レオナルド・F・ライファス(シオン様)
* * *
──ピッ、ピッ、ピッ…。
協会の医務室で怪我の手当てを受けた後、ロナルドとレオナルドは、一休みもせずにウィリアムが入院した病室に来ていた。見舞い客用のパイプ椅子に並んでかけ、ウィリアムが目を覚まさないよう、ひそひそと語り合う。
「レオ、言いたい事をハッキリ言う癖、直した方が良いぞ」
「癖じゃありません。性格なんです、仕方ないでしょう?」
「でもその性格のせいで、死に損なったんだ。せめて上司にはオブラートに包め」
「私の事より、ロナルドはウィリアム先輩の心配をしてください」
「レオ…スピアーズ先輩じゃないけど、全く…って言いたくなる男だな。お前のそういう所、忘れてたよ」
そう、レオナルドは生真面目さにおいては、ウィリアムに引けを取らぬ頑固さだった。軽く頭を抱えるロナルドに、レオナルドがその端正な目元を笑み崩れさせる。
「それでロナルド、スピアーズ先輩は大丈夫なんですね?」
医務室での治療が早く終わり、一足先に病院に来てウィリアムの病状の説明を受けていたロナルドが、顔を上げる。
「ああ、頭部の打撲と小さな切り傷だけで、後は脳震盪と慢性疲労で眠ってるだけらしい。打撲性ショックの無呼吸は、マウストゥマウスの処置が早かったから良かったって…」
レオナルドが、その切れ長の黄緑を、僅かに見開いた。
「ロナルド…マウストゥマウスしたんですか?」
「え?うん」
その反応に違和感を感じほぼ同じ高さの視線を合わせると、レオナルドは揶揄するような口調で言った。
「気付いてないんですか?」
「?何が」
「ロナルド、ウィリアム先輩とキス、したんですよ」
「えっ…」
ウィリアムを救う事で頭がいっぱいで、そんな事は思いも寄らなかったロナルドは、無意識に掌で唇を覆った。自他共に認めるプレイボーイの筈のロナルドの頬が、ほんのりと桜色に染まっていた。
「バッ…!お前なあ、そんな事考えてる場合じゃ…!」
「顔が赤いですよ、ロナルド」
楽しそうに肩を揺らしながら、レオナルドはスッと立ち上がった。
「では、明日の朝礼の準備をしなければなりませんから、私は先に失礼させて頂きますね。ロナルド、ウィリアム先輩。お大事に」
「えっ…!」
その言葉にベッドを見ると、ウィリアムは茫と瞳を開いていた。まだ意識のハッキリしないウィリアムに頭を下げ、レオナルドは出て行ってしまう。
ウィリアムの頭には包帯が巻かれ、検査のため病衣に着替えさせられており、革手袋を外された細い指が、僅かに虚空をさ迷った。
「すみません、眼鏡を…」
死神はシネマティックレコードが見える代わりに、総じて近眼だが、ウィリアムは特にドの付く近眼だった。何も見えないのだろう。
「ああ、はい」
ロナルドは慌てて、サイドテーブルに置かれていたウィリアムの眼鏡を、その手に握らせる。
「ありがとうございます………ロナルド・ノックス」
眼鏡をかけて幾度か目をしばたたいた後、視線も辺りにさ迷わせて、ウィリアムはようやく気付いたように、ロナルドの名前を呼んだ。普段七三にきっちりと整えられた髪は、寝乱れていて、寝起きの表情はいつもの厳しいおもてではなく、仄かに上気していて艶っぽかった。
「は、はい。スピアーズ先輩、大丈夫ですか?」
先の会話も手伝って、いささかギクシャクと問う。
「確か…大回収で…。貴方が助けてくれたんでしたね、ロナルド・ノックス」
「あ、はい。怪我はさせちゃいましたけど…すみません」
「いえ。レオナルド・F・ライファスが帰ったという事は、軽症なのでしょう。ありがとうございました、ロナルド・ノックス」
こんな時に出されるレオナルドの名前にも嫉妬心が動いて、ロナルドは、つい押し黙った。ウィリアムが、ふとロナルドを目にとめる。
「あ…すみません」
「え?」
「貴方が助けてくれたんでしたね…マウストゥマウスで」
「えっ?!あ、あのっ…!すみません!!」
何処から会話を聞かれていたか判別がつかず、ロナルドは真っ赤になって何故か謝ってしまった。
「レオナルド・F・ライファスは仕事を任せられる相手ですが、命を預けられる相手は、貴方だけです。ロナルド・ノックス」
