狭い片隅で背中合わせに座り、顕微鏡を覗き込んでいた。前屈みの姿勢は崩さないまま、奇妙にも見える背中越しの会話は続く。

「ブラウンチャンの方は?」

「まだ解析に半日はかかりますよ。何でも六時間以内に解析出来るモンスターギークと、一緒にしないでください」

 ブラウンはのんびりと苦情を上げる。オセロはレンズから顔を上げると、立ち上がって大きく伸びをした。根が生えたように動かなかった二人だが、ずり落ちていた丸眼鏡を上げると、白衣のポケットに両手を突っ込みトレードマークの木製のサンダルをカロンカロンと鳴らして歩き出す。

「じゃあ俺は、管理課に報告してから、ランチ行ってくる。ブラウンチャンも、キリのいい所で食べなよ?」

 探求が全ての生粋のギークで、身なりなどこれっぽっちも気にしない二人だったから、示し合わせたように髪は跳ね放題だった。オセロは黒髪、ブラウンは巻いた赤毛だったが。キリのいい所で、と言われたが本当に『キリのいい所』は、このサンプルの解析が終わる時だ。だが時刻はもう午後二時過ぎ、昼も夜も……下手をしたら徹夜になるかもしれぬ所まで食事抜きという訳にもいかず、ブラウンもほうっと一息ついた。レンズから顔を上げて、首を左右に倒しコキコキと鳴らす。

 ──コン、コン。

 滅多に来客などない研究室の扉が叩かれたのは、その時だった。

「オセロ先輩?」

 一瞬オセロがふざけているのかと思ったが、ドアが開いて入ってきたのは、ブラウンの後輩エリックと彼のパートナー・アランだった。エリックとはたまにすれ違いざま、他愛ない会話を交わす仲だったが、アランと同席するのは初めてだった。

「ブラウンさん。ちょうど良かった。あんたに話があったんだ」

「僕に?」

「初めまして、ブラウンさん。エリックさんのパートナーのアラン・ハンフリーズです。よろしくお願いします」

「初めまして。ブラウン・クロダだ。よろしく」

 ブラウンは白衣の裾で革手袋を拭うと、アランと握手をした。華奢な見た目とは裏腹に、縋るようにグッと力を込められて、ブラウンはやや面食らう。チラホラと散らばる椅子を指し示して、

「まあ、座ってくれよ」

 と言った後、ブラウンは身を乗り出した。

「……で? 改まって、僕に話なんて何? 回収課がこんな研究室くんだりまで来るなんて、ギークとしての僕に用があるって事だろう?」

 適当に回転椅子を持ってきて並んで座った二人が、顔色を曇らせる。

「実は……」

 エリックが重い口を開いた。

「アランが最近、小さな発作を起こすようになったんだ。だけど、何処の病院に行っても、原因が分からねぇ」

「何処へ行っても? 中央病院には行った?」

「まず一番に行って精密検査を受けたんだが……」

 エリックは革手袋の掌を広げ、しょっぱい顔で肩を竦めた。死神は、人間よりずっと長命で頑丈に出来ている。病気自体も少ない為、個人病院があちこちにある人間界とは違い、公営の大病院が点在するのみだ。その最高峰、中央病院で病名が分からないなら、お手上げだろう。

「俺は、こんな職権乱用みたいな真似はしたくなかったんだけど、エリックさんがどうしてもって言うから……」

 ブラウンは、細い長方形の黒縁眼鏡を上げて、眉間に皺を刻んで考える。今まさに解析しているサンプルに、心当たりがあった。

 ──プツッ。

「いたっ」

 不意に頭頂部に痛みを感じ、アランは小さく声を上げた。振り返ると、オセロが満面の笑みで立っていた。

「オセロ先輩……!」

 俯いて考え込んでいたから、ブラウンも気が付かなかった。オセロはアランのチョコレートブラウンの頭髪を一本、蛍光灯に翳し、興奮気味に話す。

「存命の『死の棘』罹患者の細胞採取したの、初めてだ。テンション上がるなー!」

「『死の棘』……!?」

 研究に夢中になると、周囲への配慮に欠けるオセロの言動に、ブラウンは慌てて言葉尻に噛み付いた。

「オセロ先輩! アラン、まだ『死の棘』と決まった訳じゃない。ただ、最近症例が増えているから、オセロ先輩は可能性を言ったんだ」

「『死の棘』って……おとぎ話じゃないんですか?」

「余りにも症例が少ないから、おとぎ話になってたけど、最近になって増えてるんだ。まだ科学捜査課内の機密だけど」

「終業後にまたおいでよ。俺が解析しといてあげる。エリックチャン、アランチャン」
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