【五月雨のあとに】
* * *
闇夜にシトシトと、雨が降っている。梅雨にはまだ早かったから、それは五月雨(さみだれ)というやつなのだろう。弱まってあがるかと思っても、少し経つとまた降ってくる。どしゃ降りになる訳ではなく、あくまでもシトシトと。まさに『五月雨式』というやつだった。
エリックはそんな雨の中、長いこと傘も差さずに立っていた。いつもの黒スーツは、余りにも長く立ち尽くして居るために、水を吸って重くなっている。ルックスにこだわりが強く、きっちりと整髪料で整えられていた長めの金髪は、風雨にさらされグシャグシャになって頬に貼り付いていた。顎髭の先から、断続的に水滴が滴る。よく観察すれば、その顎先が小刻みに震えていることに気が付いたかもしれない。ここは、そんな光景がよく目撃される場所だった。
――墓場。それ以上にもそれ以下にも、その場所を表現する言葉はない。墓守りが穴を掘って棺を埋め、人びとは死者を悼んで涙をこぼす。神である死神は聖書を引用することはなく、ただそれだけが全てだ。永遠に近い命を持った死神の葬儀が行われることは希で、墓場にもそれほど墓標は多くなかった。
エリックが立っているのは、ひとつの墓石の傍らだった。まだ新鮮な花束がたくさん手向けられていることから、死者は逝ったばかりなのだろう。彼はかつて、死を憎んでいた。ときに声を荒らげ暴れるほど、憎んでいた。だが愛を知った今、怒りは悲しみへとすり替わり、ただ雨に隠れて涙を流す。足元に眠る者の死因は、おとぎ話と言われるほど症例の少ない病い、『死の棘』だった。
永遠に近い命を、ずっと共に歩もうと誓った仲だった。闇だった彼の死神としての生に、ひと筋の力強い光が差し込んだのも束の間で、世界はまた闇に閉ざされた。ゆっくりと。ぬかるんだ地面に膝をつく。墓石に口付けて、刻まれた名前を指で辿り、飽くことなく寄り添う。音もなく背後に近付いた気配には、気付いていたのかいないのか、全く反応しなかった。声がかかったあとでさえも。
「やあ、ハンサムくん。久しぶりだねぇ」
「……」
「聞こえてるかい?」
「……失せろ」
長身がゆらりと揺れる。
「ヒッヒッ……ご挨拶だねぇ。せっかく力になろうと訪ねたのに」
エリックは反応しない。長身は構わずに話しかける。歌うように、独特の節回しの言葉だった。
「君の想いびと……小生が、生き返らせてみせようか? 豪華客船ではまだ実験段階だったけど、今はもう、随分と研究が進んでねぇ。生前と遜色ないレベルでの蘇生が可能なんだよぉ」
エリックは反応しない。
「想いびとともう一度、愛を囁き合ってみたくはないかい? 口付けて、身体を開いて……永遠に、共に生き続ける」
エリックは反応しない。
「小生なら、そんな薔薇色の人生を、君に提供できるんだけどねぇ。ヒッヒッ……」
――カッ。闇夜を、稲妻が切り裂いた。瞬間移動したように、稲光にエリックの姿が瞬く。彼は、長身の胸ぐらを掴み上げていた。貼り付いた前髪の隙間から、強い黄緑の燐光が睨み付けている。
「……本当か」
「ヒッヒッ……」
「答えろ! その話は本当か!!」
ギリ、と胸ぐらを掴む両手に力が入る。
「本当さぁ。血液さえ集まればね。どうだい? 小生と手を結ぶかい?」
先ほどまでの無反応が嘘のように、エリックは逡巡もせずに即答した。
「ああ。アランが……アランが、生き返るのなら、」
――カッ。再び、稲光が闇を裂く。長身は、愉しそうに笑っていた。
「お前と手を結ぶ。……アンダーテイカー」
闇夜にシトシトと、雨が降っている。梅雨にはまだ早かったから、それは五月雨(さみだれ)というやつなのだろう。弱まってあがるかと思っても、少し経つとまた降ってくる。どしゃ降りになる訳ではなく、あくまでもシトシトと。まさに『五月雨式』というやつだった。
エリックはそんな雨の中、長いこと傘も差さずに立っていた。いつもの黒スーツは、余りにも長く立ち尽くして居るために、水を吸って重くなっている。ルックスにこだわりが強く、きっちりと整髪料で整えられていた長めの金髪は、風雨にさらされグシャグシャになって頬に貼り付いていた。顎髭の先から、断続的に水滴が滴る。よく観察すれば、その顎先が小刻みに震えていることに気が付いたかもしれない。ここは、そんな光景がよく目撃される場所だった。
――墓場。それ以上にもそれ以下にも、その場所を表現する言葉はない。墓守りが穴を掘って棺を埋め、人びとは死者を悼んで涙をこぼす。神である死神は聖書を引用することはなく、ただそれだけが全てだ。永遠に近い命を持った死神の葬儀が行われることは希で、墓場にもそれほど墓標は多くなかった。
エリックが立っているのは、ひとつの墓石の傍らだった。まだ新鮮な花束がたくさん手向けられていることから、死者は逝ったばかりなのだろう。彼はかつて、死を憎んでいた。ときに声を荒らげ暴れるほど、憎んでいた。だが愛を知った今、怒りは悲しみへとすり替わり、ただ雨に隠れて涙を流す。足元に眠る者の死因は、おとぎ話と言われるほど症例の少ない病い、『死の棘』だった。
永遠に近い命を、ずっと共に歩もうと誓った仲だった。闇だった彼の死神としての生に、ひと筋の力強い光が差し込んだのも束の間で、世界はまた闇に閉ざされた。ゆっくりと。ぬかるんだ地面に膝をつく。墓石に口付けて、刻まれた名前を指で辿り、飽くことなく寄り添う。音もなく背後に近付いた気配には、気付いていたのかいないのか、全く反応しなかった。声がかかったあとでさえも。
「やあ、ハンサムくん。久しぶりだねぇ」
「……」
「聞こえてるかい?」
「……失せろ」
長身がゆらりと揺れる。
「ヒッヒッ……ご挨拶だねぇ。せっかく力になろうと訪ねたのに」
エリックは反応しない。長身は構わずに話しかける。歌うように、独特の節回しの言葉だった。
「君の想いびと……小生が、生き返らせてみせようか? 豪華客船ではまだ実験段階だったけど、今はもう、随分と研究が進んでねぇ。生前と遜色ないレベルでの蘇生が可能なんだよぉ」
エリックは反応しない。
「想いびとともう一度、愛を囁き合ってみたくはないかい? 口付けて、身体を開いて……永遠に、共に生き続ける」
エリックは反応しない。
「小生なら、そんな薔薇色の人生を、君に提供できるんだけどねぇ。ヒッヒッ……」
――カッ。闇夜を、稲妻が切り裂いた。瞬間移動したように、稲光にエリックの姿が瞬く。彼は、長身の胸ぐらを掴み上げていた。貼り付いた前髪の隙間から、強い黄緑の燐光が睨み付けている。
「……本当か」
「ヒッヒッ……」
「答えろ! その話は本当か!!」
ギリ、と胸ぐらを掴む両手に力が入る。
「本当さぁ。血液さえ集まればね。どうだい? 小生と手を結ぶかい?」
先ほどまでの無反応が嘘のように、エリックは逡巡もせずに即答した。
「ああ。アランが……アランが、生き返るのなら、」
――カッ。再び、稲光が闇を裂く。長身は、愉しそうに笑っていた。
「お前と手を結ぶ。……アンダーテイカー」