【ウェディング・ベル】

 ――――ハッ。……ハァッ、ハァッ。無音の部屋に、俺の荒い呼吸音と心臓の音だけが響く。少しのパニックのあと、そこが仮眠室だと気が付いた。

「夢……?」
 
 俺は横になったまま、頭を抱えた。こんな夢を見るなんて。狂ってる。俺は、エリックとパートナーになる前から、一見すると素行不良の彼を好もしいと思っていた。パートナーになると、もっと彼が見えてきて。誰よりも仕事が出来て、それだけじゃない。人を寄せ付けないような素振りを見せて、部下一人一人に目を向け、手を差し伸べる。彼のような死神になりたいと憧れた。憧れはすぐに恋に育って、瞬く間に愛に至る。叶わぬ愛は、身を滅ぼす猛毒だ。俺は夢の中よりもっと、ガタガタと震え、涙を零していた。

 だが、眠ったときは俺だけだった部屋の中に、衣擦れが聞こえた。マズい。誰か居る。寝言を聞かれたかも。嗚咽をこらえて、革手袋の手の平で口元を覆う。音は、カーテンで仕切られた隣のベッドからしていた。靴を履いたらしく、カツ、カツとゆっくり奥から入り口に向かう。そのまま……通り過ぎて、出て行ってくれ。聞かなかったことにして。祈るように思う。だけど、俺のベッドのカーテンが開けられて、心臓が口から飛び出しそうになった。

「俺も好きだぜ、アラン。……ん? どうした? 泣いてんのか?」

「エ、リック……?」

 エリックが心配そうに身を屈めて、頭を撫でてくれるから、俺は余計涙が止まらなくなってしまう。愛という猛毒は、すでに身体中に回りきっていたらしい。硬く目を瞑って、声を上げて小さな子どもみたいに泣く。

 五分だろうか、十分だろうか。あるいは、三十秒だったかもしれない。少し理性が戻ってきて、小さくしゃくり上げる俺の額に、湿った何かがそっと触れた。離れるときにリップノイズが聞こえて、驚いて目を開けると、もう一度確かに額にキスされた。

「どうしたんだ? ん?」

「え……いや、あの……」

 俺は真っ赤になって、額を押えた。エリックが、楽しそうに声を上げて笑う。そんな彼を見たのは、初めてだった。

「聞いてたか? 俺もお前が好きなんだ。そんなに泣くなよ」

「え……嘘……」

「嘘じゃねぇよ。両想いなんだから、付き合おうぜ。あ、これは合コンで知り合った女には絶対言わねぇことだから」

「え……」

「付き合って、頂けますか?」

 エリックが冗談めかして言うものだから、涙が吹き飛んで俺も少し笑ってしまった。

「え、はい。よろしく、お願いします……」

「OK。いい返事だ、アラン。バレンタインデーが記念日だなんて、覚えやすくてたすかる」

 まだ信じられなくて固まってる俺の顔中に、エリックがキスの雨を降らせる。

「いや、あの……ちょっと!」

 くすぐったくて、恥ずかしくて、俺もエリックの頬を押し上げながら笑い声を上げた。エリックは俺の髪を梳いてくれて、俺の好きな低音で、耳元で囁いた。

「ハッピーヴァレンタイン。アラン。ウイスキーボンボン買って、帰ろうな」

End.
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