連載【12月のDiary】
「……エリックさん。からかわないでください。俺、本気にしますよ」
「からかってない。本気だ」
アランの本気に引っ張られて、俺も白状してしまう。
「何年くらい、その約束は有効ですか?」
「あ?」
「俺。初めてヒトを好きになったんです。エリックさんにとって友情でも良いから、俺、その好意に溺れちゃいます。いっときの気まぐれで捨てられるくらいなら、はじめから希望なんかない方がいい。それくらい、真剣な恋なんです」
俺は一瞬、ポカンと口を開けて固まった。アランがこんなに、情熱的な奴だとは思ってなかった。俺に問うていた視線が、ふっと弧を描く。笑ったんだ。凄く、寂しそうに。
「すみません。こんなの、重いですよね。忘れてください」
そう言って目を伏せて、カクテル缶を開け、一気吞みしようとする。俺はようやく、テーブルの向かいに回り慌ててそれを制止した。
「おい待て、アラン。お前酒弱いだろ!」
「良いんです、離してください。新年早々、初めて好きになったヒトにフラれたんです。ヤケ酒くらいさせてください」
アランは本当に自暴自棄になっているようで、止めようとする俺の手を、思わぬ力で振りほどく。
「ちょ……やめろって!」
揉み合うアランの瞳から、涙が零れるのが見えた。瞬間、理性が一瞬はじけ飛ぶ。
「アラン!!」
考えるより先に身体が動いて、俺は力いっぱいアランを抱き締めていた。アランが吞もうとしていたカクテル缶が床に落ち、カーペットに中身がじわりと染み込んでいく。それでもまだアランは、抵抗していた。泣きながら。
「離してください……っ。同情されたい訳じゃ……んっ」
俺も、自分がこんなに情熱家だとは思ってなかった。少々乱暴なほどアランの後ろ髪を引き、仰け反らせるようにして口付ける。アランも驚いて目を見開いていたが、俺もだった。責められてもおかしくない自分勝手な行動に、驚いてゆっくりと身を離す。だが腕の中にアランが居るという光景は、俺にとって全く違和感のないものだった。今度は冷静に、ブラウンの長い前髪をかき上げ、愛情を込めて額に長く口付ける。リップノイズが響いた。
「……悪りぃ。ファーストキスが、無理矢理で。許してくれるか?」
顔を近付けて囁くと、アランはふにゃっと泣き笑いした。
「エリックさん、何処まで悪い男なんですか。先に質問したのは、俺です」
「ああ……答えは、『ずっと』だ」
「ずっと?」
「ああ。『永遠』と言っても良い。俺が死ぬまで、だ」
「……キス」
「ん?」
「キス。したい。ちゃんと」
「ん。目、つむれ」
俺たちは、十センチの距離で黄緑の視線を絡ませたまま、囁き合う。
「閉じなきゃ駄目?」
「いや、開けてたいんなら、良いけどよ……じゃ、するぞ」
アランは反射的なものか、一度目をつむったが、すぐに薄く目を開けた。
「ん」
上唇を食むと、小さく声を漏らす。こんなに気を遣ったキスは初めてだった。アランにとって『初めてのオトコ』の記憶が、悪いものにならないように。優しく触れ、食み、角度を変えて愛おしむ。考えるより先に腕が動いて、ブラウンの横髪をそっと撫でた。やがて唇から外れ、頬、額、と顔中にキスをする。アランがヒュッと息をつめた。キスだけで感じているのだろう。だが深追いはせずに、最後に瞼に口付けて身を離す。
「エリックさん、好きです」
「ああ」
「……ずるい」
「あ?」
「エリックさんは、どうなんですか」
ふと、いたずら心が働いた。
「さっき、タメ口だっただろ。タメ口きいたら、答えてやる」
アランはもどかしいのか、怒りではなく困ったように眉尻を下げた。
「エリックさん、好き?」
「エリック」
「エリック……好き」
「合格だ。俺も好きだ。愛してる。アラン」
上げていた顎を下げて、アランは俺の胸板に頬をつけた。
「本当に、ずっと?」
「ああ。俺も初恋だ」
「嘘。いつも合コン行ってたくせに」
「あれは欲を発散してただけだ。気持ちはない。お前のことは大切にしたいから、お前が望むまで待つつもりだ」
「エリックさ……エリック。良いよ」
だがその声も肩も、小刻みに震えていた。俺は思わず小さく笑って、抱き締める腕に柔らかく力を込める。
「嘘はお前だろ、アラン。こんなに震えてる。少し酒を吞んで……俺は帰る」
「嫌だ」
背中に回った腕に力がこもる。
「帰らないで、エリック。明日ひとりで目が覚めたら、夢だったって言われても反論出来ない」
いつもハキハキと明るいアランが、こんなにも恋に臆病だとは、知らなかった。俺を口角を上げつつも吐息する。
「分かった。じゃあ泊まる。ソファーにな」
それは俺にとって蛇の生殺しだったが、アランのためなら、ひと晩くらい徹夜したって構わない。あとからシャワーを浴びて俺がパンいちで出てくる頃には、アランはパジャマ姿でもうソファーに横になっていた。俺を待ってから寝ようとしたのだろう。俺は寝惚け眼のアランを静かに抱き上げて、シングルベッドに寝かしつけて離れようとした。
「エリック」
「ん?」
「おやすみの……キス」
寝息交じりにうつらうつらしているくせに、俺の手首を離さない。こりゃ、マジで蛇の生殺しだな。そっと唇を押し当てると、アランは幸せそうに眠りについた。聞き違いでなければ、大好き、と残して。眠ったアランの頬にもうひとつキスを残して、俺もソファーに横になった。
