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【解けない魔法】

「アラン、好きだ。付き合ってくれ」

 そう告白したのが、四月一日の午前十時。ずっと気持ちを抑えてきたが、他の回収課員の冗談に見せていたアランの眩しい笑顔が絶えきれなくて、パッションのまま屋内階段に呼び出しての告白だった。

「……」
「……」

 午後十二時半。告白した途端アランは機嫌を悪くして、現在に至る。話しかけてもなしのつぶてで、だが離れていくという訳でもなく、無言で向かい合って社食をつつく。わざとステーキセットを頼もうとしたら「肉ばかりで身体に悪い」といつものように止められたので、嫌われたという訳でもないらしい。

「生姜焼きセット、豚汁が美味いよな」
「……」
「でも野菜がちょっと多いから、アランに少しやるよ」
「駄目です。野菜もバランスよく食べないと」
「そ、そうか」

 なんだってんだ。告白をした瞬間眉間にしわが寄ったから、それが原因なのは間違いない。だが告白への返事はなく、俺を嫌っている訳でもない。なんだってんだ。分からん。味気のない昼飯を終えて、並んで回収課に向かう。その途中、たまらず俺はまたアランを屋内階段に導いた。向かい合ったアランは目を逸らし、不機嫌だった眉頭を泣きそうにも見える角度に寄せた。

「アラン」
「種明かしですか?」
「あ?」

 種明かし。その言葉には覚えがない。

「種明かしってなんだ? ……って、お、おい、泣くなアラン」

 心底悲しそうにこぼれる大粒の涙をなだめようと、俺は思わずアランを柔らかく抱き寄せた。一瞬離れようとする力が働くが、やがておずおずと手が上がって俺のスーツの裾を掴む。

「どうしたんだ? 俺、考えなしに告白しちまったからよ。なにか傷付けたなら悪かった」
「……種明かしじゃないんですか?」
「その種明かし、ってのが分からない」
「じゃあ……嘘じゃないんですか?」

 震える声がいたたまれなくて、チョコレートブラウンの後頭部を撫でる。

「嘘? 嘘なんか吐く訳ないだろう?」
「だって……」

 グスグスと洟をすすっていたアランが、不意に小さく噴き出した。

「そっか……」
「どういうことだ?」

 手がまた少し上がって、俺のひじにかかる。左頬が胸に着いていて、近過ぎて表情は見えなかった。

「今日は、なんの日?」
「えっ。た、誕生日は先月だったよな」

 アランはまた吐息で笑った。誕生日プレゼントを贈ったことはなく、誰の誕生日も把握していないはずの俺の言だ。

「嬉しい。俺の誕生日、知ってたんだ」
「いや、その」
「で」
「あ?」
「今日はなんの日?」
「あー……分からん」

 いくら考えたって、分からないものは分からない。俺は早々に諦めた。腕の中でアランが身じろいで、その汗ばむような温もりに、今更心臓がギクシャクと騒ぎ出す。

「今日は、エイプリルフールだぞ」
「あー」

 意外過ぎる言葉に、ため息をつく。アランの声はもういつものように落ち着いていて、距離の近さに甘えてぽつりぽつりと紡がれる。

「午前中に嘘を吐いて、午後に種明かしをする日。だから俺、君が嘘を吐いたと思ったんだ。午後に俺を笑いものにする気なんだって」
「そんな訳ないだろう」

 アランをなだめるためというより、心地よさに後頭部をゆっくりと撫で続ける。

「君……誰かが泣いたら、いつもこんな風にするの?」
「んなことねえよ。他の誰の涙にも、動揺したことなんかない。お前が……その、好きだから、咄嗟に抱き締めちまった。お前が初めてだ」
「じゃあ……好きって、ほんと?」

 身長差のあるアランの顔が、上向いた。十センチの距離で目が合う。

「ほんとだ」

 言いながら、待ちきれずに顔を傾けると、唇に下から四本の指がかかってブロックされた。吐息でささやかれる。

「駄目。まだ、返事してない」
「じゃあ、もう一回言う。アラン、好きだ。付き合ってくれ」

 黄緑が大きく微笑んだ。

「……はい。ん……」

 ブロックされていた手の平を握って離し、反対の手では後れ毛に指を絡めて、身長差を角度を付けることで埋める。唇が触れ合った。

「ん……はぁ……」

 アランが小さく呻く。俺は意外と冷静だった。まだ午後の仕事がある。ここで溺れてしまう訳にはいかない。数回ついばんで、静かに離れる。逆にアランが追いかけてきて、俺は口角を上げながらその前髪に長く口付けた。

「アラン。今日、飲まないか」
「うん。飲めないけど」
「じゃあ、家飲みしようぜ。泊めてくれるか?」
「え……それって」

 見る見るうちに、アランが耳まで赤くなる。俺は喉の奥で忍び笑った。

「お前のために、オブラートに包んだんだけどな。そういうことだ。だけど」

 革手袋の人差し指で、真っ赤な鼻の頭にちょんと触れる。

「お前が受け入れられなかったら、ちゃんと待つ。身も心も、その気になったときにな」
「その気にさせたくせに……」

 俺は可笑しくてたまらない。

「おい、おいアラン」
「え?」
「煽るのはよせ。痛いって言っても止まってやれなくなる。他の男にゃ聞かすんじゃねえぞ、そんな台詞」
「こんなこと言うの、君にだけだよ。だからもう一回だけ……な?」

 アランの手が俺の頬に添えられる。俺たちはもう一度優しく触れるだけのキスをして、今夜のデートに思いを馳せた。午後はアランのイージーミスが多くなって、分かりやすくてかわいい奴だと、俺はノートパソコンの陰でほくそ笑んでいた。

End.
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