「……ギッ!?」

 次の瞬間、アンダーテイカーの口から、呻きと鮮血がこぼれ落ちた。ゆっくりと。ゆっくりと、アンダーテイカーの狼狽した視線が下がる。その胸からは、うなりを上げて回転する、電動の刃が飛び出していた。エリックはノコギリ型のデスサイズが床に着く前に再びそれを握り直し、肩に担いだ。

「ナイスタイミングだ」

 アランは床に落ち、急速に戻ってくる酸素に咳き込む。エリックが、駆け寄って抱き起こした。

「大丈夫か、アラン」

「う……ケホッ。大丈、夫」

「あぁ~ら、妬けちゃうワァ。アタシたちも楽しみましょ、アンダーテイカー。きっと貴方にこんな風に突っ込んだのは、アタシが初めてネ。大丈夫、痛いのは最初だけヨ。すぐに気持ちヨクな・る・か・ら」

 不埒な台詞をハイテンションに叫びながら、グレルはチェーンソー型のデスサイズを、何回か細かく出し入れする。『相手は二人』『背後には守るべきもの』という先入観は、アンダーテイカーほどの手練れにも簡単に隙を生む。ガクガクと刃に揺さぶられて、彼は傷口と唇から大量の血を吐いた。だがさすが伝説の死神だ。戦闘不能にはおちいらず、編み上げのニーハイブーツに力を込めて前進し、自力でズルリとチェーンソーの刃を抜いた。

「あぁ~ん! 淡泊なのネ」

 残念そうにも、楽しそうにも聞こえる喘ぎをグレルが上げる。ノールックで声がした場所に当たりをつけて、ビュッと風切り音がするほど素早く、回転しながら大鎌が薙ぎ払われた。だがすでに獲物はなく、三人はリュウのベッド周りに集まっている。

「リュウ……!」

「残念でした。魂は、二人が回収済みヨ」

 エリックの手の中に、小さく輝く球形が一瞬、かいま見えた。アランが持ったファイルに、赤印が押される。見えずとも、永遠に近いほどのときをその作業に費やした脳裏には、『Completed』の文字が浮かぶ。

「身体も、もうイタズラ出来ないように持っていくワネ。お人形遊びが好きだなんて、ホント好き者ネェ。また会ったら殺し(あいし)合いましょ、アンダーテイカー。イイ男の苦しむカオって、ス・テ・キ。ンフッ。じゃあ、ネ」

 グレルが空間を切り裂くと、次元の狭間に三人と一体は吸い込まれた。あとに残されたのは、まだ微かに温もりの残るベッドと、床に散らばるおびただしい数の透明な輸血パック。心と身体、どちらのダメージによるものか、あるいはどちらもなのか、アンダーテイカーは冷たい床に膝をついた。彼に罪の意識はない。彼が『好奇心を持ってしまった』こと自体が、罪なのかもしれない。

*    *    *

 グレルはリュウの肉体を抱えて、再び人間界に下りていった。死神界に『死者の肉体を葬る』概念はなくまさしく葬儀屋に任せるのだが、ロンドンで一番大きい葬儀屋の彼が事件の黒幕の為、万が一にもまた肉体が利用されることがないよう日本支部に運ぶのだ。ことの顛末はグレルが話し、日本支部で報告書を作成して、このケースは解決となる。アランが、深く溜め息を吐いた。

「疲れたのか? アラン」

「疲れたというか……俺はアンダーテイカーに、同情しているのかもしれない」

「同情?」

「ほら。彼は、特定の人間を愛していたんだろ」

「ああ……そんな話だったな」

「人間は、いつか必ず亡くなる。でも俺たちは、死ねない。その孤独は如何ばかりだろうかと考えると、遺体に偽りの記憶を繋いだ彼の行為が、とても寂しく思えてしまう」

「ああ。そうだな。……もし」

 エリックは、淡々と呟いた。

「もしお前が人間だったら、俺も同じことをしたかもしれない」

 アランが、ハッと彼を見上げる。二人が公私ともにパートナーになる前、エリックはよくそんな、空虚な話し方をした。危機感を感じて、アランはエリックの手を握る。

「ん?」

 そう言ってアランと目を合わせた彼は、もういつものエリックに戻っていた。アランは、ホッと息を吐く。

「エリック。大丈夫だ。俺たちは死神で、死ねないけど、永遠の生を君と共に生きる。ずっと一緒だ」

「どうしたんだ、急に。プロポーズに聞こえるだろ」

 エリックが揶揄して笑う。だがアランは、冗談に逃げなかった。

「してくれただろ」

「ん?」

「初めて愛し合った夜。君が言ったんだ。『ずっとそばに居てくれ』って。プロポーズだと思ってるけど?」

 アランの真剣な眼差しに、エリックは切れ長の目を細めて微笑んだ。

「そうだな。八十年も前のことだから、忘れかけてた。今夜、もう一度申し込むから、返事をくれ」

「分かった。よく考える」

「おい」

「何」

「そこは考えなくても、イエスだろ」

「いや。君が家庭のことに無頓着だって、分かったからな。その辺も加味して、よ~く考える」

「いや、風呂掃除してるだろ」

「お風呂だけね」

「ほ、ほらっ……おはぎの散歩とかもしてるし!」

 狼狽して幾つもアピールし始めるエリックに、アランは忍び笑い、やがて声を立てて笑った。

「あっ! からかったな、アラン!」

「からかってないぞ。よ~~~~~く、考えるからな!」

 そう言って次元のエレベーターを降りる前、アランはひとつ背伸びした。軽やかに笑いながら、アパートへの石畳の道を駆けていく。滅多に自分からアクションしないアランからのギフトに、エリックは唇に触れてしばらくぼうっとなっていた。

「エリック! 早く!」

 振り返って手を振るアランが眩しくて、少し黄緑の目を眇める。もしアランが居なければ、アンダーテイカーの罪を背負うのは、自分だったかもしれない。そう思うと愛しさが募り、エリックは追い縋るとアランを思い切り抱き締めた。

End.
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