【いつでも、何度でも】

    *    *    *

 思っていたよりダメージはデカく、次の日俺はアランを意識的に避けていた。アランもそれを感じ取っているのかなんなのか、いつものように寄ってこない。ついにひと言も話さないまま終業時間になったときは、絶望といってもいい気分になっていた。ああ……きっと、昨日の大根芝居を見抜かれたんだ。格好悪いと思われたに違いない。嫌われた……アランに嫌われた……。明日からなにを頼りに生きていったらいいんだ……。そう自問自答しながら、タイムカードを押して上がってきたカードを取るのを失念して呆然としていたとき、声がかかった。

「あ。エリックさん。お疲れ様です」

「……アラン。……アラン!?」

 目一杯ビビっていたら、またアランがくすりと笑った。もう二度と俺に向けられることはないと思っていた、朗らかで何処か悪戯っぽい笑顔。

「エリックさん、これ」

「あ……シャツ?」

 そう言えば昨日、ボタンが取れかかっているのを見付けて、アランが預かってくれたんだった。洗ってアイロンをかけたのか、新品みたいにぴんとしてる。そして、小奇麗な紙袋に入れられていた。

「これ、俺の気持ちです。エリックさんは甘いものが嫌いだから、チョコは渡しませんでした。代わりに、ボタンが取れそうになったら、いつでも俺が付けてあげます。いつでも。何度でも。……あ」

「ん?」

「エリックさん、コートのボタンも取れそうですよ。どうやったらそうなるんですか?」

 そう言って、俺の胸元にそっと触れる。その手を俺は強く掴んだ。驚くかと思ったが、アランはただ静かに俺と目を合わせていた。

「いつでも? じゃあ、コートのボタンはどうする? 代わりのコートがない」

 今度は大根芝居にならなかった。春の兆しが感じられるが、夜はまだ寒い。シャツみたいに、預けて帰る訳にはいかない。アランは、またあの悪戯っぽい笑顔を見せた。

「……仕方ありませんね。約束を破るのは嫌いです。『いつでも』と言いました。君の家で付けるから、エスコートして貰えますか?」

「……オーケイ」

 俺たちは丸一日ぶりに笑みを交わし、闇夜に紛れて帰り道を共にした。片思いが永遠になった夜のことだった。もうボタンをなくして、新しいシャツを買い直す心配はない。いつでも、何度でも。……永遠に。

End.
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