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レオナルド・F・ライファス(シオン様)

*    *    *

列車の脱線事故、と聞いた時から、嫌な予感がしていた。大量の死亡予定者が見込まれるが、回収課は常に人手不足だ。ロナルドとウィリアムが、たった二人、その担当者になっていた。

現場に着くと、すでに列車が横転し、シュウシュウと黒い煙を吐いている。助けを求める呪詛のような呻き声が蔓延し、列車の周りは大回収特有の死の臭いに溢れていた。ウィリアムとロナルドは、それぞれのデスサイズを構え、気合いを入れる。

「行きますよ。ロナルド・ノックス!」

「はい、スピアーズ先輩!」

レオナルドと一杯だけグラスを共にしてから初めて、ウィリアムとパートナーを組んでの仕事だった。協会内とは違い、現場では互いに背中を守る関係性だ。ロナルドは、この仕事を『仕事』としか考えていなかったので、何処か心の片隅が嬉しさを覚えるのを禁じえなかった。

だが、次々と人生のエンドマークを迎える人間たちを前にして、忙しさにそんな想いも消えてしまう。突然の事故に、自分が死んでしまった事を受け入れられない人間のシネマティックレコードの暴走は激しくなり、ウィリアムが叫んだ。

「ロナルド・ノックス!一分間、任せられますか?伝書鳩を飛ばします!」

協会との連絡手段は、鳩だった。それを、ウィリアムがスーツの胸元から出すのが見える。

「はい!了解っス!」

こうなる事を予想して、初めから応援要請の手紙をしたためていたウィリアムが、伝書鳩を空に放つ。鳩は上空に幾らか羽ばたいて、やがて時空の裂け目をくぐったように空に溶けた。

「先輩、危ないっ!!」

伝書鳩に一瞬気を取られたウィリアムの背後に、暴走したシネマティックレコードが迫っていた。それは迷いなく、ウィリアムの心臓を狙っている。ロナルドが咄嗟に体当たりしてウィリアムを吹き飛ばし、一難はさったが、更に一難が待っていた。ロナルドに標的を変え、襲い掛かってくる触手状のフィルムが、彼の上腕を深々と突き刺す。

「ぐっ…!」

その鋭い痛みと溢れる血しぶきに怯んだのは一瞬の事で、ロナルドは芝刈り機型のデスサイズを持ち上げフィルムを刃に噛ませると、ギュルギュルと渡り合った。

「うるぁっ!」

気合い一閃、回転する刃でそれを引き裂くと、シネマティックレコードはやがて白く輝く球形の魂となって、大人しくロナルドの手中に収まった。

しかし体当たりした時に、横倒しになっていた列車上にいたウィリアムが上ってくる気配がなく、ロナルドは慌てて死角になっている列車の下を覗き込んだ。

「スピアーズ先輩っ!」

ウィリアムは、雨上がりのぬかるんだ地面に泥まみれになって倒れ、頭から出血していた。頭部の傷は、小さくても思わぬ大出血を起こす事がある。潔癖なほど身だしなみに気を使う彼が、泥水に浸かったままピクリとも動かない事に焦っていた。

「スピアー…」

「ロナルド!!」

フォン、と時空を裂く音が少し離れた場所からしたと同時に、目の前を三角刃が横切り、迫っていたシネマティックレコードが両断された。引かれていった三角刃に繋がるチェーンの先には、頭を巡らせるより早く、レオナルドがいる事が分かっていた。

「レオ!助かった!…お前が、応援か?」

「ええ。私などですみませんが、上司命令です」

レオナルドはロナルドの方を見ず、チェーンを振り回し必死にシネマティックレコードと戦いながら言う。

(馬鹿な…!レオナルドは、筆記はトリプルAだけど、実技はCだぞ?!)

呆気に取られるロナルドに、レオナルドが自嘲する。

「「偉そうな事ばかり言っていないで、たまには現場に行ってこい」と、上司に命令されました。口は災いの元、ですね。…ウィリアム先輩は?」

「あ…!この下だ。回収は俺がするから、レオはウィリアムさんを協会に連れて帰ってくれ」

「怪我でも?」

「頭を打って、気を失ってる」

「じゃあ、ロナルドが行ってください。帰ってくるまで、ここは私が抑えます…ツッ」

言っているそばから、フィルム状の刃に頬を掠められ、流麗なカーヴに血が一筋滴り落ちる。サイドだけやや長い髪の毛も、数本持っていかれてハラリと風に散った。

「馬鹿、無理するなっ…」

芝刈り機型のデスサイズで応援しようとした瞬間、キッパリとした言葉が返ってきた。

「馬鹿はどちらですか!大切なヒトが危ないかもしれないんでしょう?それにロナルド、貴方も怪我をして、止血が必要です。ハッキリ言って、足手纏いなんですよ!!」

今まで聞いた事もない怒号を浴びせられ、ロナルドは立ち尽くした。

(そうだ…スピアーズ先輩…!)

「早く行ってください!」

「恩にきる、レオ!」

嵩張るデスサイズはそのままに、ロナルドは列車から身軽に飛び降りる。泥溜まりに横たわるウィリアムを乾いた草の上に移動させて、怪我の具合を確かめる。頭部以外に出血はなかったが、全身を打ったショックか、呼吸が止まっている事に、ロナルドは蒼くなった。

迷わずにウィリアムの白い喉を仰け反らせ、鼻を摘んで深く口付け、マウストゥマウスで息を吹き込む。唇に耳を寄せ呼吸音を確かめ、何度か繰り返すと、

「…く、かはっ…」

小さく咳き込んで、ウィリアムは息を吹き返した。ロナルドは胸に手を当て、心底、安堵の吐息をつく。霞んでいた視界が次第にハッキリすると、触れそうなほど近くにロナルドの顔が覗き込んでいて、ウィリアムは思わず彼の口元を覆って弱々しく押し返した。その手を、ロナルドが握る。

「スピアーズ先輩、分かりますか?ロナルドっス、怪我の手当ての為に、いったん協会に戻ります!」

微かに頷くと、眼前のロナルドの顔が、嬉しそうに笑みを称えた。ロナルドはウィリアムの手を握ったまま、死神界に転移した。

赤黒い染みをスーツに付けたウィリアムを担いで、自身も左腕から血を滴らせ協会のエントランスに入ると、それに気が付いた少数の死神が、ざわめいてかけ寄ってくる。

「スピアーズ先輩、頭打って一分くらい息止まってるんで、念のため病院で検査してあげてください。俺は、止血さえすれば大丈夫…誰か、タオルかハンカチ貸してください!」

受付嬢がハンカチで肩を縛り止血してくれた途端、ウィリアムを病院へ、と念を押して立ち上がる。現場には今、レオナルドしかいないのだ。

すぐに人間界に転移すると、その動きから深い傷はないようだが、スーツをボロボロにしたレオナルドが見えた。

走って行って置き去りにしたデスサイズを掴んだが、レオナルドは襲い掛かってくるシネマティックレコードから身を守るのに必死で、ロナルドが戻ってきた事にも気が付いていないようだった。

「レオ、引け!俺が前に出る!」

「ロナルド!大丈夫ですか?」

「止血はした、引け!」

「はい!」

レオナルドはチェーンを振り回し身を守りながら、じりじりと後ずさる。ロナルドは勢いを付けてデスサイズを押し一気に前に出て、次々と魂を狩っていった。

十数年ぶりだったが、新人時代、実技Aのロナルドが回収を行い、その背をレオナルドが守る陣形は身体が覚えていて、実に百数十におよぶ魂を、二人は傷を追いながら回収し終えたのだった。
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