スノウ・ウィンターフォール(ゆき様)
【bitter】
ベランダの手すりにもたれ、眼下に広がる夜景を眺めながら、エリックは紫煙をくゆらせていた。デートはいつもアランのアパートだったが、アランは喫煙しない為、ベランダに出るのが暗黙のルールになっている。
「ハ…ブハックシュッ!」
底冷えのするようになってきた季節、エリックは豪快にくしゃみをした。ズズ、と鼻をすすりあげながらも、携帯灰皿に吸殻を入れ、三本目に火を点けようとする。しかし、それを聞きつけたアランがベランダのドアを開け、エリックの背に声をかけた。
「エリック。風邪ひくぞ。もう入りなよ」
アランは見かけによらず、頑固者だ。心配そうな声音は、断れば説教に変わるだろう。エリックは咥えていた、まだ火の点らぬ煙草を箱にしまい直し、素直にその忠告に従う事にした。何だかんだ言って、口では勝てない。
「ああ…そうだな」
確かに冷えきった身体の肩をすくめ、招き入れられるままに部屋に戻る。アランはベランダのドアとカーテンを閉めると、エリックと並んでソファに座った。
「エリック。最近、また煙草の量増えてないか?身体に悪いぞ」
一日に二箱は軽く吸うヘビースモーカーなエリックに対し、アランは常にそんな言葉をかける。だが今日は、常より一言多かった。
「なぁエリック………禁煙しないか?」
「え?何だよいきなり」
驚くエリックの顔を、アランは下から覗き込むようにして話す。表情はエリックの身体を気遣い、いつになく曇っていた。
「身体に悪い」
正論を言い出したらきかない性格のアランに、エリックは若干焦る。もう何百年も喫煙してきた。突然やめろと言われても、それは難しい話だ。
「君が心配なんだよ…エリック」
だが愛情からくるその言葉に、心は動かされる。至近距離で囁かれ、エリックは思わずその顎を捉えていた。
「アラン…」
ついばむ様に口付け、徐々に深くなる。甘い呻きをアランが漏らした。
「ん…っ……ん!んん!」
しかしエリックの首に回していた両手を、彼の肩にかけ、アランは突然腕の中で暴れた。何事かと、エリックは若干驚いて身を離す。アランのしかめられた表情を覗き込み、
「どうしたアラン?苦しいのか?」
「んー…苦いっ!」
エリックの心配を余所に、アランは思い切り、添っていた身を剥がした。エリックは日ごろ煙草を吸った後うがいをする習慣だったが、今日はそれを忘れていた事に気付いた。
「悪りぃ、アラン」
「苦いエリックは嫌いだ!」
──ガーン。そんな効果音が聞こえたような気がした。付き合い始めてから、すぐに煙草は『苦手』だと告げられたので、気を付けていたのだが。こんなにハッキリ、『嫌い』だと言われたのは初めてだった。
「エリック。禁煙して!」
その夜は、それっきり、アランは不機嫌なままだった。歯を磨いてからキスしようとしても、「禁煙して」の一点張りで、耳を貸さない。エリックの憂鬱以上に、アランの拒絶の方が大きな夜となった。
ベランダの手すりにもたれ、眼下に広がる夜景を眺めながら、エリックは紫煙をくゆらせていた。デートはいつもアランのアパートだったが、アランは喫煙しない為、ベランダに出るのが暗黙のルールになっている。
「ハ…ブハックシュッ!」
底冷えのするようになってきた季節、エリックは豪快にくしゃみをした。ズズ、と鼻をすすりあげながらも、携帯灰皿に吸殻を入れ、三本目に火を点けようとする。しかし、それを聞きつけたアランがベランダのドアを開け、エリックの背に声をかけた。
「エリック。風邪ひくぞ。もう入りなよ」
アランは見かけによらず、頑固者だ。心配そうな声音は、断れば説教に変わるだろう。エリックは咥えていた、まだ火の点らぬ煙草を箱にしまい直し、素直にその忠告に従う事にした。何だかんだ言って、口では勝てない。
「ああ…そうだな」
確かに冷えきった身体の肩をすくめ、招き入れられるままに部屋に戻る。アランはベランダのドアとカーテンを閉めると、エリックと並んでソファに座った。
「エリック。最近、また煙草の量増えてないか?身体に悪いぞ」
一日に二箱は軽く吸うヘビースモーカーなエリックに対し、アランは常にそんな言葉をかける。だが今日は、常より一言多かった。
「なぁエリック………禁煙しないか?」
「え?何だよいきなり」
驚くエリックの顔を、アランは下から覗き込むようにして話す。表情はエリックの身体を気遣い、いつになく曇っていた。
「身体に悪い」
正論を言い出したらきかない性格のアランに、エリックは若干焦る。もう何百年も喫煙してきた。突然やめろと言われても、それは難しい話だ。
「君が心配なんだよ…エリック」
だが愛情からくるその言葉に、心は動かされる。至近距離で囁かれ、エリックは思わずその顎を捉えていた。
「アラン…」
ついばむ様に口付け、徐々に深くなる。甘い呻きをアランが漏らした。
「ん…っ……ん!んん!」
しかしエリックの首に回していた両手を、彼の肩にかけ、アランは突然腕の中で暴れた。何事かと、エリックは若干驚いて身を離す。アランのしかめられた表情を覗き込み、
「どうしたアラン?苦しいのか?」
「んー…苦いっ!」
エリックの心配を余所に、アランは思い切り、添っていた身を剥がした。エリックは日ごろ煙草を吸った後うがいをする習慣だったが、今日はそれを忘れていた事に気付いた。
「悪りぃ、アラン」
「苦いエリックは嫌いだ!」
──ガーン。そんな効果音が聞こえたような気がした。付き合い始めてから、すぐに煙草は『苦手』だと告げられたので、気を付けていたのだが。こんなにハッキリ、『嫌い』だと言われたのは初めてだった。
「エリック。禁煙して!」
その夜は、それっきり、アランは不機嫌なままだった。歯を磨いてからキスしようとしても、「禁煙して」の一点張りで、耳を貸さない。エリックの憂鬱以上に、アランの拒絶の方が大きな夜となった。