【涙と聖夜と情熱と】

    *    *    *

「ねぇエリックはともかく、アランはヤバくない? ちゃんと勤務医のリリィちゃんに連絡取った方がいいんじゃ……」

「彼女もギークだからね。ボーイズラブの方の。話が大きくなって、グレルチャンの気遣いが台無しになると思うけど」

 うつ伏せになった頭の上で、ひそひそと交わされる会話が耳に忍び入ってくる。

「んん……」

「あ」

「気が付いた? アランチャン」

「あ……はい」

 医務室の白い壁に乱反射する蛍光灯が眩しくて、目をしぱしぱさせる。なんだか凄く暖かい。視線を上から下に下ろして、俺は変な声を上げてしまった。――エリック! 俺は、病衣を着て仰向けで眠っているエリックの胸の上に、うつ伏せにくっついて寝ていたのだった。

「アランチャン、これ何本に見える?」

「えっ、とー……二本と、半分……?」

「正解。引っかからなかったね」

 目の前に、親指と人差し指を伸ばし中指は第二関節から折って差し出していたオセロさんは、悪びれずに笑う。大先輩だが、たまに子どもみたいな表情をすることがある。研究者は好奇心が大切なのかななんて納得してたけど、いざその好奇心が自分に向くと厄介だと知った。

「あ、あの、エリックって……本当に回復してるんですか!?」

「ああ……」

 今度はグレルさんが引き取る。

「ゴッメ~ン」

 語尾になにかしらのマークか絵文字が付いているような調子で詫びる。謝るってことは……。

「危篤は方便だけど、倒れたのはホントヨ。エリック無駄に丈夫で身体能力高いから、頼りにされるジャナイ? だからこの二ヶ月間休みなしで、今日の夕方に社食で、熱々のラーメン持ったままぶっ倒れたの。容体は軽いヤケドだけど、熱々かぶっても意識がないってヤバいジャナイ。だからオセロに診て貰ったの。勤務医のリリィちゃんはいつも不在だし」

「まあ、符合してるの『白衣』ってとこだけなんだけどね」

「はあ……そうですか……」

 俺はエリックの上で身を起こして、吐息をつく。医務室のベッドは勿論シングルだから、エリックの上から退こうとしたら、ベッドを降りなけりゃいけない。だから羞恥はあったけどそのまま数瞬安堵していた。

「あっ、アラン、ゴメンったら」

「ほらぁ。君のせいだよグレルチャン」

「謝るから! 泣かないで!」

「え……」

 自分で自分の頬に触れてみて、初めて涙に気が付いた。ぱたぱたとエリックの腹部に落ちて、病衣を濡らしていくほど大粒の。だけど俺は、笑った。泣きながら笑った。

「いえ。いいんです。むしろお礼を言わなきゃ。エリック、ひとに甘えるのが凄く苦手だから、困ってるひとに頼られたら応えちゃうんです。誰にも弱音を吐かないで、独りで抱え込んで。だから、本当に重大なことになる前に気付いて貰えてよかった。ありがとうございます。グレルさん、オセロさん」

 ふたりは顔を見合わせて、ホッとしたように微笑んだ。
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