【五月雨のあとに】

*    *    *

 眠るアランの手を握って、エリックはベッドの傍らに腰かけていた。痛いほどの静寂が耳を打つ。先ほどまで降っていた五月雨の名残に、屋根から滴る雨粒の音と、頭上で一滴一滴落ちる血液の音だけが、世界の全てだった。当たり前のようでいて、そこには言いようのない違和感が募る。そう、これほど間近に居ながら、寝息が聞こえないのだ。胸も上下していない。エリックの犯した、罪の証だった。

「……ん……」

 三十分ほど眠って、アランは目を覚ました。長いまつ毛が上がると、エリックを見て微笑む。

「おはよう。エリック」

「ああ。おはよう、アラン。気分はどうだ?」

「凄く良くなったよ。貧血で輸血するなんて大袈裟だと思ったけど、やっぱり君が正しかったみたいだ。生まれ変わったような気さえする」

「そうか。良かった」

 アランは、上半身を起こした。握った手は、輸血してもなお、冷たい。

「なあ、エリック。虹は、まだかかってる?」

「ああ」

「じゃあ、散歩しないか? 最近は五月雨が多いから、貴重な晴れ間だし。虹も見たい」

「そうだな。ああ、ちょうど輸血が終わる」

 エリックが輸血針を手早く処置すると、ベッドから出てアランは彼の顔を見上げて囁いた。

「……なあ、エリック」

「ん?」

「俺、凄く幸せだ。ずっと君と一緒に居たい」

「俺もだ。一緒だ……ずっと」

 だがアランはふと、不思議そうにエリックの精悍な頬に指先で触れた。

「エリック? でも君……苦しそうだ」

「そんなことはねぇ。お前と一緒に居られて……俺は、幸せだ」

 表情を隠すように、エリックはアランを抱き締める。壊れものに触れるように、そうっと。アランは、エリックの頬に口付けた。

「うん。雨があがってる内に、散歩に行こう。俺の体調が良くなったら、旅行にも行きたいな」

「ああ。ああ、そうだな」

 エリックはアランの手を握って歩き出した。いくら暖めても、冷たい手を握って。虹を見上げ、アランは楽しそうに旅行先に思いを馳せる。その言葉を、エリックは生返事で聞いていた。幸せな筈なのに、言いようのない罪悪感が押し寄せる。何処かでアンダーテイカーの笑い声が聞こえたような気がしたのは、気のせいでは、ないのかもしれない――。

End.
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