【涙と聖夜と情熱と】

「エリックが今眠ってるのは、オセロさんの薬ですか?」

「ご名答。中和剤を与えないと目が覚めない、睡眠薬を飲ませたんだ。はい、中和剤はこれ、アランチャン」

 笑顔で、高級な香水みたいなビンに少量入った液体を渡される。

「え? 俺?」

 思わず目を瞬くと、オセロさんが急に真剣な顔をして咳払いをひとつした。

「これは、アランチャンにしか出来ない重要なミッションなんだけどね」

「は、はい」

 思わず背筋が伸びる。エリックの上だったけど。

「その中和剤は、唾液と混ぜて患者に与えないと効かない薬なんだ。つまり?」

 俺は一瞬想像がつかなくてきょとんとしたけど、やがてその意味を理解して真っ赤になった。その顔色を観て、またオセロさんはにこやかに……だけど少し毒を含んだような形に笑う。

「流石アランチャン、察しが良いね。誰も居なくなったあと、お姫様を目覚めさせる王子様の役目が君ってことだ」

「おっ、王子……」

「じゃ、お邪魔虫は退散しまショ。あっ、アラン。メリークリスマス!」

「じゃあね、アランチャン。メリクリ!」

「あっハイ、メリークリスマスです……」

 ふたりが笑顔で手を振る余韻を残して、医務室のドアが閉まった。手の中には中和剤。眼下にはエリック。確かに最近エリックは顔色が悪かったけど、俺にさえなにも語ってくれなかった。一抹の寂しさを覚えつつも、やっぱりグレルさんが気を利かせてくれてよかったと思う。たっぷりぐっすり寝たお陰で、顔色はよくなり目の下のくまは消えている。『危篤』と読んだときは、俺がショック死するんじゃないかと思ったけど、君が生きているのを確認するまでは死ねない、と脳裏にかすめたのを覚えている。

 ゆっくりと。肌つやのいい頬に触れる。よく頑張ったねと前髪を撫でて。親指の腹で、少しかさついた唇をなぞる。俺は小ビンの蓋を開けると中身を一気に煽り、じわじわとエリックに近付いた。指で顎を押して唇を僅かに開かせ、そこに唇を合わせ中和剤を流し込む。エリックが忙しいせいで、最近は営みも減っていた。無意識下で、エリックを求めていたらしい。止められない。角度を変えて何度も口付け、ペロリと舐めて下唇をチュッと吸う。それは、俺がエリックを強請るときのキスだった。

 弛緩していた身体に力強さが急に戻り、胸の下で逞しい大胸筋が動くのが分かる。本当に、王子様のキスみたい。エリックの片手が俺の後ろ髪を掴み、片手が俺の脇腹から背中を情熱的にさまよった。

「アラン……アラン……」

「ん……エリック」

 お互いに、止められなかった。こんな悪い子にはサンタクロースは来ないだろうけど、火花が散るような求め合う熱量がクリスマスプレゼントで、この聖夜の全てなのだった。

 余談。翌日の朝刊では、屋根の上を飛び移る人影が多くのロンドン市民に目撃され、『今年のサンタクロースは、トナカイのブッキングに失敗したらしい』とユーモラスな記事が紙面を彩っていた。

End.
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