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【大好きな君へ】

 俺は、就業時間内にサボって日記をつけるのが日課だった。いつからだろう。その内容が、お前のことばかりになったのは。最初は、新人研修初日にキラキラした目で質問をしてきたお前のことを書いていた。緊張してる新人たちが多い中、お前はのびのびと幾つも質問を重ねる。ただ訊くだけでなく、自分自身の考察も加えて。ふとページをめくり直すと、

『大体俺の風貌を見ると萎縮する奴が多いが、少しは骨のある奴が居るんだな。』

 なんて書いてある。お前は毎日質問してきて、俺はだんだんお前が手を挙げるのを待つようになった。頭の良い奴とのディスカッションは嫌いじゃない。いつしか俺は、退屈なはずの新人研修を、楽しむようになっていた。初めてお前の容姿や性格に触れたのは、四日目だ。

『洗いざらしのブラウンのボサボサ髪に隠れて見えていなかったが、お前はよく見ると整った顔立ちをしている。性格も素直でクレバーだ。お前はほぼ間違いなく、この狭き門を受かるだろう。倫理評価だけが少し心配だが。』

 それからは、些細なことでも日記につけるようになった。ループタイのセンスが良いとか、整髪料をつければもっと小綺麗になるのにとか、小柄でリーチが短いからデスサイズは長ものか飛び道具が良いとか。俺は懐かしく、ページをめくる。自覚したのは、十年と三十六日前だった。

『部屋に帰っても、お前のことを考えることが多くなった。俺はお前に……惹かれているのかもしれない。』

 死神は、自殺した人間のなれの果てだ。婚約者を馬車の事故で亡くした俺は自ら命を絶って、現在に至る。もう、ひとを好きになることはないだろうと思っていた。だがその面影を描こうとして、思い出せないことに気付いてハッとする。彼女の名前でさえも。あれから……何年経った? 約、二百年。これは、もう他のひとを愛してという彼女からのメッセージのように思えた。

『今日、缶コーヒーを持っていったら、カフェオレしか飲めないと言われた。覚えておこう。』

『居眠りしてたら、起こされた。お前は俺のお袋か。』

 少し片頬を挙げてから、俺は最新のページに核心の言葉をつづる。

『今日、お前に告白しようと思う。ここ一ヶ月、合コンには行ってない。少しは印象が良くなってると良いんだが。』

「エリックさん、またサボりですか?」

 不意にお前の声が降ってきて、俺は慌てて日記を閉じた。

「いつもサボってる訳じゃねぇぞ」

 お前は何故か、眉尻を下げて切なく笑う。悲しみを誤魔化そうとして、失敗していた。

「毎日、エリックさんが日記つけてるの知ってるんです。よく、開いたまま置きっぱなしになってるから」

「何。お前まさか、読んでないだろうな」

 お前は嘘がつけない。僅かに詰まって、白状した。

「すみません。少しだけ。エリックさんが何を書くのか、気になったから」

 何てこった。ここ十年、必ずお前のことを書いている。見透かされているということか。だが、お前は言った。
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