レオナルド・F・ライファス(シオン様)
【フレンチキスから始めましょう】⚠ロナウィル⚠
今日もロナルドは、回収課での朝礼の後、ウィリアムと肩を並べて管理課への道のりを歩んでいた。本来なら庶務課へデスサイズを取りに行くのが正解なのだろうが、最近は気になる事があって、ロナルドはまず管理課に立ち寄る事にしていた。
「今日は何ですか、ロナルド・ノックス」
そして毎回律儀に、ウィリアムはその真を問う。
「何かなくちゃ、管理課行ったらいけませんか?俺たち、パートナーなんスよ」
「それはそうですが…」
ウィリアムは、言とは裏腹に、納得のいかない瞳の色でロナルドをチラリと盗み見る。
「おはようございます、ウィリアム先輩。ロナルド」
管理課の入り口をくぐると、待っていたようにすぐ声がかかった。ロナルドの『気になる事』。まさに彼が、そのヒトだった。ロナルドとは同期で、課は分かれたが、新人教育時代に一時的にパートナーを組んだ相手でもあった。
「おはようございます、レオナルド・F・ライファス」
「おはよう、レオ」
ウィリアムはフルネームで、ロナルドはニックネームで対照的に呼ぶ彼は、深い海の色を思わせるような青みがかったブルネットの短髪に切れ長の瞳、女性と見紛う端正な容貌を持つ、管理課のルーキーだった。
新人時代にパートナーだったロナルドとは比較的うまくいっていたが、顔に似合わず言いたい事はハッキリ言う質なので、彼には敵も多い。ただでさえウィリアム以来、新人からいきなりの管理課配属で目立つレオナルドの才覚に、やっかみが半分以上を占める陰口が叩かれるのは、仕方のない事なのかもしれなかった。
「レオナルド・F・ライファス。昨日お渡しした書類は、読んで頂けましたか?」
「はい、ウィリアム先輩。要約して、五ページの会議資料用に再構成しておきました」
「助かります。庶務課に、コピーをお願いしましょう。ロナルド・ノックス」
「あ、はい」
立ち入る隙のない二人の会話を茫洋と聞いていたロナルドは、急に名前を呼ばれて若干驚きウィリアムを見上げた。
「貴方、これから庶務課に行くんでしょう。これを庶務課に持って行って、コピーを頼んで頂けますか」
「え、はい。分かりました」
快くレオナルドから書類を受け取りながらも、ロナルドの笑顔の頬が、ほんの少しヒクッ、と引きつった。
「頼みます。ロナルド」
「ああ、レオ」
ロナルドの表情を見て、レオナルドは目礼して書類を託す。ロナルドとレオナルドが『比較的』うまくいっている、としたのには理由があった。
今やロナルドは合コンに、レオナルドは残業にと忙しくそんな暇はなかったが、かつて新人時代にバーで呑んだ時に、レオナルドはウィリアムに憧れている、と言っていた。その願いを叶えウィリアムに頼りにされているのだが、ロナルドもまた、パートナーとして任につく内、ウィリアムに仕事上のパートナー以上のものを感じるようになっていた。
(レオには仕事を任せて、俺は雑用係かよ…)
そんな風に皮肉っぽく思った心の内を見透かすように、レオナルドは視線を送ってきたのだ。その切れ長の涼しげな目元には、確かに詫びが込められていた。生真面目なレオナルドの性格が、そんな所に顕著になってきたこの頃だった。
「じゃ、スピアーズ先輩、任されました。レオもな」
「お願いします、ロナルド」
普通なら険悪になっても不思議ではない二人だったが、互いに頭の回転が速く観察眼の鋭い彼らだからこそ、こうして笑みを交わせるのだ。間に挟まったウィリアム本人だけが、仕事に気を取られて与り知らぬ事実なのだった。
* * *
そんな日が幾年か過ぎた頃、ロナルドは気付き始める。己のこの、モヤモヤとした気持ちの正体に。
(あれ…もしかして俺…レオに嫉妬してる?)
