サシー・バウンダリー(月読様)
ヒト気のない広大な資料室に、アランの靴音だけが響く。資料の頭文字を追って、横へ横へと移動していると、ファイルが並ぶ本棚の端から、気配もなく突然ふらりと人影が現れた。
アランは驚いてビクリと肩を跳ねさせた。もう少しで、声を上げてしまう所だった。その見慣れた顔は。
「グレルさん…?」
「悩み事がおありかい、アラン・ハンフリーズ」
だが発されたのは、グレルとは違うハスキーな声音で、それに窓からの逆光で瞬間見えなかったが、髪の色は漆黒だった。縁なし眼鏡で、グラスチェーンもない。
(グレルさんじゃない…?)
「あの、何方ですか」
黒いスーツに身を包んだグレルそっくりな人影は、ゆったりとした口調で話す。
「私はサシー・バウンダリー。カウンセラーだよ」
「カウンセラー…?協会にカウンセラーがいるなんて、聞いた事ありませんけど…」
ネクタイをぴしりと締めた姿は、性別さえ不明でアランはややいぶかしむ。
「ああ、別に隠してる訳じゃないけど、必要とする死神が少ないからね。必要な患者にしか、その存在を知られていない方が、都合が良いだろう?」
「必要って…」
「ああ、貴方には今、カウンセリングが必要じゃないかい?」
思い当たる節はひとつだけだ。アランは心を見透かすようなサシーの黄緑の燐光から顔を背け、頬を染めた。
「いえ、俺は…」
小さな反論を遮って、サシーはさっさと踵を返す。
「良いから着いておいで」
強引さに弱いアランは、先を行くサシーを放置する事も出来ず、少し遅れて着いていくしかなかった。協会の外れにある、医務室の前を通った事は覚えている。だがその後は何処をどう通ったものか、気がついたら『カウンセリングルーム』と書かれた扉の前に立っていた。
「お入り」
サシーはドアを開けて、アランを通す。中には、テーブルを真ん中にして、二人がけのソファが一対、向かい合わせに配置されていた。奥に座って足を組んだサシーは、よく見れば確かに、首から『カウンセラー』と書かれた顔写真入りの協会証を提げていた。少し警戒心をとき、アランは目配せされた向かいのソファに座る。
落ち着いた雰囲気で、サシーは促した。
「何でもお話しよ。話せば、スッキリするから」
「でも…」
話せる訳がない、とアランは俯く。しかし、飄々と、
「騙されたと思って」
とサシーが言った。その物言いに、アランは緊張を解かれて少し笑う。
「カウンセラーの先生が言う台詞とは思えないですね」
サシーもグレルによく似た顔で、グレルにはない柔らかな微笑みを浮かべた。
「先生だとか思っている内は駄目だよ。まずは私と友人になってくれなきゃ。私は、私を必要としている死神の前にしか現れない」
「…はい…」
アランは、僅かに戸惑いながらも、言葉を選んで話し出した。
「実は…好きなヒトがいるんです。でもそのヒトは恋人を作らない主義で…それに、俺なんか子供過ぎて相手にしてくれないかもしれなくて…毎日、夢に見て眠れないんです」
「恋煩いか。よくある事だね」
「告白する勇気もなくて」
「告白するのは勇気じゃない、覚悟だよ。振られる覚悟が出来たなら、告白おし」
本当はそんな覚悟、出来るわけないと思いつつ、答える。
「…はい」
でもこれは本心だった。
「ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました」
「また、いつでもおいで」
サシーはあくまでもゆったりと微笑んだ。
アランは驚いてビクリと肩を跳ねさせた。もう少しで、声を上げてしまう所だった。その見慣れた顔は。
「グレルさん…?」
「悩み事がおありかい、アラン・ハンフリーズ」
だが発されたのは、グレルとは違うハスキーな声音で、それに窓からの逆光で瞬間見えなかったが、髪の色は漆黒だった。縁なし眼鏡で、グラスチェーンもない。
(グレルさんじゃない…?)
「あの、何方ですか」
黒いスーツに身を包んだグレルそっくりな人影は、ゆったりとした口調で話す。
「私はサシー・バウンダリー。カウンセラーだよ」
「カウンセラー…?協会にカウンセラーがいるなんて、聞いた事ありませんけど…」
ネクタイをぴしりと締めた姿は、性別さえ不明でアランはややいぶかしむ。
「ああ、別に隠してる訳じゃないけど、必要とする死神が少ないからね。必要な患者にしか、その存在を知られていない方が、都合が良いだろう?」
「必要って…」
「ああ、貴方には今、カウンセリングが必要じゃないかい?」
思い当たる節はひとつだけだ。アランは心を見透かすようなサシーの黄緑の燐光から顔を背け、頬を染めた。
「いえ、俺は…」
小さな反論を遮って、サシーはさっさと踵を返す。
「良いから着いておいで」
強引さに弱いアランは、先を行くサシーを放置する事も出来ず、少し遅れて着いていくしかなかった。協会の外れにある、医務室の前を通った事は覚えている。だがその後は何処をどう通ったものか、気がついたら『カウンセリングルーム』と書かれた扉の前に立っていた。
「お入り」
サシーはドアを開けて、アランを通す。中には、テーブルを真ん中にして、二人がけのソファが一対、向かい合わせに配置されていた。奥に座って足を組んだサシーは、よく見れば確かに、首から『カウンセラー』と書かれた顔写真入りの協会証を提げていた。少し警戒心をとき、アランは目配せされた向かいのソファに座る。
落ち着いた雰囲気で、サシーは促した。
「何でもお話しよ。話せば、スッキリするから」
「でも…」
話せる訳がない、とアランは俯く。しかし、飄々と、
「騙されたと思って」
とサシーが言った。その物言いに、アランは緊張を解かれて少し笑う。
「カウンセラーの先生が言う台詞とは思えないですね」
サシーもグレルによく似た顔で、グレルにはない柔らかな微笑みを浮かべた。
「先生だとか思っている内は駄目だよ。まずは私と友人になってくれなきゃ。私は、私を必要としている死神の前にしか現れない」
「…はい…」
アランは、僅かに戸惑いながらも、言葉を選んで話し出した。
「実は…好きなヒトがいるんです。でもそのヒトは恋人を作らない主義で…それに、俺なんか子供過ぎて相手にしてくれないかもしれなくて…毎日、夢に見て眠れないんです」
「恋煩いか。よくある事だね」
「告白する勇気もなくて」
「告白するのは勇気じゃない、覚悟だよ。振られる覚悟が出来たなら、告白おし」
本当はそんな覚悟、出来るわけないと思いつつ、答える。
「…はい」
でもこれは本心だった。
「ありがとうございます。少し気持ちが楽になりました」
「また、いつでもおいで」
サシーはあくまでもゆったりと微笑んだ。