スノウ・ウィンターフォール(ゆき様)
* * *
翌日。死神派遣協会、回収課。エリックは、回収から帰って来たその足で、喫煙室へと向かっていた。もはや永い間の習慣で、何も考えずとも、庶務課にデスサイズを預けた後は、フロアの狭い一室に足が向く。
人間界と同じく死神界でも禁煙の風潮が強いので、そこは男性が5人も入れば手狭になってしまうような、小さな一室だった。その為、限られた喫煙者同士、世間話を交わす内に、自然と親しくなってしまう。先客には、ロナルドと同期のスノウ・ウィンターフォールがいた。甘いベビーフェイスに似合わず、彼も、エリックを上回る『ヘビー』が付く喫煙者だった。ベビーフェイスを馬鹿にされたくなくて吸い始めたなれの果てだとは、スノウだけが知る事だ。
「よ。スノウ」
気安く声をかけながら、部屋に入る。
「あ、エリック先輩。お疲れ様です」
仕事をしてる時間と煙草を吸っている時間が同程度なんじゃないかと思えるほどのスノウは、何本目なのか、吸い殻を捨て、もう一本を取り出している所だった。エリックもスーツのポケットに手を入れるのを見て、スノウは懐からマッチを取り出した。「マッチで吸った方が煙草が上手い」というのはスノウの持論で、またそれを他者にも勧めていたので、スノウがいる時は、決まって彼が火を点けてくれるのだった。
シュッ、と小気味良い微かな音と煙を立て、スノウがマッチを擦る。花開くように炎が上がり、やがて細く揺れた。それに、長身をかがめてエリックが火を点す。
「ん。さんきゅ」
「いえ」
いつもの事なので、短く交わす。スノウは、幾分かしおれてちびちびと煙草を吸うエリックに、常ならぬものを感じて、すぐに声をかけた。それほど分かりやすかったのだ。
「あれ、エリック先輩?何かあったんですか?」
「ああ、大事件だ」
ため息と共に言葉を吐き出す。
「聞いてくれよ」
エリックは、哀れっぽい声を出した。
「アランが、禁煙しろって言うんだ」
「えっ?!アラン先輩が?何でまた?」
まさか『キスさせて貰えないから』とは言えないから、言い訳でストレスを発散する。
「アイツ、煙草大っ嫌いなんだ。服や髪に匂いが付いてて臭いってよぉ…」
スノウは、筆記評価トリプルAで後輩にも柔らかなアランに、憧れていた。自分もヘビースモーカーな為、思わず慌てる。
「え、アラン先輩、ひょっとして俺の事も言ってました?!」
「あ、いや。パートナーでいつも一緒にいるから、だろうよ」
『トホホ』と言わんばかりに肩を落とし、左手に持った、もう空に近いボックスタイプの箱をカラカラと振って見せる。
「まずは一日ひと箱、って没収されちまった」
それが、エリックがちびちびと煙草を吸う理由だったのだ。更に情けない声を出す。
「明日は、半箱だとよ…」
「ええーっ?!」
禁煙するにしても、ペースが早過ぎる。煙草はおろか酒さえも滅多に呑まない、優等生のアランならではの考えだった。
「それで、禁煙出来るんですかエリック先輩」
「アランは吸った事ねぇから分かってないんだ。そんな急にやめられるモンじゃねぇよなぁ」
「そうですよ。ちゃんと説明した方が良いんじゃないですか」
「俺が何言っても、聞く耳持たずなんだ」
「じゃあ、俺が…」
言ってしまってから、大して親しくもないアランにそんな事を言う権利なんてない、とすぐに声はしぼんだが、エリックにとっては渡りに船だった。パッと顔を上げ輝かす。
「頼めるか?助かる!」
エリックはすっかり乗り気だった。僅かに慌てたスノウだが、憧れのアランと親しくなれるチャンスかもしれない、という考えも頭をもたげてしまった。
(そうだ…。エリック先輩ほど親しくなるのは無理だけど、アラン先輩と話せるんなら…)
