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【共犯者】

 初めて君を見たとき、強いひとだと思った。自信に満ちていて、ポジティブで、言いたいことがきちんと言えて。
 だけど今、俺の腕の中で震えている君は、まるで迷子の子犬みたいだ。
 コーンロウの金髪を、ゆっくりと、ゆっくりと撫でる。お洒落な君は普段髪の毛に触られることを嫌がったけど、屈んだ俺の胸に額を押し当ててジッとしてる。
 季節は春と言ってもよかったが、今夜は冬に逆戻りしたような気温だ。薄暗い路地裏に、ふたり分の白い息が煙った。

    *    *    *

「エリック。ちょっといいかな」

 俺は、目線で回収課の出口を示す。ひとに聞かれたくないことは、鉄扉付きの屋内階段で話すようにしていた。
 エリックも心得ていて、すぐに肩を並べて回収課を出る。

「なんだ、どうしたんだ?」

 こころなしか声が弾んでいる。用件に心当たりがあるのだろう。
 屋内階段に着くと、俺は笑顔で小箱を差し出した。

「ホワイトデーだからな」

「さんきゅ。中身はなんだ?」

「マドレーヌ」

「そうかそうか」

 エリックの相好は崩れっぱなしだ。エリックは男らしい見た目に反して乙女なところがあったから、きっとホワイトデーにマドレーヌを贈る意味も踏まえているんだろう。

『あなたとより特別な関係を築きたい』

 それが、マドレーヌのお返し言葉だった。バレンタインデーにエリックになにか貰った訳じゃなかったから、厳密にはお返しとは言えないんだけど。
 大事そうに内ポケットにしまい、エリックはもう一度お礼を言った。

「ありがとな」

「あの」

「ん?」

「手紙が入ってるんだ。恥ずかしいから、家に帰ってから開けて」

「マジか。う~ん……善処する」

 エリックの返事は曖昧で逆に言わなければよかったかなと、ちくりと後悔する。
 その日はいつもと変わらずエリックを回収に送り出して、俺は事務仕事をして、彼の帰りを待った。

 だけど十六時を過ぎてもエリックは戻らなくて、なにかあったのだろうかと心配して伝書鳩に託すメモを書き始めたときだった。エリックからの伝書鳩が届いたのは。
 死神界と人間界はなんらかの障壁で隔てられていて、電波の類いは一切通じない。そのため、通信には伝書鳩を使う。
 俺はまず伝書鳩を拳で休ませ、左右に振られる小さな頭を人差し指で撫でた。労いと、不測の事態が書いてあった場合にも取り乱さないようにという、ルーティーンでもあった。
 
 伝書鳩の足にくくられた小さな筒から、紙片を取り出す。開くと、そこには見慣れたエリックの縦長の文字列が、雑然と並んでいた。書き殴ったのとも違う、冷静だけど乱れた心地を映したような。
 メッセージは短くて、読み終わった瞬間俺は勢いよく立ち上がった。車輪のついた椅子が後ろに押されてカラカラと音を立てる。
 そのまま俺は、雨のロンドンに飛び出していった。
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