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レイラ・ローズ(レイラ・ローズ様)

*    *    *

「おい、新入り。こんな所で何をやっている」

迷彩服に身を包んだエリックは、A国最前線のガランとした仮設テントの片隅で胡坐をかき、ただジッと待っていた。だが、たった今火が途切れたように、淀みなく胸ポケットから煙草を一本取り出す。

「見付かっちまったな。口止め料に、あんたも一服やるかい?」

最前線では、物資も少ない。何かしらの草の混じった煙草と酒は、見付かれば奪い合いになる危険性をはらんだ、隠すべき嗜好品だった。同じ迷彩服を着た逞しい男が、これ幸いとばかりにニヤリと笑んでエリックの隣にしゃがみ込む。

「ああ…貰おうか」

エリックの煙草の先から火を貰い、男は深々と肺に煙を吸い込んで、感嘆の唸りを上げた。

「おい、こんな良い草、どこで手に入れた。俺にも教えてくれよ」

「簡単な事さ。知ってるだろう…?」

男は、訝しげに顔色を曇らせた。途端にギクシャクと態度を硬化させて、エリックの黄緑の瞳の深淵を覗く。

「…どういう意味だ?」

「俺もやってるのさ」

「何をだ?」

「実入りの良い仕事」

探るように辺りに目線を泳がせながら、男は無言で煙草を吸い続けた。そして、フィルターの際まで吸い尽くしてから、腰を上げて就寝用のテントに戻って行った。

「何の事だか分からんな…」

と、一言残して。

「クソ…そう簡単には、吐かねぇか…」

エリックも独りごちると、適当に時間を潰して、就寝用のテントに足を向けた。何処かで繋がっている、同じ三日月を見上げて、

「アラン…」

と呟いてから。

*    *    *

その頃レイラとアランの『姉弟』は、ボロを纏い街道で腹を空かせて行き倒れていた所を、B旅団に拾われていた。レイラが旅団に助けを求め、何か出来るかと問われて一節歌ってみせたら、美しいその声にたちまち団長は二人に食事を与えて荷馬車に乗せた。男手は、何も芸がなくとも必要だ。レイラの歌声のみで、彼らは潜入に成功したのだった。

そして今日の寝床を作りに、早速アランは狩り出されていた。何もない街道沿いの平原に、幾つものテントが立てられ、あっという間にちょっとした村が現出していた。

「じゃあお前らは、そのテントを使え。ベッドはひとつだけど、あるだけ有り難いと思うんだな」

まだ十かそこらの少年が、一人前に男の面構えをして、二人に言い置き大きなテントに入っていった。どうやらここは、芸の出来で階級が決まる、実力社会らしい。しかし、ベッドがひとつとは。アランが、すぐに気遣った。

「レイラ、先にベッドで眠ってて。俺、後で床で寝るから。少し、外の空気を吸ってくる」

『二人の時も、敬語は使っちゃ駄目よ』。そう念を押されているアランは、健気に姉弟を演じて、儚く笑う。レイラは、その作られた笑みが、何を思ってのものなのかよく分かっていた。踵を返そうとするアランを、呼び止める。

「アラン!…これ、内緒よ。エリック先輩と話すと良いわ」

「レイラさ…!」

「シッ。さ、行って。こんな所で立ち話してたら、怪しまれるわよ」

「…ありがとう!レイラ!」

アランは、この地区では滅多に見かけない貴重品である筈の携帯を握りしめ、レイラに一度飛び付いた。やっと心からの笑みを見せたアランをおもんぱかって、レイラもきゅっと抱き締めた後、素早くテントに入る。

アランは、用を足しに行くフリをして、即席の集落を離れるだけで良かった。すっかりそらんじているエリックの携帯番号を、夢中でプッシュする。だがしかし、十コール待っても、エリックは出なかった。潜入中だからか、電源を切っているのか、知らない番号だからか…。

二十コールを聞く頃には、見上げた三日月が滲んでいた。何処かでエリックと繋がっている筈のそれに願いをかけて、アランは三十コールまでも辛抱強く待っていた。やがて頬を生暖かい塩水が伝い、アランが数えるのを諦めた頃だった。

──プツッ。向こうから、着信を切られる。

「エリック…!」

アランは、草原にしゃがみ込んで嗚咽した。それが聞こえないだけの距離は、充分に取ってある。しかし今はそれが、空しかった。

「うっ…ひっく…」
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