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リリス・ヴァイオレット(紫音様)

*    *    *

(エリックの馬鹿…)

アランは、不機嫌さを隠そうともせず、タイプライターを音高く打っていた。いや、素直が過ぎて、不機嫌を隠す術を知らないのだろう。昨夜喧嘩してから、一方的にアランはエリックと口をきいていなかった。エリックは、回収に出ている。

「あ…もう!」

打ち損じた報告書をビリリと破いて、アランはそれを叩きつけるようにゴミ箱に入れた。一向に仕事ははかどらず、脳裏には、昨夜の出来事が去来していた。

──昨夜エリックからは、同僚と呑んでから帰ると連絡があり、深夜を過ぎての帰りとなった。カモフラージュの為に合コンの一次会に顔を出す事はあっても、こんなに遅くなるのは、珍しい事だ。

起きて待っていたアランは、エリックからコートを受け取り、ハンガーにかける。煙草の香りが強くして、バーに行っていたのは間違いないだろうと安堵したが、不安は顔に出ていたらしい。

「遅かったんだな」

「先に寝てろって言っただろ、アラン…悪かった」

エリックは、ただいまのキスにしては深く官能的な口付けをする。

「んんっ…」

待ちわびた分、アランも熱くなってエリックの首に腕を絡ませた。甘い雰囲気が二人を包む。エリックの黒革手袋がアランの胸元に入り、Yシャツの上から胸の新芽を捏ねた。

「ぁんっ…」

しがみ付いてくるアランを、エリックが笑って嗜めた。

「我慢出来ねぇか?俺はこのままでも良いが…」

「意地悪…。シャワー、浴びる」

アランはいつも、性急に求めてくるエリックを制止する側だった。今宵は立場が逆転してしまったが。

「よし。脱がせてやる」

「やっ…恥ずかし…」

アランをキングサイズのベッドに押し倒し、器用に素早くボタンを外していく。スラックスも下着ごと、裸に剥いてしまうと、アランは身体中を淡く染めてシーツに潜った。その仕草に、エリックは喉の奥で忍び笑って脱がせたアランのスーツを拾う。だが、

「待ってろ。俺も脱ぐ」

と、背を向けた時に、アランはすぐに気付いてしまった。冷や水を浴びせられたように、心が冷えていく。

「…エリック…!」

「ん?」

その声音に僅かに怒りを感じ取って、エリックはすぐに振り返った。Yシャツを脱ぎ落として、ベッドのアランに向かうが、彼はエリックと抱き合う事なくすれ違って、床にわだかまるYシャツへと手を伸ばした。

「アラン?」

床にペタリと座り込み、Yシャツを手に肩を震わせるアランに、エリックは訝しげに声をかけた。

「どうした?」

「やっぱり…」

返ってきたのは、涙声だった。

「浮気してきて、まだ足りないのか、エリック!」

ぱたぱたとYシャツに雫が落ちる。アランが見詰める、Yシャツのうなじ部分には、真っ赤なキスマークが付いていた。エリックも蒼くなる。心当たりがあった。

(あの時…!)

女と分かれる際に、後ろから抱き付かれた。アランに心配をかけまいと、下手に嘘を吐いたのが仇になった。

「違うんだアラン…」

「帰ってくれ!!」

「アラン…!」

再びシーツに潜ったアランは半狂乱で泣き続け、何を言っても取り合ってくれず、エリックは服を着て帰るしかなかった──。
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