【きっと君は来ない】

 きっと君は来ない
 ひとりきりのクリスマスイヴ
 サイレントナイト
 ホーリーナイト

 サブスクでクリスマスソングを聴いていたら、そんな歌詞が流れ出した。明るい曲が多かったから、俺は自分と照らし合わせて、少し笑った。吐く息が白い。寒がりだから、アプリコットオレンジのマフラーを、鼻が隠れるほど上までぐるぐる巻きにしている。死神派遣協会の正装は喪服だったから、仕事のときはマフラーも黒にしているけど、プライベートでは小物をカラフルにすることが多かった。

 そう、きっと君は来ない。まるで俺の気持ちを代弁してくれているような気がして、スマホケースを開いてそっとダウンロードのボタンを押した。

 心深く秘めた想い
 叶えられそうもない

 君と俺が出会ってから、ちょうど百年だな。パートナーを組んでからは、およそ四十年。俺は懐かしく、初めて会ったときの君を思い出す。新人研修の講師初日なのに、十五分遅刻して。そのくせ焦った風もなく、きっちりセットしたブロンドと、とりどりのピアスに彩られて、君は自信満々に現れた。あまりにも堂々と遅刻する確信犯っぷりに、ちょっと笑ってしまったくらい。そうしたら、君は目ざとくそれに気付いて、張り切って一番前の席についていた俺に、悪戯っぽく微笑みかけてくれた。

 思えばもうそのときから、俺は君に夢中だったんだと思う。まだ気付いていなかったけどそのニヒルな笑みと、プライベートを話すようになったときまれに見せる迷子の子どものような不安定さが、ミステリアスでギャップがあって、君への興味は尽きなかった。

 だから、クリスマスイヴにサシ吞みに誘ってみた。秘めた想いを、伝えたくて。でも面と向かって誘う勇気はなく、派遣協会前で分かれてしばらく経ってから、LINEを送る。

『そう言えば明日、姉の家に行くんです。年頃の姪っ子にプレゼントを選ぶんですけど、若い女性が喜びそうなものが分からないので、もし良かったら付き合って貰えませんか? お礼に、一杯おごりますよ』

 嘘だ。明日、姉の家に行く約束などはない。それに子どもは、姪っ子じゃなくて甥っ子だ。思い付いたときは名案だと思ったけれど、幾つも嘘を重ねてまで君を誘う自分に、嫌気が差してくる。せめてもの罪滅ぼしに、暖かいカフェを横目で見ながら、広場の大きな木の下で、降り始めた小雨をよけた。

 雨は夜更け過ぎに
 雪へと変わるだろう

 本当に、雪になるかもしれない。しんしんと夜が深くなる。メッセージに既読はつかない。分かってた。何もなくても合コン三昧の君が、イヴの夜にひとりでベッドに入る訳なんかないってことを。でも、聖夜の魔法で、どうにかなるんじゃないか。そんな甘いことを夢見ていた。――俺、馬鹿だな。俯いて、深い溜め息が白く染まる。
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