【君といつまでも】
【日本 八月十六日】
ぼんやりと、昼過ぎに目を覚ます。体感的にはさっきまで一緒だったアランを探して、目が開かないまま手を伸ばした。だが空をかくばかりで、布団は冷たい。
ああ……そうか。帰ったんだな。アラン。
枕元にあったスマホを顔の上にかざして確認すると、十二時五十三分だった。
その流れで、写真フォルダを開く。一枚だけ一緒に撮った写真には、俺だけが笑顔で写ってた。不自然にあいた画面の半分に写っていたはずの顔を、鮮明に思い浮かべる。
突然だった。ダムが決壊するように、顎の先から悲しみがワナワナとせり上がってきて、黄緑の目から涙があふれる。俺はコーンロウの頭を抱えて、仰向けから横向きに丸まって、声を殺して号泣した。
十月三十一日。アメリカのハロウィン。
十一月二日。メキシコの死者の日。
八月十三日から十六日。日本のお盆。
どれも、亡くなったひとが現世に帰ってくる日だった。それは迷信ではない。何故なら俺は毎年その日、アランに逢っているからだ。
有給を取って、各地に向かう。特にアランが好きだった日本が好ましかった。
アランは毎年新鮮に、刺身が美味いと大騒ぎして、スクランブル交差点ではしゃぐ。楽しかった。アランが居てくれるそのときだけは。
この、アランに依存する人生にいつか見切りを付けなくてはいけないと思いながらも、アランに逢いにいかない選択肢は選べなかった。
日本には、野菜を動物に見立てて死者にかける言葉がある。
『キュウリの早馬でやってきて、ナスの牛でゆっくりお帰り』
帰ってくるときは早く逢いたいから早馬で駆けてきて、帰るときには牛に乗って現世を眺めながらゆっくり帰って欲しいという、亡くなったひとへ伝える気持ちだ。
この三~四年は、新型ウイルスの影響で死者が多い。
「……今年も早馬、渋滞してたんだな」
早馬を降りて走ってきたというアランの息遣いを思い出し、泣きながら小さく笑う。
そのまま小一時間、名残惜しく布団でゴロゴロして過ごし、蝉の鳴き声を聞いていた。
やがて喪服という戦闘服に身を包んで、俺は日本をあとにする。
ハロウィンまで。ハロウィンになれば。
鉛のように重い心を抱いて、見えないらせん階段を一段一段踏みしめながら、死神界に戻っていく。アランの居ない、非日常へ。
俺にとっては、アランが居るこの日々こそが日常だった。
「またな。……アラン」
虚空に呟く。蒸し風呂のような酷暑の日本の夏にあって、ヒヤリと涼しい風が頬をひと撫でしていった。アランの屈託のない笑い声が聞こえたような気がして、俺は振り返ってしばし雑踏に目を凝らすのだった。
「……またな……」
End.
ぼんやりと、昼過ぎに目を覚ます。体感的にはさっきまで一緒だったアランを探して、目が開かないまま手を伸ばした。だが空をかくばかりで、布団は冷たい。
ああ……そうか。帰ったんだな。アラン。
枕元にあったスマホを顔の上にかざして確認すると、十二時五十三分だった。
その流れで、写真フォルダを開く。一枚だけ一緒に撮った写真には、俺だけが笑顔で写ってた。不自然にあいた画面の半分に写っていたはずの顔を、鮮明に思い浮かべる。
突然だった。ダムが決壊するように、顎の先から悲しみがワナワナとせり上がってきて、黄緑の目から涙があふれる。俺はコーンロウの頭を抱えて、仰向けから横向きに丸まって、声を殺して号泣した。
十月三十一日。アメリカのハロウィン。
十一月二日。メキシコの死者の日。
八月十三日から十六日。日本のお盆。
どれも、亡くなったひとが現世に帰ってくる日だった。それは迷信ではない。何故なら俺は毎年その日、アランに逢っているからだ。
有給を取って、各地に向かう。特にアランが好きだった日本が好ましかった。
アランは毎年新鮮に、刺身が美味いと大騒ぎして、スクランブル交差点ではしゃぐ。楽しかった。アランが居てくれるそのときだけは。
この、アランに依存する人生にいつか見切りを付けなくてはいけないと思いながらも、アランに逢いにいかない選択肢は選べなかった。
日本には、野菜を動物に見立てて死者にかける言葉がある。
『キュウリの早馬でやってきて、ナスの牛でゆっくりお帰り』
帰ってくるときは早く逢いたいから早馬で駆けてきて、帰るときには牛に乗って現世を眺めながらゆっくり帰って欲しいという、亡くなったひとへ伝える気持ちだ。
この三~四年は、新型ウイルスの影響で死者が多い。
「……今年も早馬、渋滞してたんだな」
早馬を降りて走ってきたというアランの息遣いを思い出し、泣きながら小さく笑う。
そのまま小一時間、名残惜しく布団でゴロゴロして過ごし、蝉の鳴き声を聞いていた。
やがて喪服という戦闘服に身を包んで、俺は日本をあとにする。
ハロウィンまで。ハロウィンになれば。
鉛のように重い心を抱いて、見えないらせん階段を一段一段踏みしめながら、死神界に戻っていく。アランの居ない、非日常へ。
俺にとっては、アランが居るこの日々こそが日常だった。
「またな。……アラン」
虚空に呟く。蒸し風呂のような酷暑の日本の夏にあって、ヒヤリと涼しい風が頬をひと撫でしていった。アランの屈託のない笑い声が聞こえたような気がして、俺は振り返ってしばし雑踏に目を凝らすのだった。
「……またな……」
End.
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