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レイラ・ローズ(レイラ・ローズ様)

*    *    *

同じ頃エリックはまた、安全とは程遠い最前線の仮設テントの隅に胡坐をかいていた。死神の強靭な身体の浄化作用には少しも効かなかったが、草の混じった煙草の紫煙をくゆらせる。ふ、と顔を上げた。

「またお前か、新入り」

夕べの男だった。

「ああ、まだあるぜ。あんたの分も」

「キマり過ぎたら、戦闘中に使いものにならなくなる。揉め事になるのもご免だ。程ほどにしてくれ」

言いながらも、エリックから一本を受け取って、旨そうに深く吸い込む。エリックは立ち上がって男と目線を合わせて言った。

「今日の戦場は何処だ?」

「…おかしな事を言う奴だな。この先のポイントを制圧するのが、俺たちの任務だろ」

「………『リトルジョン』は何て言ってた?」

瞬間、男が眼光を鋭くし、辺りをギョロギョロと見回した。そしてエリックを、三白眼で値踏むように頭の先から爪先まで眺め回す。やがて、声を潜めて短く言った。

「………お前は、『リトルジョン』の兄か?」

「いや、甥だ」

それが合い言葉だった。男は左手で首をかき切る動作をし、エリックに敬意を払った。

「同志よ」

「ああ。次の作戦の『穴』を、B旅団に流す手筈は調ってるな」

「具体的な名前は出すな!」

「ああ…済まねぇ。間違いがあっちゃ命に関わるからな、同志よ」

「気を付けろ。これが文書だ」

そう言うと男は、靴下の中から、油紙に包まれた紙切れを取り出した。

「『リトルジョン』からの指令だ。『グランパ』の息子に渡してくれ」

「ああ、同志よ」

エリックも左手で首をかき切る動作をしてから、脱走兵として早々に最前線を後にした。

*    *    *

B旅団はその日、街道を小さな町までゆるりと進み、夕闇が空を蒼紫色に染める頃、町外れの平原にまた、突如として町と同程度の集落を作り出していた。小さな町とはいえ、ひしめき合うようにしておよそ七百人が住んでいる。興行を打てば、幾ばくかの資金が得られる事には違いなかった。

「おい、お前たち。歌と演舞が出来ると言ったな。腕試しにはちょうどいい規模だ。出て貰うぞ」

「あ、はい」

「ええ。分かったわ」

肉と乳のスープを飲みながら、レイラとアランは答えた。だが夕食を済ませてすぐに渡された衣装に、レイラは声を高くした。アランもそれを身体に当てて、じっとりと冷や汗をかいている。

「何よこの衣装!殆ど布がないじゃない!!」

レイラが渡されたのは、透ける生地が幾層か重ねられてかろうじて素肌が見えないもので、上は下着同然、下はスリットがウエストまで深く入った、下着よりもなまめかしいものだった。そしてアランも。

「あの…これ、女性ものじゃ…」

「ああ、お前の腰周りに合うのが、これしかなくてよ。それにお前の顔なら、そっちの趣味の奴にウケるから、着ろ」

アランに渡されたのは、レイラと色違いで、上はなく、スリットの入った下着だけだった。エリックがいたら、絶対着るなって怒り狂っただろうな。アランは思って、この時ばかりはエリックがいない事に安堵する。

「歌うのに、何でこんな格好しなくちゃいけないの?!」

「黙れ。放り出されたくなかったら、言う事を聞け。まずはしゃくをするんだ」

「え、お酒、ですか?」

アランは衣装の事も忘れて、そこに食い付いた。レイラは普段、真面目で大人しいが、怒らせると恐いらしい。『特にお酒が入るとキレるノヨ。お酒には近付けないようにしてちょうだい、アラン』。グレルにそう言われて、アランは送り出されたのだった。

「話が違うじゃない!酔っ払いの相手なんかご免よ!!」

レイラは、頭から湯気が昇る勢いで怒っている。しかしアランは、可愛らしいとさえ言えるその怒声に、この程度か、と胸を撫で下ろしていた。

「レイラ、仕方がないよ。行く所がないんだから…我慢しよう」

殊勝にしょげてみせると、レイラはハッと『設定』を思い出したようで、渋々衣装を胸元に抱えた。男女平等の死神派遣協会からすると、男尊女卑も甚だしいそれを、悔しそうにだが受け入れる。

「分かったわ…」

「さっさと着替えろ。もう宴は始まってる」

「この…!」

「レイラ!着替えよう!!」

再度食って掛かりそうになるレイラの両肩を後ろから掴み、アランは彼女をテントに回れ右させた。レイラが少しでも恥かしくないように、進んで先に着替えてみせる。テントから出てきたアランの、引き締まった腹筋とスリットから覗く白い脚を見て、やっぱりレイラは怒っていた。

「アラン。貴方本当にそっちの奴らに狙われそうだから、気を付けるのよ!」

「う、うん。レイラも着替えて。さっきの男が、こっち見てる」

「なんて日かしら!!」

そうしてレイラも着替え、すぐにしゃくをさせられた。幾つもの焚き火を囲んで脂ぎった男たちが集まり、無遠慮な視線で二人の身体を肴に酒を呑む。レイラは引きつった仏頂面でのしゃくだったが、先の男が、

「すいやせんねぇ。レイラっていいまして、今日、初めての娘なもんで」

と揉み手で注釈を入れると、かえって男たちは面白がってレイラにしゃくをさせては喜んだ。彼女にすれば、堪ったもんではない。アランはアランで、そっちの趣味の男たちに引く手あまたで、レイラへの注意が一瞬それた時だった。

「レイラ、酒は呑めるか?お前も呑んでみろ」

「頂くわ!呑まなきゃやってらんないわよ!」

どっと男たちの笑い声が賑わって、何だろうと何気なくそちらをアランが見た時には、すでに遅かった。レイラが、恐ろしくアルコール度数の高い酒を、ストレートでラッパ呑みしているのが見えた。男たちは、それを見てはやし立てているのだった。

「レイラ!!」

止めるには、距離が離れ過ぎていた。レイラは一気に酒瓶を一本開け、ゴトリと空になった酒瓶を地に落とす。こんな豪傑は男にも珍しい。男たちは拍手喝采でレイラに詰め寄って、肩を抱いたり、腕を引っ張ったりして、自分の元へ留め置こうと躍起になった。

だがその中心から、不穏な唸り声が上がる。ヴゥ…と聞こえた。驚いた男たちが殺到していた輪を広げると、その歪な車座の真ん中にすっくとレイラが仁王立ちになり、いつもの上品さからは想像もつかない、罵詈雑言をがなり出した。

「おいテメーら…ふざけんな!触るんじゃねぇ、しばくぞ、ボケがぁ!!」

アランも含めて、数瞬、時が止まる。レイラだけが肩で息をして、憤っていた。

「大体何だ、この服は!キャバクラの方がよっぽど上品だろ!!」

第二声目で、ようやくアランが我に返った。レイラに駆け寄って、ひょいと抱き上げると、宛がわれたテントに引っ込む。存分にキレて気が済んだのか、それ以上彼女が声を上げる事はなかった。

「レイラ、大丈夫?」

酒には強い為、前後不覚になっての言動ではない。自分でも自覚している悪い酒癖に、レイラは蒼ざめていた。

「だいじょば…ない…どうしよう…」

しばらくすると、テントの外では宴の喧騒がざわざわと戻り始めていた。それを聞いて、アランがレイラを慰める。

「みんな気にしてないみたいだ。大丈夫だよ、レイラ」
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