連載【12月のDiary】

*    *    *

「エリックさん!」

 後ろから、良く通る声がかかる。待ち合わせは、駅前の広場にある時計塔の下。あんまり早くに見付けちまったら気まずいような気がして、駅に背を向けて立っていたが、振り向くとアランは改札を出たばかりで大きく手を振っていた。目が合って、何となく微笑み合う。初めての感覚だった。さっきまで一緒に居たのに、また出会えたことが嬉しいなんて。ちょっと手を挙げて応え、ゆっくりと近付く。アランは小走りで駆け寄ってきた。

「うわっ」

 だが昨夜降った雨が凍ってたのか、手前で足を滑らせる。

「おっと」

 前傾姿勢で胸に飛び込んでくるアランを、力強く受け止める。奇しくも、『情熱的に抱きしめ合う』ような形になった。転ぶところだったアランは驚いたのか、俺にしがみついて固まってる。

「大丈夫か?」

 五秒待ってから、声をかける。嬉しそうに駆け寄ってきた結果なのが愛しくて、思わず後ろ髪を撫でながら。アランが、弾かれたように身を離す。突き飛ばすような勢いに、苦笑した。

「あっ! エリックさん、すみません! 抱き付いたりして!!」

「俺はいつでも歓迎だけどな?」

「からかわないでください!」

 アランは、耳まで真っ赤にしてる。からかってないけどな? でもその台詞はこれからに取っておこう。まだ会ったばかりだ。洒落っ気のないブラウンのボサボサ頭をポンポンと撫で、俺は笑って歩き出した。

 フラワーガーデンは駅から徒歩五分、絶好のデートスポットだ。足元に置かれたランタンと上からの電飾で、冬の花たちは幻想的に光ってる。あちこちでカップルが、身を寄せ合い花をバックに自撮りをしていた。俺もアランの肩を引き寄せ、スマホを構える。

「俺たちも写真撮ろうぜ、アラン」

「えっ」

「ん~、ちょっと遠いな。もっと引っ付け」

 少し強引だったが、肩を抱く。もう少しいけるか? 俺は、アランと頬をくっ付けた。

「エリックさん!?」

 拒絶とまではいかなくても、居心地悪そうに身じろぐアランを押さえつけて、焚き付ける。

「良いから。折角だから、笑え。アラン」

「はっ……はい……」

 アランは観念したようだった。シャッターを切って写真を確認すると、ウインクする俺と恥ずかしそうにはにかむアラン。うん。いい写真だ。それから俺たちは、種類の違う色々な花の前で自撮りして、アランも俺とのスキンシップを嫌がらなくなった頃のことだった。

「じゃあ、新年会と洒落込むか」

「えっ……! エリックさん、それこそ今日は新年会で、どこのお店もいっぱいだと思いますが……」

 そんなことは百も承知だ。だが俺は、しまったという顔をする。

「あ、そうか。俺としたことが、参ったな」

 そして満を持して作戦を決行する。

「家飲みにすっか? あ、でも俺んち足の踏み場がねぇや」

 チラリとアランを盗み見ると、何事か考えているようだった。

「……えっと。俺のうちでも良かったら」

 イエス! 俺は心の中でガッツポーズを決めた。

「マジか? たすかる。それにお前酒に弱いから、酔い潰れても安心だしな」

 俺がそう笑顔を見せると、つられてアランも歯を見せた。酒とつまみを買い込んで、アランのアパートに向かう。アランはカクテル缶を二~三本買っただけだったから、荷物は俺が引き受けて、螺旋階段を三階まで上る。来客を想定していなかったはずなのに、アランの部屋は小綺麗に片付けられて、小さなクリスマスツリーまで飾られていた。イギリス式に一月六日まで飾られるツリーには、アイシングクッキーのオーナメント。

「綺麗だな。このクッキー、手作りか?」

「はい。母が毎年焼いてくれて、一緒に飾りつけしてたんで、今でもオーナメントはクッキーです」

「へえ」

 感嘆の息のあと、ふと素朴な疑問がわく。

「クリスマスは姉ちゃんとなんだろ。ニューイヤーは母ちゃんとでなくて良かったのか?」

 きっと俺に気を遣わせないようにだろう、アランはどんどん俺の前に酒とつまみを並べながら、小さく笑んだ。

「あ、俺、今は両親居なくて。身内は姉夫婦だけなんです。エリックさん、どれから呑みます? 全部出しておいたら、ぬるくなっちゃいますね」

「そうなのか」

 謝ってしまうのは簡単だったが、別にアランは謝罪が欲しい訳じゃない。俺は気楽に、だが真摯な声色で尋ねてみた。

「じゃあ、これから毎年、ニューイヤーズデイは俺とすごしてくれないか?」

 動揺して手元が狂ったアランは、カクテル缶を取り落とす。しまった。まだ呑んでねぇのに。これじゃまるで、『告白』そのものじゃねぇか! 俺は冷静を装って、ビール缶のプルタブを起こしプシュッと音をさせ、誤魔化してみたりする。アランは無言でゆっくりと、ダイニングテーブルの向かいに座った。予想外の行動に、俺はその真っ直ぐな黄緑の視線に釘付けになる。
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