始めは、パートナーの自分よりレオナルドを頼りにしているウィリアムへの、他愛のないヤキモチだと思っていた。だが、合コンに行ってもピンとくる相手が見付からない事が多くなり、そんな時次第にウィリアムの顔が浮かんでくるようになって、ようやく気付いた事実だった。紛れもなくそれは、初めて感じる、どす黒い『嫉妬』と呼ぶに相応しい感情だった。
気付いてからは早かった。秘書課の死神に、ウィリアムは本当に仕事にしか興味がないのか、恋人はいないのか、端正な顔立ちのレオナルドを恋愛対象として見てはいないのか──協会内のゴシップにも詳しい女子派遣員に聞いて回って、奔走した。
やがて、ウィリアムを手伝って残業する事の多いレオナルドを、ロナルドは一階のエントランスで辛抱強く待ち伏せ、背後からかけ寄ってその腕を取った。当然、レオナルドは驚いて振り返る。
「…ロナルド。どうしたんですか」
「レオ、今夜空いてるか?今から、ちょっと呑まないか」
大きな黄緑の瞳は燐光を放って、常ならぬ無表情をより真剣に見せていた。
(この誘いは断ってはいけない)
レオナルドはすぐに悟った。何か大きな理由があると。
「…ええ。あまり遅くまでは呑めませんが、一杯で良いのなら。久しぶりですし、奢りますよ」
「いや、俺から誘ったんだ、俺が奢るよ」
ロナルドより幾分か高い肩を並べて歩き出しながら、レオナルドはふと遠い目をして微笑んだ。
「いえ。確か…十年と三十二日前に呑んだ時は、ロナルドの奢りでした。今夜は、私に奢らせてください」
「よく覚えてるな。じゃあ、十二年と百五十五日前、百ポンド貸したのも覚えてるだろうな?」
「嘘ですね。そんな事実はありません」
二人は顔を見合わせて、久しぶりに屈託のない笑みを浮かべた。いつしか、何処かすれ違い始めていた筈の同期の距離は、そのジョークで一気に二人をパートナーだった頃の新人時代に戻したのだった。
揃って一人前の死神になれた夜、二人で祝杯をあげた思い出のバーに、敢えてロナルドはレオナルドを導いた。あの時と同じカウンターの隅に座り、高級な銘柄のシャンパンを二杯頼む。レオナルドの明晰な頭脳は、その時交わした言葉を覚えていた。
「あの時は、安物のシャンパンでした」
「ああ。いつかこのバーで一番高いシャンパン呑もうって、約束したよな」
「ロナルドも、覚えていたんですね」
嬉しそうにそう言って、レオナルドは乾杯、とグラスを掲げた。同じようにグラスを掲げ、ロナルドも乾杯、と返してシャンパンを口に含む。十年ぶりに『戦友』とも呼べる友と呑むシャンパンは、一瞬目的を忘れさせるほど美味だった。
「…で?今日は、どんな話があるんですか?」
レオナルドから水を向けられて、ハッとロナルドは緩んでいた頬に力を入れた。口論になるのも覚悟していた当初の心構えとは変わってしまった気持ちに戸惑いながらも、ジッとレオナルドの瞳を見詰める。
「簡潔で、結構ですよ」
「…レオ。スピアーズ先輩が…好きなのか?」
文字通り、ロナルドは簡潔に言った。予想していたように、レオナルドがふっと笑む。
「ええ。好きですよ」
「本気で?」
「十年前と同じ気持ちです。私は、ウィリアム先輩のような死神になりたいと思っています」
その言い方に、ロナルドが懐深くを探る。
「それは憧れてる、って事か?」
「ええ。貴方とは違う『好き』です。安心してください」
(気付かれてたのか…!)
