サシー・バウンダリー(月読様)
* * *
回収課に戻ると、エリックが回収を終えて帰ってきた所だった。サシーに話してしまった事で余計意識するようになってしまい、エリックの目を見る事が出来ずに書類を受け取る。
「…アラン、具合でも悪いのか?」
「ち、違います。ちょっと…考える事があって…」
嘘のつけないアランは、つい白状してしまう。するとエリックは、意外な事を言って、アランを驚かせた。
「悩み事か?なら、カウンセラーに相談すりゃ良い」
「えっ…エリックさん、サシー先生を知ってるんですか?」
エリックはその顔を思い描くように、朗らかに笑う。
「ああ、流石サシーだな。もうアランもカウンセリング済みか」
思わずアランは顔を上げてエリックを見た。
「エリックさんも、悩み、あるんですか」
「昔はな…常連だったよ。俺には、死神の永遠の命が、闇にしか思えなくて」
アランは目を見張る。多少傲慢に思えるほど、自信に満ち溢れたエリックに、そんな時期があったなんて。
「サシー先生のカウンセリングで、治ったんですか」
「ああ、多少な…別の理由で、俺の場合完治した」
優しい眼差しでアランを見下ろしつつ、何だか意味深な台詞をエリックは紡ぐ。アランは聞きたかった。
「別の理由?」
「ああ。でもこんな所でする話じゃない。報告書、頼んだぞ」
やんわりと拒絶され、アランは愛しいヒトに対する己の浅ましい好奇心に、自己嫌悪した。
「あ…すみません、ズケズケ聞いて…。分かりました」
「良い子だ」
エリックはまた戯れに、アランの頭をポンポンと撫でる。鼓動の高鳴りを覚えつつ、二人は分かれた。
やがて報告書に記載する必要事項を聞こうと、アランはエリックのデスクに視線を上げる。そこには、サシーがいた。驚きに目を瞬いている内に、二人が連れ立って回収課を出て行く所が見える。思わずアランは後を追った。報告書の件を言い訳に、無意識に書類を一枚握って。
今朝アランが歩いたルートを、親しげに顔を寄せ合い会話しながら、二人は辿る。アランよりもサシーの方が背が高く、エリックと顔の距離が近い事が恨めしい。性別不明な分、エリックは男性も相手にするのだろうか、それとも女性で昔からの仲なんだろうか、と邪推が働く。
そんな気持ちが自然と芽生える自分が、醜くなってしまった気がして気が咎めたが、引き返すにはもう遅く、二人はカウンセリングルームに入っていった。扉がしまってしまうと、声はもう聞こえない。中では、こんな会話がなされていた。
「久しぶりだな、サシー」
「エリック・スリングビー、暗闇症候群は治ったはずだろう?」
「ああ…でも最近、眠れない事が多くてな」
二人は、何十年ぶりかの出会いにも関わらず、ソファの定位置に落ち着いた。
「眠れない…そんな患者が、もう一人いたね」
「まさか…アランか?」
サシーは短く呟く。
「守秘義務」
エリックは親しいからこそ、軽く舌打ちした。
「そんな所だけ真面目にしたって、仕方ねぇだろ。教えてくれよ」
だがサシーの返事は変わらない。
「守秘義務」
「適わねぇな…」
「自分の心配をおし、エリック・スリングビー」
「ああ…実は…」
閉まった扉を所在なげに見詰めていたアランだが、ふと、扉が軽く軋む音を聞いた。扉は完全に閉まりきっていなく、細く隙間があいていた。
(エリックさん…)
いけないと思いつつも、エリックの事をより深く知りたいと思う気持ちは止められない。アランは、そっとその隙間から中を覗いた。
「…っ!!」
声を漏らしそうになり、慌てて片掌で口元を覆う。扉の隙間から見えたのは、ソファの端に座ったサシーの膝に、頭を乗せて横たわるエリックの姿だった。ブロンドを撫でられ瞳を閉じリラックスしきっている姿からは、二人の親密さが窺える。アランは、じわりと涙ぐみながらかろうじて気配を消してその場を立ち去った。
エリックのカウンセリングを終えたサシーは、またひとつ肉親にするようにゆるりと頭を撫で、呟いた。
「やっぱり、ショック療法が必要だね」
「ん?」
足で反動をつけて身体を起こしながら、エリックが短く問う。
「何をするんだ?」
「いや、もう治療済みだよ。後は、待つだけ…」
悩みを吐き出してスッキリしたエリックは、不思議そうにサシーを見詰めながらも、深追いはしない。
「ふーん?よく分からねぇが、また世話になっちまったな」
「良いんだよ。ただでさえ『上』からは給料泥棒って言われてるんだから。ゆっくりしていきな」
