シュリム・ブロッサム(春之様)
【EROS】
死神派遣協会。午前八時半。回収課入り口では、タイムカードを押す死神たちで賑わっていた。アランにやや遅れて、エリックがやってくる。二人は同じ色の瞳を見交わすと、少しの間見詰めあった。昨夜は、二人とも自分のアパートに帰り、一緒ではなかった。
「よお、アラン」
「エリックさん、珍しく早いじゃないですか」
「ああ、お前に早く会いたくってな」
冗談めかして発される言葉が、真実だと知るのはアランだけだ。二人並んでロッカールームへ向かう。一晩離れた分、エリックがアランに注ぐ視線は熱い。ともすれば周囲にバレてしまいそうな程、二人の雰囲気は甘かった。
だが、エリックがロッカーを開けた所で、その甘さは消えてしまう。バサバサッと音を立てて落ちたのは、淡いピンクやブルーの女子派遣員からのラヴレターの山だった。普段はこんなに早く出勤する事がなかったから、アランとラヴレターが鉢合わせる事もなかったのだ。
「…大変だな、モテるってのも」
女子のロッカールームはいつも鍵がかかっていたが、その点男子のロッカールームは管理が甘く、毎日のようにエリックはラヴレターを貰っていた。横目でうろん気な視線を送り言うが、エリックは取るに足らぬ風に吐息して、アランにも水を向けた。
「何だ、妬いてんのか?お前だって貰ってんだろ」
「俺は多分、君の三分の一以下だよ。今日はなし」
ロッカーから必要な資料だけを出すと、アランは扉を閉めようとした。気まずい空気がエリックを覆う。
「…ん?」
けれど、アランが何かに気付いて、その空気は霧散した。不思議そうな疑問符に、これ幸いとばかりにエリックが飛び付く。
「どうした?」
「何か入ってる…」
まるで隠すように、ロッカーの奥に佇んでいた鮮やかなコバルトブルーの小箱を手に取る。表面には、『EROS』と書かれてあった。途端、アクセサリーやブランドにうるさいエリックが気付く。
「エロス…!」
「何それ、エリック」
小首を傾げるアランを余所に、エリックは内容とは裏腹に、憤慨したように話し出した。
「ヴェルサーチの新作香水だ。謳い文句は確か…”華やかな誘惑で恋に勝利しつづける、不敵なエロスの愛の賛美歌への鍵”」
「ふうん…で、何で怒ってるの、エリック?」
「お前ホント、そういう所だけ鈍いよなぁ…」
アランの手から小箱を取り上げながら、エリックがぼやく。
「今言った通りだ。これの送り主は、自分を口説けって挑発してんの」
「えっ…」
「これ、発売日にテスターで試してみたけど、文字通り物凄くエロい香りなんだぞ。フェロモンむんむんで」
「え…困るなぁ。高価だろうに」
ここまで言っても茫洋と値段の事を気にかけるアランに、エリックが声を荒らげた。
「アラン!お前、誘惑されてんだぞ!まずそっちだろ!」
言われて、大きな瞳をぱちくりさせたアランは、ややあってから思わず小さく吹き出した。エリックが本腰を入れて怒り出す。
「何笑ってんだ」
「いや…ごめん…」
笑いを噛み殺しながら、アランが口元を黒革手袋で覆った。それでも、緩む頬は隠せない。キッと視線を強くするエリックに、済まなそうにアランが囁く。
「ごめん…。まさか君が、ヤキモチ妬くなんて、思い付かなくて…」
言われてようやく、エリックはバツが悪そうな顔をした。確かに今のは、嫉妬以外の何ものでもない。それでもエリックは、その言葉に取り繕ったりせず、言外に認めて小箱を軽く持ち上げた。
「とにかく、これは没収」
死神派遣協会。午前八時半。回収課入り口では、タイムカードを押す死神たちで賑わっていた。アランにやや遅れて、エリックがやってくる。二人は同じ色の瞳を見交わすと、少しの間見詰めあった。昨夜は、二人とも自分のアパートに帰り、一緒ではなかった。
「よお、アラン」
「エリックさん、珍しく早いじゃないですか」
「ああ、お前に早く会いたくってな」
冗談めかして発される言葉が、真実だと知るのはアランだけだ。二人並んでロッカールームへ向かう。一晩離れた分、エリックがアランに注ぐ視線は熱い。ともすれば周囲にバレてしまいそうな程、二人の雰囲気は甘かった。
だが、エリックがロッカーを開けた所で、その甘さは消えてしまう。バサバサッと音を立てて落ちたのは、淡いピンクやブルーの女子派遣員からのラヴレターの山だった。普段はこんなに早く出勤する事がなかったから、アランとラヴレターが鉢合わせる事もなかったのだ。
「…大変だな、モテるってのも」
女子のロッカールームはいつも鍵がかかっていたが、その点男子のロッカールームは管理が甘く、毎日のようにエリックはラヴレターを貰っていた。横目でうろん気な視線を送り言うが、エリックは取るに足らぬ風に吐息して、アランにも水を向けた。
「何だ、妬いてんのか?お前だって貰ってんだろ」
「俺は多分、君の三分の一以下だよ。今日はなし」
ロッカーから必要な資料だけを出すと、アランは扉を閉めようとした。気まずい空気がエリックを覆う。
「…ん?」
けれど、アランが何かに気付いて、その空気は霧散した。不思議そうな疑問符に、これ幸いとばかりにエリックが飛び付く。
「どうした?」
「何か入ってる…」
まるで隠すように、ロッカーの奥に佇んでいた鮮やかなコバルトブルーの小箱を手に取る。表面には、『EROS』と書かれてあった。途端、アクセサリーやブランドにうるさいエリックが気付く。
「エロス…!」
「何それ、エリック」
小首を傾げるアランを余所に、エリックは内容とは裏腹に、憤慨したように話し出した。
「ヴェルサーチの新作香水だ。謳い文句は確か…”華やかな誘惑で恋に勝利しつづける、不敵なエロスの愛の賛美歌への鍵”」
「ふうん…で、何で怒ってるの、エリック?」
「お前ホント、そういう所だけ鈍いよなぁ…」
アランの手から小箱を取り上げながら、エリックがぼやく。
「今言った通りだ。これの送り主は、自分を口説けって挑発してんの」
「えっ…」
「これ、発売日にテスターで試してみたけど、文字通り物凄くエロい香りなんだぞ。フェロモンむんむんで」
「え…困るなぁ。高価だろうに」
ここまで言っても茫洋と値段の事を気にかけるアランに、エリックが声を荒らげた。
「アラン!お前、誘惑されてんだぞ!まずそっちだろ!」
言われて、大きな瞳をぱちくりさせたアランは、ややあってから思わず小さく吹き出した。エリックが本腰を入れて怒り出す。
「何笑ってんだ」
「いや…ごめん…」
笑いを噛み殺しながら、アランが口元を黒革手袋で覆った。それでも、緩む頬は隠せない。キッと視線を強くするエリックに、済まなそうにアランが囁く。
「ごめん…。まさか君が、ヤキモチ妬くなんて、思い付かなくて…」
言われてようやく、エリックはバツが悪そうな顔をした。確かに今のは、嫉妬以外の何ものでもない。それでもエリックは、その言葉に取り繕ったりせず、言外に認めて小箱を軽く持ち上げた。
「とにかく、これは没収」