レオナルドの何もかもを見透かしたような微笑に、ロナルドは思わず顔の下半分を黒革手袋で覆って絶句した。レオナルドは、反比例して朗らかに話す。
「応援します、ロナルド。ロナルドが、誰か一人に執着するようになるなんて、思ってもみませんでした」
「レオ…」
「ふふ、礼は要りませんよ。ロナルドが私に直接そんな事を聞くなんて、よほど本気なんだと分かりますから」
レオナルドは、シャンパンを煽った。ザルのロナルドと遜色なく楽しめるほど、レオナルドは酒に強かった。
「じゃあ悪いけどロナルド。明日も早いから、これで失礼します。また、呑みましょうね」
約束通り支払いはレオナルドが済ませ、二人はそれぞれ帰路についた。最後に一度、握手を交わして。
今日もロナルドは、回収課での朝礼の後、ウィリアムと肩を並べて管理課への道のりを歩んでいた。本来なら庶務課へデスサイズを取りに行くのが正解なのだろうが、最近は気になる事があって、ロナルドはまず管理課に立ち寄る事にしていた。
「今日は何ですか、ロナルド・ノックス」
そして毎回律儀に、ウィリアムはその真を問う。
「何かなくちゃ、管理課行ったらいけませんか?俺たち、パートナーなんスよ」
「それはそうですが…」
ウィリアムは、言とは裏腹に、納得のいかない瞳の色でロナルドをチラリと盗み見る。
「おはようございます、ウィリアム先輩。ロナルド」
管理課の入り口をくぐると、待っていたようにすぐ声がかかった。ロナルドの『気になる事』。まさに彼が、そのヒトだった。ロナルドとは同期で、課は分かれたが、新人教育時代に一時的にパートナーを組んだ相手でもあった。
「おはようございます、レオナルド・F・ライファス」
「おはよう、レオ」
ウィリアムはフルネームで、ロナルドはニックネームで対照的に呼ぶ彼は、深い海の色を思わせるような青みがかったブルネットの短髪に切れ長の瞳、女性と見紛う端正な容貌を持つ、管理課のルーキーだった。
新人時代にパートナーだったロナルドとは比較的うまくいっていたが、顔に似合わず言いたい事はハッキリ言う質なので、彼には敵も多い。ただでさえウィリアム以来、新人からいきなりの管理課配属で目立つレオナルドの才覚に、やっかみが半分以上を占める陰口が叩かれるのは、仕方のない事なのかもしれなかった。
「レオナルド・F・ライファス。昨日お渡しした書類は、読んで頂けましたか?」
「はい、ウィリアム先輩。要約して、五ページの会議資料用に再構成しておきました」
「助かります。庶務課に、コピーをお願いしましょう。ロナルド・ノックス」
「あ、はい」
立ち入る隙のない二人の会話を茫洋と聞いていたロナルドは、急に名前を呼ばれて若干驚きウィリアムを見上げた。
「貴方、これから庶務課に行くんでしょう。これを庶務課に持って行って、コピーを頼んで頂けますか」
「え、はい。分かりました」
快くレオナルドから書類を受け取りながらも、ロナルドの笑顔の頬が、ほんの少しヒクッ、と引きつった。
「頼みます。ロナルド」
「ああ、レオ」
ロナルドの表情を見て、レオナルドは目礼して書類を託す。ロナルドとレオナルドが『比較的』うまくいっている、としたのには理由があった。
今やロナルドは合コンに、レオナルドは残業にと忙しくそんな暇はなかったが、かつて新人時代にバーで呑んだ時に、レオナルドはウィリアムに憧れている、と言っていた。その願いを叶えウィリアムに頼りにされているのだが、ロナルドもまた、パートナーとして任につく内、ウィリアムに仕事上のパートナー以上のものを感じるようになっていた。
(レオには仕事を任せて、俺は雑用係かよ…)
そんな風に皮肉っぽく思った心の内を見透かすように、レオナルドは視線を送ってきたのだ。その切れ長の涼しげな目元には、確かに詫びが込められていた。生真面目なレオナルドの性格が、そんな所に顕著になってきたこの頃だった。
「じゃ、スピアーズ先輩、任されました。レオもな」
「お願いします、ロナルド」
普通なら険悪になっても不思議ではない二人だったが、互いに頭の回転が速く観察眼の鋭い彼らだからこそ、こうして笑みを交わせるのだ。間に挟まったウィリアム本人だけが、仕事に気を取られて与り知らぬ事実なのだった。
* * *
そんな日が幾年か過ぎた頃、ロナルドは気付き始める。己のこの、モヤモヤとした気持ちの正体に。
(あれ…もしかして俺…レオに嫉妬してる?)
