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【君といつまでも】

【日本 八月十三日】

 久しぶりの出張だった。俺は旅館の部屋で胡座をかいて、所在なげにテレビなどを眺める。温泉にはもう入って、浴衣に着替えていた。
 日本支部への出張は少なくなかったから、温泉や浴衣のルールは理解している。
 たまに味わう畳や布団の感触は思いのほか心地良くて、日本支部への出張が決まると特にアランが喜んでいた。

「失礼致します」

 控えめなノックのあと、ふすまが開けられる。仲居と呼ばれる旅館の従業員だった。

「あの……お連れ様は、まだでしょうか?」

 何処か困ったような響きの質問に俺は慣れていて、淡々と応える。

「ああ、お待たせしてすみません。もうすぐ来ると思うので、料理を用意して貰えますか。布団は自分たちで敷きます」

「お気遣い、ありがとうございます。それでは、夕食をご用意させて頂きますね」

 木のローテーブルの上に、ふたり分の料理が次々と並べられる。
 初めてこれを見たときは到底食べられる量じゃないと驚いたが、食べ始めると上品な味付けでペロリと平らげてアランとふたり笑い合ったのを覚えている。
 やがて料理が全て揃うと、仲居は「ごゆっくり」と添えて出ていった。

 それから二分も経っただろうか。今度はノックなしに、ふすまが勢いよく開けられた。

「ごめーん! あ、ご飯待っててくれたんだ! ホントごめんエリック! 道がめちゃくちゃ渋滞してて、途中で降りて走ってきたんだ。ごめん!」

 早口にまくし立てるアランに俺はひとつ笑って、ゆったりと手招く。アランは、ぱあっと笑顔になって、俺の胸に飛び込んできた。
 本当に走ってきたのだろう。息が荒く、汗の香りが鼻腔をくすぐる。でも不快ではなかった。猫好きが猫を吸うように、俺はアランの体臭を深く吸い込む。

「大丈夫だ。たった今並べられたんだ。刺身の味が落ちるから、まずメシにしよう。お前、刺身好きだろ?」

「うん! お刺身大好き。毎年お刺身の美味しい旅館を取ってくれてありがとう、エリック」

 頬にアランの柔らかな唇が触れる。アランの方からスキンシップしてくるのはまれで、俺は口角を上げつつもアランの肩を軽く押し離す。

「こら。先にお前を食べたくなるだろ」

「ふふ。エリック、ストレート過ぎ。じゃ、食べよっか!」

 ひとくち食べるごとにわあわあと美味しさを寿ぎ、よく笑うお前の顔と向かい合って、時間をかけて刺身の美味い旅館を選んでよかったと目を細める。
 俺はお前の、そういう顔が見たかったんだ。
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