クロ・ウィザード(クロ様)
* * *
ハリケーンで、数多くの船が難破・遭難していた。クロとシュリムに追い付いたエリックは、担いでいたノコギリ型のデスサイズを振るい、次々と魂の回収を行っていく。
言ってみれば、精鋭三名だ。クロは刃渡り45cmほどの細いフィレナイフ型の、シュリムは長い鎖のついたナタ型のデスサイズを振り回し、約2000人にもおよぶ魂は、ものの二時間で狩られた。
だが一方で、回収の仕上げと言える死亡予定者リストへの『completed』の赤印を押すのに、同じくらいの時間を要した。原因は、クロが死亡予定者の名前を見事に覚えておらず、ファイルを探すのに一人一人えらく骨が折れたからだ。
「組むの何十年かぶりだから、忘れてた…。頭文字くらい覚えてるだろ」
「N…いや、Pだったか…」
「全然違う二つじゃねぇか」
「クロ先輩、いい加減、人の名前覚えてください。三つ子の魂百までも、って言うでしょ」
エリックは頭を抱えた。
「いや、お前はその意味不明な発言を何とかしろ」
* * *
その頃アランは、デスクワークをしていたが、斜め前にあるエリックのデスク付近にいまだ漂うEROSの残り香が気になっていた。あまり汗をかかない体質なのだが、何だか暑い。そっとループタイを緩め、ワイシャツのボタンを第二まで寛げた。
時刻は、そろそろランチタイムも終わる時間。ようやく、朝見送った三人が戻ってきた。
「ただいま、アラン」
「エリックさん…!お帰りなさい。遅かったですね」
「ああ、クロがちょっとな…報告書、頼む」
いつものように書類をアランのデスクに積むと、声をひそめた。
「さって、俺はEROSの犯人を探す」
早口で言ってすぐに背を向けるその腕を、しかしアランの華奢な拳が掴みとめた。
「エリックさん、ちょっと…」
「ん?何だ?」
振り返ると、アランは席を立った。普段滅多に弱音を吐かぬアランだが、意を決したように囁いた。
「気分が悪いので、医務室まで連れていってくれませんか…」
確かに、見上げてくる目元が淡く上気している。潔癖なほどいつもきっちりしめられているワイシャツのボタンが開いているのにも気付き、エリックは色を変えた。よほど体調が悪いに違いない。
「分かった。歩けるか?抱いていこうか?」
「いえ、肩を貸してください」
「じゃ、掴まれ。今連れていってやる」
密着した部分はスーツの布越しからも、熱を帯びているのが分かった。力なく歩くアランに気を遣いながら、エリックは外れにある医務室までアランと共に歩いた。ドアを開け、アランをベッドに座らせてから、閉める。
「大丈夫か、横になれ、アラン」
アランの両肩に掌を置き覗き込むエリックに、しかしアランは見上げ、我知らず取って置きの願いを吐息にのせた。
「エリック…キスして…」
「は?!」
驚いてアランの正気を疑うエリックに、アランは頬を染めつつも先を続けた。
「香水の香りが…何だか…モヤモヤするんだ…」
それを聞いて、エリックはやや呆れた風に嘆息した。具合が悪いのではないと知って、安堵したのかもしれない。
「馬鹿。そりゃモヤモヤじゃなくて、ムラムラって言うんだよ」
「え…」
勇気を振り絞った結果、いなされてアランは真っ赤になって俯いた。だがすぐにエリックが、両掌でアランの顎をすくい上げる。合った視線は、いつになく暖かく温んでいた。
ハリケーンで、数多くの船が難破・遭難していた。クロとシュリムに追い付いたエリックは、担いでいたノコギリ型のデスサイズを振るい、次々と魂の回収を行っていく。
言ってみれば、精鋭三名だ。クロは刃渡り45cmほどの細いフィレナイフ型の、シュリムは長い鎖のついたナタ型のデスサイズを振り回し、約2000人にもおよぶ魂は、ものの二時間で狩られた。
だが一方で、回収の仕上げと言える死亡予定者リストへの『completed』の赤印を押すのに、同じくらいの時間を要した。原因は、クロが死亡予定者の名前を見事に覚えておらず、ファイルを探すのに一人一人えらく骨が折れたからだ。
「組むの何十年かぶりだから、忘れてた…。頭文字くらい覚えてるだろ」
「N…いや、Pだったか…」
「全然違う二つじゃねぇか」
「クロ先輩、いい加減、人の名前覚えてください。三つ子の魂百までも、って言うでしょ」
エリックは頭を抱えた。
「いや、お前はその意味不明な発言を何とかしろ」
* * *
その頃アランは、デスクワークをしていたが、斜め前にあるエリックのデスク付近にいまだ漂うEROSの残り香が気になっていた。あまり汗をかかない体質なのだが、何だか暑い。そっとループタイを緩め、ワイシャツのボタンを第二まで寛げた。
時刻は、そろそろランチタイムも終わる時間。ようやく、朝見送った三人が戻ってきた。
「ただいま、アラン」
「エリックさん…!お帰りなさい。遅かったですね」
「ああ、クロがちょっとな…報告書、頼む」
いつものように書類をアランのデスクに積むと、声をひそめた。
「さって、俺はEROSの犯人を探す」
早口で言ってすぐに背を向けるその腕を、しかしアランの華奢な拳が掴みとめた。
「エリックさん、ちょっと…」
「ん?何だ?」
振り返ると、アランは席を立った。普段滅多に弱音を吐かぬアランだが、意を決したように囁いた。
「気分が悪いので、医務室まで連れていってくれませんか…」
確かに、見上げてくる目元が淡く上気している。潔癖なほどいつもきっちりしめられているワイシャツのボタンが開いているのにも気付き、エリックは色を変えた。よほど体調が悪いに違いない。
「分かった。歩けるか?抱いていこうか?」
「いえ、肩を貸してください」
「じゃ、掴まれ。今連れていってやる」
密着した部分はスーツの布越しからも、熱を帯びているのが分かった。力なく歩くアランに気を遣いながら、エリックは外れにある医務室までアランと共に歩いた。ドアを開け、アランをベッドに座らせてから、閉める。
「大丈夫か、横になれ、アラン」
アランの両肩に掌を置き覗き込むエリックに、しかしアランは見上げ、我知らず取って置きの願いを吐息にのせた。
「エリック…キスして…」
「は?!」
驚いてアランの正気を疑うエリックに、アランは頬を染めつつも先を続けた。
「香水の香りが…何だか…モヤモヤするんだ…」
それを聞いて、エリックはやや呆れた風に嘆息した。具合が悪いのではないと知って、安堵したのかもしれない。
「馬鹿。そりゃモヤモヤじゃなくて、ムラムラって言うんだよ」
「え…」
勇気を振り絞った結果、いなされてアランは真っ赤になって俯いた。だがすぐにエリックが、両掌でアランの顎をすくい上げる。合った視線は、いつになく暖かく温んでいた。