リリス・ヴァイオレット(紫音様)
【クロコダイル・ティアーズ】
ワイルドな風貌と実力の高さで、エリックがモテるのは周知の事実だった。実際、エリックもそれを良い事に、夜毎一夜限りの火遊びを繰り返していた。
だが、いつからだろう。エリックがそんな誘いを断るようになったのは。ロナルドの合コンにはたまに顔を出していたが、お持ち帰りをする訳でもなく、エリック狙いの女たちは、いつしか『エリックが彼女を作ったらしい』と噂するようになっていた。まことしやかにその噂は広がり、妬みとなって女たちの口の端にのぼった。
(参ったな…)
そんな中、エリックは一人の女に肩を貸し、自宅へと送り届ける所だった。何度か関係を持った事のある女で、肉感的な美女だ。無論、もう何とも思わなかったが、『最後に一杯、付き合って頂戴。そうしたら、貴方を諦めるから』。泣きながらそう迫られて、バーで呑んだ帰りだった。
女は止め処なく流れる涙をハンカチで拭いながら関係を迫ってエリックを困らせたあげく、酔い潰れて今に至るのだった。
(アランにバレたら厄介だな)
エリックはヤキモチ妬きの可愛い恋人の事を思って、嘆息する。香水はつけていないが、化粧品やリンスの匂いがうつっていたら面倒だから、もう一軒ハシゴして、煙草の匂いで消してしまおう。スーツに長い髪がついていないかどうかは、念入りにチェックして。
そうこう考えている内に、女のアパートに辿り着いた。エリックは、ぐったりともたれかかる女を抱き上げると、階段を上がる。部屋の前で下ろし、鍵を開けるよう促すと、女は急に抱きついてきた。やはり泣いている。
「よせ。約束が違うぞ」
冷たく言い放って背を向けるが、後ろからも抱きつかれる。その腕を手早く払うと、エリックは追い縋る女の呼びかけにも応えず、階段を下りた。
* * *
「あぁ~ん、萌えが足りなぁ~い」
この日、リリス・ヴァイオレットは、一人医務室のデスクに突っ伏して呟いていた。ブロンドのロングソバージュヘアが、デスク上にふわりと広がる。黒尽くめに、白衣ならぬ濃紫衣を羽織った彼女は、もう一度力なく独りごちた。
「どっかに萌え、落ちてないかしら…」
いつもは萌えを探して協会内を徘徊しているので、幽霊勤務医などと陰ではあだ名されているが、虫の知らせとでも言おうか、今日はたまたま医務室にいた。
「リリス先生、いますっ?」
やや乱暴にドアが開いて入ってきたのは、秘書課のアルクス・ピアノフォルテだ。ブロンドを肩で切りそろえた、童顔で小柄な死神だった。
「あら、アルクスちゃん、いらっしゃぁい」
リリスは身を起こし、満面の笑顔で彼女を出迎える。アルクスもリリスも、萌えを求めて情報を共有しあう、いわば腐女子仲間だった。
「リリス先生、大変です!」
「あぁん、先生だなんてやめて頂戴。リリィちゃんって呼んでくれなきゃ~」
「そんな事言ってる場合じゃないんですよ、リリィちゃん!」
のどかにいつもの会話を繰り返したが、気色ばんだ様子のアルクスに、リリスは嬉しそうに黄緑の瞳を輝かせた。
「あら、何?萌え?萌え?」
アルクスに身振りで椅子を勧めながら、リリスは身を乗り出して聞いてきた。
「それが…」
椅子にかけながら、アルクスが表情を曇らせる。
「エリック先輩とアランくんが」
「あの二人が?!」
「喧嘩したみたいなんです」
興味津々に耳をそばだてていたリリスだが、それを聞くと身を引いて考え込むように、腕を組み合わせた。豊満な胸が、その中できゅっと押し潰される。
「喧嘩…痴話喧嘩ね」
「やっぱりそうですよね?」
確信したように言うリリスに、アルクスも続く。リリスが、ルージュの引かれた唇を、笑いの形に上げた。
「そうね…じゃあ、仲直りさせてあげましょ。手はあるわ」
「流石リリィちゃん、頼りになるわ~」
「うふふ、じゃあアルクスちゃん、情報収集といきましょ」
