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【キスは大人になってから】

「お前が居ねぇと、煙草が吸えなくて困るな。いつでも煙草が吸えるように、お前にゃいつもそばに居て欲しい。……駄目か?」

「えっ……え……そ、それって」

 お前の目一杯動揺した気配が伝わってくる。きっと頬は、真っ赤に上気してることだろう。俺は駄目押しに、一服してからもうひとこと言い放った。

「どういう意味だか、分からないか? プライベートでもパートナーになろうって意味だ。それとも、今日はバレンタインデーだから、ホワイトデーまで待った方が良いか?」

「い、いえ、あの、その……」

 振り返ると、馬鹿丁寧に両手で持って、まだ火を点していたアランのライターの蓋を閉め、おまけにその手に手を重ねる。小柄なアランに覆い被さるように屈み込み、顎を取った。

「告白しねぇのか?」

「えっ」

「バレンタインだろ。プレゼントだけでお預けか? じゃあ、俺から言うぞ。好きだ、アラン。付き合ってくれ」

 アランは、無言で俺を見上げて固まってる。行動はイエスなのに、言葉が出てこないらしい。ゆっくりと顔を近付けていくと、瞼がギュッと瞑られた。俺はそんなアランが可愛くて、思わず笑ってしまう。キスを待ってるアランには悪いが、その子どものような純粋さには、まだ触れられないと思った。

「あっ」

「ふはは。続きは、大人になってからな!」

 欲しかった果実が、手の届くところにある。でもその実はまだ青く、少し硬い。愛情という肥料をたっぷり与えて、もう少し熟してから食べた方が美味いだろう。そう確信して、俺はアランの鼻の頭を舐めたのだった。灰皿に煙草を潰してから、再び帰り道を辿り出す。

「ちょ! エリックさん! 俺がまだ子どもだってことですか!?」

 ムキになって小走りで追いかけてくるアランの肩をさらうように抱き竦め、耳元で囁く。

「そうだ。ここからは、三百禁だ。お前の三百歳の誕生日に、解禁だからな。想像を逞しくして待ってろ」

 耳に直接低音を吹き込むと、アランの肩がビクビクと跳ねる。良い感度だ。ひとくちで食べてしまいたいのを我慢して身を離し、革手袋の右手を差し出す。

「ほらよ」

「ん?」

「手。繋ごうぜ」

「は……はい」

 しずしずと握られた手を、指を絡めてグッと握る。そんな触れ合いにも息を詰める感度の良さに気付かないふりをして、俺は愛情という肥料を沢山アランに与えるのだった。

「新人研修で、お前を一番前の席に見付けたとき、しまったと思ったな。勝負ネクタイしてくるんだったって……」

 まずは、昔語りからだ。アランの三百歳の誕生日を十日後に控えた、月の綺麗な夜だった。

End.
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