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レイ・ハーモニー(零音様)

【水中花】⚠アラエリ⚠※R18※

死神派遣協会、眼鏡課。今日もレイ・ハーモニーは死神の命、眼鏡を直していた。課長でありながら誰よりも実務をこなす、おやっさんことローレンス・アンダーソンは有給の為、ナンバー2の実力と目されるレイは、始業から大忙しだった。

「…出来た…」

フレームの研磨機に長身の背を丸めていたレイは、始業から実に三時間ぶりに一息ついた。長く伸ばされて後ろで一纏めにされたプラチナブロンドをしゃらりと揺らすと、傍らで待っていた派遣員に眼鏡を手渡し、凝り固まった自らの肩を揉む。休憩しようと立ち上がりかけたが、叶わずまたすぐに眼鏡課のドアは開いた。

入ってきたのは、エリックだった。目が合うと、その偶然に二人は目を見開く。今手が空いているのはレイだけなので、必然的にエリックはレイの元へ足を運んだ。

「やあ、エリック。久しぶりだな」

「ああ。頼みます」

遠目に目礼を交わす事はしょっちゅうだったが、こうして面と向かうのは、二年ぶりだった。

エリックがサングラスを外して渡すと、早速レイは目をすがめて眼鏡の状態を確かめる。

「フレームの中心が傷ついて、歪みが出てるな…。三分待ってくれ」

そう言うと、再びレイは研磨機に向かう。言葉通り、ものの三分で修理を終えると、改めて立ち上がってサングラスをエリックに手渡した。エリックを抜くほどの長身だが、きっちりと締められたネクタイは、性格の違いだろう。

「エリック。久しぶりついでに、今夜呑まないか」

「えっ…」

数瞬エリックはひどく驚いて目を見張ったが、やがて真摯な態度でその誘いを了承した。

「分かった、レイさん」

「良かった。あのバーで」

「ああ、あそこで」

そう約束をして、エリックが回収課に帰ると、アランが嬉しそうにやってきた。

「エリックさん。今日、報告書が少ないんで、定時で帰れそうなんです。一緒に帰りませんか?」

(間が悪いな…)

エリックは、ポケットに突っ込んでいた片手を出して、顔の前に拝むように立てた。

「悪りぃアラン、先約がある。知ってるだろ?眼鏡課のレイさん」

「あ、はい」

レイの事は、アランも眼鏡を直してもらった事があり、エリックと話しているのを見た事があったから、知っていた。

だが先約があっても必ずといって良いほどアランを優先してきたエリックだったから、アランはやや驚きつつも返した。

「分かりました。呑みすぎないでくださいね、エリックさん」

「ああ、悪りぃな」

エリックは回収に出て、アランは今日付けの報告書をこなす。やがて終業が近付き、アランはデスクを整頓し始めた。そこへ、ロナルドがやってきた。

「アラン先輩、助けてくださーいっ!」

「ロナルド。合コンか?」

よくある事だった。この時間にロナルドがアランに声をかけるといえば、合コンの数合わせか、残業の肩代わり、どちらにしろ合コン絡みだった。

「報告書、あとたった二枚なんです!お願いします!」

たった二枚なら、さほど時間もかからないだろうが、合コンの花形でいたいロナルドには、貴重な時間なのだろう。

(エリックが遅いなら、早く帰っても意味ないしな…)

そう思い、アランは嫌な顔ひとつせずに笑顔で引き受けた。

「良いぞ、ロナルド。やっておくから、今度奢れよ」

「助かるっス!今度可愛いコ紹介しますから!」

二枚の報告書を渡すがいなや、ロナルドは脱兎のごとく去っていった。

(…可愛いコなんて、紹介して貰わなくても、間に合ってるけど)

アランは、エリックの上気した顔を思い出して、ふふと笑い、二枚の報告書を片付けた。時刻は六時半。協会を出ると、薄闇に点々と電灯が灯り始める頃だ。

だがその光の輪のひとつの中に、エリックを見付けて、アランは足を止めた。エリックは、薄紫の花をたわわに付ける、ライラックの花束を持っていた。

アランでさえ、花なんか貰った事がない。もしや相手は女性では、と思うのと同時に、殆ど無意識に後をつけていた。やがてエリックは、アランの知らない一軒のバーに入っていく。

ややあってそうっとそのドアを薄く開くと、一番奥のカウンターにレイが見えた。エリックは、こちらに背を向けて立っている。アランは、ドアの隙間に滑り込むと、レイとエリックの背が見える、一番奥のテーブル席についた。ガラス玉を繋げたロープカーテンに仕切られていて、まず見付かる事はないだろう。

店内に流れているジャズのBGMや喧騒に紛れて声は聞こえなかったが、エリックがレイに花束を渡すのが見えた。

(エリック…!)

物理的に心臓が痛い。しかしそんなアランの不安は知らず、二人はおよそこれから呑もうという死神の顔色も見せずに座った。

「ライラック…『思い出』か。ありがとう、エリック」

「ここに来るのは、五十年ぶりだ」

「ああ、エリックは来てないんだったな…。俺は、二~三ヶ月に一度だ」

「あの頃と同じ頻度だな」

レイは、儚く自嘲する。

「呆れたかい?」

「いや、気持ちは……少し分かる」

「気持ちが分かる、と言い切ってしまわない所が、君の優しさだな」

エリックは小さく肩を竦めた。

「今日は、ニッキーの命日だ。久しぶりついでに、懐かしい話でもしないか」

「ああ…」

バーボンを片手に遠くを見ながら、レイはポツリポツリと語り始めた。
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