回収課に戻ると、エリックが回収を終えて帰ってきた所だった。サシーに話してしまった事で余計意識するようになってしまい、エリックの目を見る事が出来ずに書類を受け取る。
「…アラン、具合でも悪いのか?」
「ち、違います。ちょっと…考える事があって…」
嘘のつけないアランは、つい白状してしまう。するとエリックは、意外な事を言って、アランを驚かせた。
「悩み事か?なら、カウンセラーに相談すりゃ良い」
「えっ…エリックさん、サシー先生を知ってるんですか?」
エリックはその顔を思い描くように、朗らかに笑う。
「ああ、流石サシーだな。もうアランもカウンセリング済みか」
思わずアランは顔を上げてエリックを見た。
「エリックさんも、悩み、あるんですか」
「昔はな…常連だったよ。俺には、死神の永遠の命が、闇にしか思えなくて」
アランは目を見張る。多少傲慢に思えるほど、自信に満ち溢れたエリックに、そんな時期があったなんて。
「サシー先生のカウンセリングで、治ったんですか」
「ああ、多少な…別の理由で、俺の場合完治した」
優しい眼差しでアランを見下ろしつつ、何だか意味深な台詞をエリックは紡ぐ。アランは聞きたかった。
「別の理由?」
「ああ。でもこんな所でする話じゃない。報告書、頼んだぞ」
やんわりと拒絶され、アランは愛しいヒトに対する己の浅ましい好奇心に、自己嫌悪した。
「あ…すみません、ズケズケ聞いて…。分かりました」
「良い子だ」
エリックはまた戯れに、アランの頭をポンポンと撫でる。鼓動の高鳴りを覚えつつ、二人は分かれた。
やがて報告書に記載する必要事項を聞こうと、アランはエリックのデスクに視線を上げる。そこには、サシーがいた。驚きに目を瞬いている内に、二人が連れ立って回収課を出て行く所が見える。思わずアランは後を追った。報告書の件を言い訳に、無意識に書類を一枚握って。
今朝アランが歩いたルートを、親しげに顔を寄せ合い会話しながら、二人は辿る。アランよりもサシーの方が背が高く、エリックと顔の距離が近い事が恨めしい。性別不明な分、エリックは男性も相手にするのだろうか、それとも女性で昔からの仲なんだろうか、と邪推が働く。
そんな気持ちが自然と芽生える自分が、醜くなってしまった気がして気が咎めたが、引き返すにはもう遅く、二人はカウンセリングルームに入っていった。扉がしまってしまうと、声はもう聞こえない。中では、こんな会話がなされていた。
「久しぶりだな、サシー」
「エリック・スリングビー、暗闇症候群は治ったはずだろう?」
「ああ…でも最近、眠れない事が多くてな」
二人は、何十年ぶりかの出会いにも関わらず、ソファの定位置に落ち着いた。
「眠れない…そんな患者が、もう一人いたね」
「まさか…アランか?」
サシーは短く呟く。
「守秘義務」
エリックは親しいからこそ、軽く舌打ちした。
「そんな所だけ真面目にしたって、仕方ねぇだろ。教えてくれよ」
だがサシーの返事は変わらない。
「守秘義務」
「適わねぇな…」
「自分の心配をおし、エリック・スリングビー」
「ああ…実は…」
閉まった扉を所在なげに見詰めていたアランだが、ふと、扉が軽く軋む音を聞いた。扉は完全に閉まりきっていなく、細く隙間があいていた。
(エリックさん…)
いけないと思いつつも、エリックの事をより深く知りたいと思う気持ちは止められない。アランは、そっとその隙間から中を覗いた。
「…っ!!」
声を漏らしそうになり、慌てて片掌で口元を覆う。扉の隙間から見えたのは、ソファの端に座ったサシーの膝に、頭を乗せて横たわるエリックの姿だった。ブロンドを撫でられ瞳を閉じリラックスしきっている姿からは、二人の親密さが窺える。アランは、じわりと涙ぐみながらかろうじて気配を消してその場を立ち去った。
エリックのカウンセリングを終えたサシーは、またひとつ肉親にするようにゆるりと頭を撫で、呟いた。
「やっぱり、ショック療法が必要だね」
「ん?」
足で反動をつけて身体を起こしながら、エリックが短く問う。
「何をするんだ?」
「いや、もう治療済みだよ。後は、待つだけ…」
悩みを吐き出してスッキリしたエリックは、不思議そうにサシーを見詰めながらも、深追いはしない。
「ふーん?よく分からねぇが、また世話になっちまったな」
「良いんだよ。ただでさえ『上』からは給料泥棒って言われてるんだから。ゆっくりしていきな」