始めは、パートナーの自分よりレオナルドを頼りにしているウィリアムへの、他愛のないヤキモチだと思っていた。だが、合コンに行ってもピンとくる相手が見付からない事が多くなり、そんな時次第にウィリアムの顔が浮かんでくるようになって、ようやく気付いた事実だった。紛れもなくそれは、初めて感じる、どす黒い『嫉妬』と呼ぶに相応しい感情だった。
気付いてからは早かった。秘書課の死神に、ウィリアムは本当に仕事にしか興味がないのか、恋人はいないのか、端正な顔立ちのレオナルドを恋愛対象として見てはいないのか──協会内のゴシップにも詳しい女子派遣員に聞いて回って、奔走した。
やがて、ウィリアムを手伝って残業する事の多いレオナルドを、ロナルドは一階のエントランスで辛抱強く待ち伏せ、背後からかけ寄ってその腕を取った。当然、レオナルドは驚いて振り返る。
「…ロナルド。どうしたんですか」
「レオ、今夜空いてるか?今から、ちょっと呑まないか」
大きな黄緑の瞳は燐光を放って、常ならぬ無表情をより真剣に見せていた。
(この誘いは断ってはいけない)
レオナルドはすぐに悟った。何か大きな理由があると。
「…ええ。あまり遅くまでは呑めませんが、一杯で良いのなら。久しぶりですし、奢りますよ」
「いや、俺から誘ったんだ、俺が奢るよ」
ロナルドより幾分か高い肩を並べて歩き出しながら、レオナルドはふと遠い目をして微笑んだ。
「いえ。確か…十年と三十二日前に呑んだ時は、ロナルドの奢りでした。今夜は、私に奢らせてください」
「よく覚えてるな。じゃあ、十二年と百五十五日前、百ポンド貸したのも覚えてるだろうな?」
「嘘ですね。そんな事実はありません」
二人は顔を見合わせて、久しぶりに屈託のない笑みを浮かべた。いつしか、何処かすれ違い始めていた筈の同期の距離は、そのジョークで一気に二人をパートナーだった頃の新人時代に戻したのだった。
揃って一人前の死神になれた夜、二人で祝杯をあげた思い出のバーに、敢えてロナルドはレオナルドを導いた。あの時と同じカウンターの隅に座り、高級な銘柄のシャンパンを二杯頼む。レオナルドの明晰な頭脳は、その時交わした言葉を覚えていた。
「あの時は、安物のシャンパンでした」
「ああ。いつかこのバーで一番高いシャンパン呑もうって、約束したよな」
「ロナルドも、覚えていたんですね」
嬉しそうにそう言って、レオナルドは乾杯、とグラスを掲げた。同じようにグラスを掲げ、ロナルドも乾杯、と返してシャンパンを口に含む。十年ぶりに『戦友』とも呼べる友と呑むシャンパンは、一瞬目的を忘れさせるほど美味だった。
「…で?今日は、どんな話があるんですか?」
レオナルドから水を向けられて、ハッとロナルドは緩んでいた頬に力を入れた。口論になるのも覚悟していた当初の心構えとは変わってしまった気持ちに戸惑いながらも、ジッとレオナルドの瞳を見詰める。
「簡潔で、結構ですよ」
「…レオ。スピアーズ先輩が…好きなのか?」
文字通り、ロナルドは簡潔に言った。予想していたように、レオナルドがふっと笑む。
「ええ。好きですよ」
「本気で?」
「十年前と同じ気持ちです。私は、ウィリアム先輩のような死神になりたいと思っています」
その言い方に、ロナルドが懐深くを探る。
「それは憧れてる、って事か?」
「ええ。貴方とは違う『好き』です。安心してください」
(気付かれてたのか…!)
レオナルドの何もかもを見透かしたような微笑に、ロナルドは思わず顔の下半分を黒革手袋で覆って絶句した。レオナルドは、反比例して朗らかに話す。
「応援します、ロナルド。ロナルドが、誰か一人に執着するようになるなんて、思ってもみませんでした」
「レオ…」
「ふふ、礼は要りませんよ。ロナルドが私に直接そんな事を聞くなんて、よほど本気なんだと分かりますから」
レオナルドは、シャンパンを煽った。ザルのロナルドと遜色なく楽しめるほど、レオナルドは酒に強かった。
「じゃあ悪いけどロナルド。明日も早いから、これで失礼します。また、呑みましょうね」
約束通り支払いはレオナルドが済ませ、二人はそれぞれ帰路についた。最後に一度、握手を交わして。