「え…?」
何だか告白されたような気分になって、ロナルドは分かりやすくうろたえた。
(先輩、やっぱり頭打ってどっかおかしくなったんじゃ…)
「…ファーストキスでした」
「へ?!」
「キス、したんでしょう?それとも、事故扱いですか?」
ウィリアムのいつもは鋭い眼光が、色を含んで黄緑の燐光を放っていた。桜色の薄い唇は言葉を発する度に微かに蠢き、まるでロナルドを誘っているように見えた。確かにその色香を感じ取り、ロナルドは腹をくくった。
「いえ。しました。キス。…でも先輩は、覚えてないでしょう?」
視線が、薄っすら開いた唇に釘付けになっている事は、見上げる形のウィリアムにはバレバレだろう。
「もう一回…ちゃんとして良いですか?」
「他に何か言っておく事はありませんか?」
「スピアーズ先輩…好きです!付き合ってください!!」
見詰めていた唇が、弓のようにしなった。初めて見る、ウィリアムの儚い微笑みに、ロナルドは確かに興奮を覚えていた。
「お受けしましょう。ロナルド・ノックス」
と言って、瞳が閉じられる。ロナルドは、初めて女性とキスした時以上に緊張しながら、ベッドに横たわるウィリアムの唇に自らのそれを近付けた。しばらく触れ合ってchu、と小さくリップ音が鳴り、ロナルドは騒ぐ鼓動を隠すように、心臓に片手を当てた。ウィリアムは、そっと腕を伸ばしてロナルドのブロンドに指をかけ、より深い口付けを求めて、囁いた。
「それだけですか…?」
「先輩、駄目っス、ここ病院ですよ」
「何を考えているんですか?キスだけ、ですよ」
「でもコレ以上したら、俺、我慢できないっス!」
再び、ウィリアムの桜色がしなった。
「仕方のないヒトですね。では、続きは、退院してからにしましょう」
「お、俺、失礼します!」
フレンチキスだけで熱くなってきた下肢を隠す為、ロナルドは唐突に病室を出て行った。後には、乱れ髪のウィリアムが取り残された。白く細い人差し指と中指で今しがた触れたばかりの唇をなぞり、ウィリアムはポツリと独りごちた。
「逃がしませんよ…ロナルド・ノックス」
End?
──ピッ、ピッ、ピッ…。
協会の医務室で怪我の手当てを受けた後、ロナルドとレオナルドは、一休みもせずにウィリアムが入院した病室に来ていた。見舞い客用のパイプ椅子に並んでかけ、ウィリアムが目を覚まさないよう、ひそひそと語り合う。
「レオ、言いたい事をハッキリ言う癖、直した方が良いぞ」
「癖じゃありません。性格なんです、仕方ないでしょう?」
「でもその性格のせいで、死に損なったんだ。せめて上司にはオブラートに包め」
「私の事より、ロナルドはウィリアム先輩の心配をしてください」
「レオ…スピアーズ先輩じゃないけど、全く…って言いたくなる男だな。お前のそういう所、忘れてたよ」
そう、レオナルドは生真面目さにおいては、ウィリアムに引けを取らぬ頑固さだった。軽く頭を抱えるロナルドに、レオナルドがその端正な目元を笑み崩れさせる。
「それでロナルド、スピアーズ先輩は大丈夫なんですね?」
医務室での治療が早く終わり、一足先に病院に来てウィリアムの病状の説明を受けていたロナルドが、顔を上げる。
「ああ、頭部の打撲と小さな切り傷だけで、後は脳震盪と慢性疲労で眠ってるだけらしい。打撲性ショックの無呼吸は、マウストゥマウスの処置が早かったから良かったって…」
レオナルドが、その切れ長の黄緑を、僅かに見開いた。
「ロナルド…マウストゥマウスしたんですか?」
「え?うん」
その反応に違和感を感じほぼ同じ高さの視線を合わせると、レオナルドは揶揄するような口調で言った。
「気付いてないんですか?」
「?何が」
「ロナルド、ウィリアム先輩とキス、したんですよ」
「えっ…」
ウィリアムを救う事で頭がいっぱいで、そんな事は思いも寄らなかったロナルドは、無意識に掌で唇を覆った。自他共に認めるプレイボーイの筈のロナルドの頬が、ほんのりと桜色に染まっていた。
「バッ…!お前なあ、そんな事考えてる場合じゃ…!」
「顔が赤いですよ、ロナルド」
楽しそうに肩を揺らしながら、レオナルドはスッと立ち上がった。