「分かりました。任せてください!」
翌日。死神派遣協会、回収課。エリックは、回収から帰って来たその足で、喫煙室へと向かっていた。もはや永い間の習慣で、何も考えずとも、庶務課にデスサイズを預けた後は、フロアの狭い一室に足が向く。
人間界と同じく死神界でも禁煙の風潮が強いので、そこは男性が5人も入れば手狭になってしまうような、小さな一室だった。その為、限られた喫煙者同士、世間話を交わす内に、自然と親しくなってしまう。先客には、ロナルドと同期のスノウ・ウィンターフォールがいた。甘いベビーフェイスに似合わず、彼も、エリックを上回る『ヘビー』が付く喫煙者だった。ベビーフェイスを馬鹿にされたくなくて吸い始めたなれの果てだとは、スノウだけが知る事だ。
「よ。スノウ」
気安く声をかけながら、部屋に入る。
「あ、エリック先輩。お疲れ様です」
仕事をしてる時間と煙草を吸っている時間が同程度なんじゃないかと思えるほどのスノウは、何本目なのか、吸い殻を捨て、もう一本を取り出している所だった。エリックもスーツのポケットに手を入れるのを見て、スノウは懐からマッチを取り出した。「マッチで吸った方が煙草が上手い」というのはスノウの持論で、またそれを他者にも勧めていたので、スノウがいる時は、決まって彼が火を点けてくれるのだった。
シュッ、と小気味良い微かな音と煙を立て、スノウがマッチを擦る。花開くように炎が上がり、やがて細く揺れた。それに、長身をかがめてエリックが火を点す。
「ん。さんきゅ」
「いえ」
いつもの事なので、短く交わす。スノウは、幾分かしおれてちびちびと煙草を吸うエリックに、常ならぬものを感じて、すぐに声をかけた。それほど分かりやすかったのだ。
「あれ、エリック先輩?何かあったんですか?」
「ああ、大事件だ」
ため息と共に言葉を吐き出す。
「聞いてくれよ」
エリックは、哀れっぽい声を出した。
「アランが、禁煙しろって言うんだ」
「えっ?!アラン先輩が?何でまた?」
まさか『キスさせて貰えないから』とは言えないから、言い訳でストレスを発散する。
「アイツ、煙草大っ嫌いなんだ。服や髪に匂いが付いてて臭いってよぉ…」
スノウは、筆記評価トリプルAで後輩にも柔らかなアランに、憧れていた。自分もヘビースモーカーな為、思わず慌てる。
「え、アラン先輩、ひょっとして俺の事も言ってました?!」
「あ、いや。パートナーでいつも一緒にいるから、だろうよ」
『トホホ』と言わんばかりに肩を落とし、左手に持った、もう空に近いボックスタイプの箱をカラカラと振って見せる。
「まずは一日ひと箱、って没収されちまった」
それが、エリックがちびちびと煙草を吸う理由だったのだ。更に情けない声を出す。
「明日は、半箱だとよ…」
「ええーっ?!」
禁煙するにしても、ペースが早過ぎる。煙草はおろか酒さえも滅多に呑まない、優等生のアランならではの考えだった。
「それで、禁煙出来るんですかエリック先輩」
「アランは吸った事ねぇから分かってないんだ。そんな急にやめられるモンじゃねぇよなぁ」
「そうですよ。ちゃんと説明した方が良いんじゃないですか」
「俺が何言っても、聞く耳持たずなんだ」
「じゃあ、俺が…」
言ってしまってから、大して親しくもないアランにそんな事を言う権利なんてない、とすぐに声はしぼんだが、エリックにとっては渡りに船だった。パッと顔を上げ輝かす。
「頼めるか?助かる!」
エリックはすっかり乗り気だった。僅かに慌てたスノウだが、憧れのアランと親しくなれるチャンスかもしれない、という考えも頭をもたげてしまった。
(そうだ…。エリック先輩ほど親しくなるのは無理だけど、アラン先輩と話せるんなら…)
「分かりました。任せてください!」