サシー・バウンダリー(月読様)
* * *
回収課に戻ったアランは、デスクに突っ伏して零れそうになる涙を堪えていた。
(何がカウンセラーだ…エリックさんの恋人の癖に…!)
そこへ、グレルが泣き声を上げてやってくる。いつも明るいグレルにしては、珍しい事だ。
「ウィルの馬鹿ぁー!」
そして、次に叫ばれた言葉に、アランは涙も引いてしまった。
「サシィィー!サシーは何処?」
パッと顔を上げると、また長い黒髪をなびかせて、サシーがいた。
「ここにいるよ、グレル・サトクリフ。またウィリアム・T・スピアーズの事かい?」
「そうなのー!ウィルったらひどいのヨ!」
「まずは落ち着きよ。カウンセリングルームへおいで」
(グレルさんも常連?ひょっとして、知らなかったのって、俺だけ?)
回収課を見回してみると、まだエリックの姿はない。
(ひょっとして、まだあの部屋にいるのかも…)
アランは、今日三度目、カウンセリングルームへの道を辿った。どうやらこの部屋の扉は蝶つがいが緩んでいるらしく、また細く隙間が開いた。だが耳を澄ます必要はなく、今度はグレルが叫ぶので、会話は丸聞こえだった。
「ウィルが、ウィルがネ、」
ぐすぐすと漏らすグレルに、
「ほら、洟かめよ」
と、エリックの後ろ姿が向かいに座ったグレルにティッシュボックスを渡している所だった。盛大に洟をかみ、グレルは続ける。
「ウィルが、もう近寄るなって…!」
「何かしたのかい?」
わっと泣き声を上げ、グレルが隣のサシーに抱きつくのが見えた。
「ちょっとキスしようとしただけなのに…!」
泣き喚くグレルに、辛抱強くゆっくりとサシーは話す。
「よく言うだろう。押しても駄目なら引いてみな、って。グレル・サトクリフは押し過ぎなんだよ」
「違いねぇ」
エリックの肩が揺れた。
「惚れた腫れたでくる死神が多いね。平和な証拠なんだろうが」
そう言って、サシーは泣きじゃくるグレルを抱きしめてその自慢の長い赤髪を撫で下ろす。サシーがグレルに瓜二つなものだから、それは鏡越しの景色のような、不思議な光景に見えた。そしてアランは驚きの光景を目にする。サシーが、グレルに愛おしそうに口付けたからだ。エリックも黙ってそれを眺めている。
エリックの代わりに、怒りがこみ上げた。
(エリックさんの恋人の癖に…!)
「エリックさん!何で怒らないんですか!」
三人の黄緑の瞳が、一斉にこちらを向いた。サシーだけは、驚いていなかった。自分でも思わぬ事態に、駆け出すとエリックがすぐに扉を抜け追いすがってきた。腕を取られ、引き止められる。
「アラン。どうしたんだ!」
逃げ出したい気持ちが強くて、若干暴れたが、本気のエリックの力には適わない。両手首を取られ、アランは観念してうな垂れた。
「アラン…何で泣いてるんだ」
「アラン・ハンフリーズも患者だからね。まあ、お入り」
「嫌だっ…!」
「何でだ、アラン」
「だって…だって、サシー先生はエリックの恋人だから…」
「は?」
エリックが頓狂な声を上げ、サシーがゆったりと微笑んだ。
「ショック療法が効いたみたいだね。エリック・スリングビー、アラン・ハンフリーズを連れてきておくれ」
「ああ。アラン、来い。良い子だから」
いつもの台詞に、しかしアランは罪悪感しか浮かばなかった。
「良い子なんかじゃない…覗き見してたもの」
エリックは、アランの手を引いてソファの隣に座らせた。サシーが優しく語る。
「アラン・ハンフリーズ、貴方の悩みと同じ悩みを、エリック・スリングビーは私に相談してたんだよ」
「えっ…」
顔を上げると、大粒の涙が頬を伝わった。数瞬おいて、エリックも小さく驚きの声を上げた。
「えっ…サシー、同じって…」
「貴方たちは両想いって事さ」
両手を握り合わせていたエリックとアランは、何となく恥じらいにパッとそれを離した。
「二人とも、相手を想って眠れないんじゃ、難儀だろう。二人で眠るのが、手っ取り早い解決法だよ」
アランは、その言葉を想像してしまい、耳まで赤くなった。
「アラン…本当なのか?」
問い詰められ、アランは俯いてきゅっと目を瞑り、やけくそ気味に言った。
「…好きです!エリックさん!」
鼓動が暴れて、痛いほど鼓膜を打った。
回収課に戻ったアランは、デスクに突っ伏して零れそうになる涙を堪えていた。
(何がカウンセラーだ…エリックさんの恋人の癖に…!)