* * *
「からかってない。本気だ」
アランの本気に引っ張られて、俺も白状してしまう。
「何年くらい、その約束は有効ですか?」
「あ?」
「俺。初めてヒトを好きになったんです。エリックさんにとって友情でも良いから、俺、その好意に溺れちゃいます。いっときの気まぐれで捨てられるくらいなら、はじめから希望なんかない方がいい。それくらい、真剣な恋なんです」
俺は一瞬、ポカンと口を開けて固まった。アランがこんなに、情熱的な奴だとは思ってなかった。俺に問うていた視線が、ふっと弧を描く。笑ったんだ。凄く、寂しそうに。
「すみません。こんなの、重いですよね。忘れてください」
そう言って目を伏せて、カクテル缶を開け、一気吞みしようとする。俺はようやく、テーブルの向かいに回り慌ててそれを制止した。
「おい待て、アラン。お前酒弱いだろ!」
「良いんです、離してください。新年早々、初めて好きになったヒトにフラれたんです。ヤケ酒くらいさせてください」
アランは本当に自暴自棄になっているようで、止めようとする俺の手を、思わぬ力で振りほどく。
「ちょ……やめろって!」
揉み合うアランの瞳から、涙が零れるのが見えた。瞬間、理性が一瞬はじけ飛ぶ。
「アラン!!」
考えるより先に身体が動いて、俺は力いっぱいアランを抱き締めていた。アランが吞もうとしていたカクテル缶が床に落ち、カーペットに中身がじわりと染み込んでいく。それでもまだアランは、抵抗していた。泣きながら。
「離してください……っ。同情されたい訳じゃ……んっ」
俺も、自分がこんなに情熱家だとは思ってなかった。少々乱暴なほどアランの後ろ髪を引き、仰け反らせるようにして口付ける。アランも驚いて目を見開いていたが、俺もだった。責められてもおかしくない自分勝手な行動に、驚いてゆっくりと身を離す。だが腕の中にアランが居るという光景は、俺にとって全く違和感のないものだった。今度は冷静に、ブラウンの長い前髪をかき上げ、愛情を込めて額に長く口付ける。リップノイズが響いた。
「……悪りぃ。ファーストキスが、無理矢理で。許してくれるか?」
顔を近付けて囁くと、アランはふにゃっと泣き笑いした。
「エリックさん、何処まで悪い男なんですか。先に質問したのは、俺です」
「ああ……答えは、『ずっと』だ」
「ずっと?」
「ああ。『永遠』と言っても良い。俺が死ぬまで、だ」
「……キス」
「ん?」
「キス。したい。ちゃんと」
「ん。目、つむれ」
俺たちは、十センチの距離で黄緑の視線を絡ませたまま、囁き合う。
「閉じなきゃ駄目?」
「いや、開けてたいんなら、良いけどよ……じゃ、するぞ」
アランは反射的なものか、一度目をつむったが、すぐに薄く目を開けた。
「ん」
上唇を食むと、小さく声を漏らす。こんなに気を遣ったキスは初めてだった。アランにとって『初めてのオトコ』の記憶が、悪いものにならないように。優しく触れ、食み、角度を変えて愛おしむ。考えるより先に腕が動いて、ブラウンの横髪をそっと撫でた。やがて唇から外れ、頬、額、と顔中にキスをする。アランがヒュッと息をつめた。キスだけで感じているのだろう。だが深追いはせずに、最後に瞼に口付けて身を離す。
「エリックさん、好きです」
「ああ」
「……ずるい」
「あ?」
「エリックさんは、どうなんですか」
ふと、いたずら心が働いた。
「さっき、タメ口だっただろ。タメ口きいたら、答えてやる」
アランはもどかしいのか、怒りではなく困ったように眉尻を下げた。
「エリックさん、好き?」
「エリック」
「エリック……好き」
「合格だ。俺も好きだ。愛してる。アラン」
上げていた顎を下げて、アランは俺の胸板に頬をつけた。
「本当に、ずっと?」
「ああ。俺も初恋だ」
「嘘。いつも合コン行ってたくせに」
「あれは欲を発散してただけだ。気持ちはない。お前のことは大切にしたいから、お前が望むまで待つつもりだ」
「エリックさ……エリック。良いよ」
だがその声も肩も、小刻みに震えていた。俺は思わず小さく笑って、抱き締める腕に柔らかく力を込める。
「嘘はお前だろ、アラン。こんなに震えてる。少し酒を吞んで……俺は帰る」
「嫌だ」
背中に回った腕に力がこもる。
「帰らないで、エリック。明日ひとりで目が覚めたら、夢だったって言われても反論出来ない」
いつもハキハキと明るいアランが、こんなにも恋に臆病だとは、知らなかった。俺を口角を上げつつも吐息する。
「分かった。じゃあ泊まる。ソファーにな」
それは俺にとって蛇の生殺しだったが、アランのためなら、ひと晩くらい徹夜したって構わない。あとからシャワーを浴びて俺がパンいちで出てくる頃には、アランはパジャマ姿でもうソファーに横になっていた。俺を待ってから寝ようとしたのだろう。俺は寝惚け眼のアランを静かに抱き上げて、シングルベッドに寝かしつけて離れようとした。
「エリック」
「ん?」
「おやすみの……キス」
寝息交じりにうつらうつらしているくせに、俺の手首を離さない。こりゃ、マジで蛇の生殺しだな。そっと唇を押し当てると、アランは幸せそうに眠りについた。聞き違いでなければ、大好き、と残して。眠ったアランの頬にもうひとつキスを残して、俺もソファーに横になった。
* * *