二人は笑みを交わし、立ち上がって医務室を後にした。
ワイルドな風貌と実力の高さで、エリックがモテるのは周知の事実だった。実際、エリックもそれを良い事に、夜毎一夜限りの火遊びを繰り返していた。
だが、いつからだろう。エリックがそんな誘いを断るようになったのは。ロナルドの合コンにはたまに顔を出していたが、お持ち帰りをする訳でもなく、エリック狙いの女たちは、いつしか『エリックが彼女を作ったらしい』と噂するようになっていた。まことしやかにその噂は広がり、妬みとなって女たちの口の端にのぼった。
(参ったな…)
そんな中、エリックは一人の女に肩を貸し、自宅へと送り届ける所だった。何度か関係を持った事のある女で、肉感的な美女だ。無論、もう何とも思わなかったが、『最後に一杯、付き合って頂戴。そうしたら、貴方を諦めるから』。泣きながらそう迫られて、バーで呑んだ帰りだった。
女は止め処なく流れる涙をハンカチで拭いながら関係を迫ってエリックを困らせたあげく、酔い潰れて今に至るのだった。
(アランにバレたら厄介だな)
エリックはヤキモチ妬きの可愛い恋人の事を思って、嘆息する。香水はつけていないが、化粧品やリンスの匂いがうつっていたら面倒だから、もう一軒ハシゴして、煙草の匂いで消してしまおう。スーツに長い髪がついていないかどうかは、念入りにチェックして。
そうこう考えている内に、女のアパートに辿り着いた。エリックは、ぐったりともたれかかる女を抱き上げると、階段を上がる。部屋の前で下ろし、鍵を開けるよう促すと、女は急に抱きついてきた。やはり泣いている。
「よせ。約束が違うぞ」
冷たく言い放って背を向けるが、後ろからも抱きつかれる。その腕を手早く払うと、エリックは追い縋る女の呼びかけにも応えず、階段を下りた。
* * *
「あぁ~ん、萌えが足りなぁ~い」
この日、リリス・ヴァイオレットは、一人医務室のデスクに突っ伏して呟いていた。ブロンドのロングソバージュヘアが、デスク上にふわりと広がる。黒尽くめに、白衣ならぬ濃紫衣を羽織った彼女は、もう一度力なく独りごちた。
「どっかに萌え、落ちてないかしら…」
いつもは萌えを探して協会内を徘徊しているので、幽霊勤務医などと陰ではあだ名されているが、虫の知らせとでも言おうか、今日はたまたま医務室にいた。
「リリス先生、いますっ?」
やや乱暴にドアが開いて入ってきたのは、秘書課のアルクス・ピアノフォルテだ。ブロンドを肩で切りそろえた、童顔で小柄な死神だった。
「あら、アルクスちゃん、いらっしゃぁい」
リリスは身を起こし、満面の笑顔で彼女を出迎える。アルクスもリリスも、萌えを求めて情報を共有しあう、いわば腐女子仲間だった。
「リリス先生、大変です!」
「あぁん、先生だなんてやめて頂戴。リリィちゃんって呼んでくれなきゃ~」
「そんな事言ってる場合じゃないんですよ、リリィちゃん!」
のどかにいつもの会話を繰り返したが、気色ばんだ様子のアルクスに、リリスは嬉しそうに黄緑の瞳を輝かせた。
「あら、何?萌え?萌え?」
アルクスに身振りで椅子を勧めながら、リリスは身を乗り出して聞いてきた。
「それが…」
椅子にかけながら、アルクスが表情を曇らせる。
「エリック先輩とアランくんが」
「あの二人が?!」
「喧嘩したみたいなんです」
興味津々に耳をそばだてていたリリスだが、それを聞くと身を引いて考え込むように、腕を組み合わせた。豊満な胸が、その中できゅっと押し潰される。
「喧嘩…痴話喧嘩ね」
「やっぱりそうですよね?」
確信したように言うリリスに、アルクスも続く。リリスが、ルージュの引かれた唇を、笑いの形に上げた。
「そうね…じゃあ、仲直りさせてあげましょ。手はあるわ」
「流石リリィちゃん、頼りになるわ~」
「うふふ、じゃあアルクスちゃん、情報収集といきましょ」
二人は笑みを交わし、立ち上がって医務室を後にした。