「では、明日の朝礼の準備をしなければなりませんから、私は先に失礼させて頂きますね。ロナルド、ウィリアム先輩。お大事に」
「えっ…!」
その言葉にベッドを見ると、ウィリアムは茫と瞳を開いていた。まだ意識のハッキリしないウィリアムに頭を下げ、レオナルドは出て行ってしまう。
ウィリアムの頭には包帯が巻かれ、検査のため病衣に着替えさせられており、革手袋を外された細い指が、僅かに虚空をさ迷った。
「すみません、眼鏡を…」
死神はシネマティックレコードが見える代わりに、総じて近眼だが、ウィリアムは特にドの付く近眼だった。何も見えないのだろう。
「ああ、はい」
ロナルドは慌てて、サイドテーブルに置かれていたウィリアムの眼鏡を、その手に握らせる。
「ありがとうございます………ロナルド・ノックス」
眼鏡をかけて幾度か目をしばたたいた後、視線も辺りにさ迷わせて、ウィリアムはようやく気付いたように、ロナルドの名前を呼んだ。普段七三にきっちりと整えられた髪は、寝乱れていて、寝起きの表情はいつもの厳しいおもてではなく、仄かに上気していて艶っぽかった。
「は、はい。スピアーズ先輩、大丈夫ですか?」
先の会話も手伝って、いささかギクシャクと問う。
「確か…大回収で…。貴方が助けてくれたんでしたね、ロナルド・ノックス」
「あ、はい。怪我はさせちゃいましたけど…すみません」
「いえ。レオナルド・F・ライファスが帰ったという事は、軽症なのでしょう。ありがとうございました、ロナルド・ノックス」
こんな時に出されるレオナルドの名前にも嫉妬心が動いて、ロナルドは、つい押し黙った。ウィリアムが、ふとロナルドを目にとめる。
「あ…すみません」
「え?」
「貴方が助けてくれたんでしたね…マウストゥマウスで」
「えっ?!あ、あのっ…!すみません!!」
何処から会話を聞かれていたか判別がつかず、ロナルドは真っ赤になって何故か謝ってしまった。
「レオナルド・F・ライファスは仕事を任せられる相手ですが、命を預けられる相手は、貴方だけです。ロナルド・ノックス」
「え…?」
何だか告白されたような気分になって、ロナルドは分かりやすくうろたえた。
(先輩、やっぱり頭打ってどっかおかしくなったんじゃ…)
「…ファーストキスでした」
「へ?!」
「キス、したんでしょう?それとも、事故扱いですか?」
ウィリアムのいつもは鋭い眼光が、色を含んで黄緑の燐光を放っていた。桜色の薄い唇は言葉を発する度に微かに蠢き、まるでロナルドを誘っているように見えた。確かにその色香を感じ取り、ロナルドは腹をくくった。
「いえ。しました。キス。…でも先輩は、覚えてないでしょう?」
視線が、薄っすら開いた唇に釘付けになっている事は、見上げる形のウィリアムにはバレバレだろう。
「もう一回…ちゃんとして良いですか?」
「他に何か言っておく事はありませんか?」
「スピアーズ先輩…好きです!付き合ってください!!」
見詰めていた唇が、弓のようにしなった。初めて見る、ウィリアムの儚い微笑みに、ロナルドは確かに興奮を覚えていた。
「お受けしましょう。ロナルド・ノックス」
と言って、瞳が閉じられる。ロナルドは、初めて女性とキスした時以上に緊張しながら、ベッドに横たわるウィリアムの唇に自らのそれを近付けた。しばらく触れ合ってchu、と小さくリップ音が鳴り、ロナルドは騒ぐ鼓動を隠すように、心臓に片手を当てた。ウィリアムは、そっと腕を伸ばしてロナルドのブロンドに指をかけ、より深い口付けを求めて、囁いた。
「それだけですか…?」
「先輩、駄目っス、ここ病院ですよ」
「何を考えているんですか?キスだけ、ですよ」
「でもコレ以上したら、俺、我慢できないっス!」
再び、ウィリアムの桜色がしなった。
「仕方のないヒトですね。では、続きは、退院してからにしましょう」
「お、俺、失礼します!」
フレンチキスだけで熱くなってきた下肢を隠す為、ロナルドは唐突に病室を出て行った。後には、乱れ髪のウィリアムが取り残された。白く細い人差し指と中指で今しがた触れたばかりの唇をなぞり、ウィリアムはポツリと独りごちた。
「逃がしませんよ…ロナルド・ノックス」
End?