【絶対。】

「――ック。エリック」

「……ん?」

「もう、聞いてなかったのか?」

「わ、悪りぃ。何だって?」

「姉さんへのお土産は近くのケーキ屋で、シュークリームを買っていこうかなって」

「ああ、良いな。でもケーキでなくて良いのか? あそこのデコレーション、綺麗だろ」

「呆れた。初めから聞いてなかったのか。うちは貧乏だったから、あんまり高級なものを持っていくと、逆に怒られちゃうんだよ」

 俺がよく姉さんと、エリックのことを話していると伝えると、何故だか君は挨拶をしたいと言い出した。お世辞にも社交的とは言えないエリックに、何度も本気かと尋ねたけれど、生真面目な顔をして本気だと返される。

 俺は小さな頃に両親を亡くしていたから、肉親は姉さんの家族だけ。お返しに俺もご挨拶に行こうかなと提案したら、エリックは天涯孤独だと言っていた。天涯孤独。その言葉は、俺にはとても寂しく響く。何十年も、何百年も、たった独りで生きてきた君は、初めて会ったとき、手負いの獣のような目をしていた。同棲を始めて十数年。ようやく君が笑うようになったのが、嬉しいと感じていた矢先の出来事だった。

*    *    *

 当日、俺たちは死神派遣協会の制服である喪服ではなく、私服で家を出た。畏まらなくて良いと言ったのに、エリックはグレーのスーツにライトブルーのネクタイと、小綺麗に決めていた。俺は、ジーンズにカラーシャツ。何色にしようか迷って、ネクタイとお揃いのライトブルーにして、ちょっと笑った。ペアルックなんてね。職場恋愛がバレると面倒だから、ひたすらに隠していた頃を思い出す。今はもう、グレルさんに言い当てられて、公認の仲なのだけど。

「えっと、シュークリームを五つください」

 ケーキ屋で注文する俺に、エリックが不思議そうな顔をする。

「ひとつ多くねぇか?」

「あ、チビちゃんが居るんだよ」

「幾つだ?」

「確か、三歳ちょっとだったはず」

「じゃあ、まだシュークリームは上手く食えねぇな。プリンにした方が良いんじゃねぇか? お子様ランチにゃ、大抵プリンがついてるし」

 そう言って、生クリームが添えられたシンプルなプリンを、ガラスケース越しに指差す。

「そうか。すみません、シュークリーム四つと、プリンひとつにします」

 エリックは、ケーキ箱を当然のように受け取って店を出る。レディファーストのようにエリックは俺を甘やかしていたけれど、正直そんなこまやかな気遣いが出来るとは思っていなかった。俺の悪い癖で、エリックに対してはむくむくと興味がわいてしまう。

「エリック、優しいな」

「あ?」

「小さな子どもに気が付くなんて、尊敬する」

「ああ……弟が居たからな。年の離れた」

 弟さんのことを訊こうとして、君が天涯孤独だったことを思い出す。それを訊くことは、君にとって辛いことではないだろうか? そう考えて数瞬黙り込んでしまうと、エリックは前を向いたまま、穏やかに話し出した。横顔が、微かに微笑んでいる。

「四十以上、年の離れた弟でよ。おふくろが手の放せないときなんか、よく世話をしたもんだ。おふくろの手作りプリンが、大好きだった」

 確かに幸せに満ちた声音に、俺も安心して笑顔を向けた。

「そう。エリックの弟だから、可愛いんだろうな」

「何だそれ。まるで俺が、可愛いみたいじゃねぇか」

「エリックは可愛いぞ」

「馬鹿。からかうな」

「からかってない、本当だもん」
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