そこへ、グレルが泣き声を上げてやってくる。いつも明るいグレルにしては、珍しい事だ。
「ウィルの馬鹿ぁー!」
そして、次に叫ばれた言葉に、アランは涙も引いてしまった。
「サシィィー!サシーは何処?」
パッと顔を上げると、また長い黒髪をなびかせて、サシーがいた。
「ここにいるよ、グレル・サトクリフ。またウィリアム・T・スピアーズの事かい?」
「そうなのー!ウィルったらひどいのヨ!」
「まずは落ち着きよ。カウンセリングルームへおいで」
(グレルさんも常連?ひょっとして、知らなかったのって、俺だけ?)
回収課を見回してみると、まだエリックの姿はない。
(ひょっとして、まだあの部屋にいるのかも…)
アランは、今日三度目、カウンセリングルームへの道を辿った。どうやらこの部屋の扉は蝶つがいが緩んでいるらしく、また細く隙間が開いた。だが耳を澄ます必要はなく、今度はグレルが叫ぶので、会話は丸聞こえだった。
「ウィルが、ウィルがネ、」
ぐすぐすと漏らすグレルに、
「ほら、洟かめよ」
と、エリックの後ろ姿が向かいに座ったグレルにティッシュボックスを渡している所だった。盛大に洟をかみ、グレルは続ける。
「ウィルが、もう近寄るなって…!」
「何かしたのかい?」
わっと泣き声を上げ、グレルが隣のサシーに抱きつくのが見えた。
「ちょっとキスしようとしただけなのに…!」
泣き喚くグレルに、辛抱強くゆっくりとサシーは話す。
「よく言うだろう。押しても駄目なら引いてみな、って。グレル・サトクリフは押し過ぎなんだよ」
「違いねぇ」
エリックの肩が揺れた。
「惚れた腫れたでくる死神が多いね。平和な証拠なんだろうが」
そう言って、サシーは泣きじゃくるグレルを抱きしめてその自慢の長い赤髪を撫で下ろす。サシーがグレルに瓜二つなものだから、それは鏡越しの景色のような、不思議な光景に見えた。そしてアランは驚きの光景を目にする。サシーが、グレルに愛おしそうに口付けたからだ。エリックも黙ってそれを眺めている。
エリックの代わりに、怒りがこみ上げた。
(エリックさんの恋人の癖に…!)
「エリックさん!何で怒らないんですか!」
三人の黄緑の瞳が、一斉にこちらを向いた。サシーだけは、驚いていなかった。自分でも思わぬ事態に、駆け出すとエリックがすぐに扉を抜け追いすがってきた。腕を取られ、引き止められる。
「アラン。どうしたんだ!」
逃げ出したい気持ちが強くて、若干暴れたが、本気のエリックの力には適わない。両手首を取られ、アランは観念してうな垂れた。
「アラン…何で泣いてるんだ」
「アラン・ハンフリーズも患者だからね。まあ、お入り」
「嫌だっ…!」
「何でだ、アラン」
「だって…だって、サシー先生はエリックの恋人だから…」
「は?」
エリックが頓狂な声を上げ、サシーがゆったりと微笑んだ。
「ショック療法が効いたみたいだね。エリック・スリングビー、アラン・ハンフリーズを連れてきておくれ」
「ああ。アラン、来い。良い子だから」
いつもの台詞に、しかしアランは罪悪感しか浮かばなかった。
「良い子なんかじゃない…覗き見してたもの」
エリックは、アランの手を引いてソファの隣に座らせた。サシーが優しく語る。
「アラン・ハンフリーズ、貴方の悩みと同じ悩みを、エリック・スリングビーは私に相談してたんだよ」
「えっ…」
顔を上げると、大粒の涙が頬を伝わった。数瞬おいて、エリックも小さく驚きの声を上げた。
「えっ…サシー、同じって…」
「貴方たちは両想いって事さ」
両手を握り合わせていたエリックとアランは、何となく恥じらいにパッとそれを離した。
「二人とも、相手を想って眠れないんじゃ、難儀だろう。二人で眠るのが、手っ取り早い解決法だよ」
アランは、その言葉を想像してしまい、耳まで赤くなった。
「アラン…本当なのか?」
問い詰められ、アランは俯いてきゅっと目を瞑り、やけくそ気味に言った。
「…好きです!エリックさん!」
鼓動が暴れて、痛いほど鼓膜を打った。